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十一話「二月」

 二月。

 春が近づくものの、まだまだ厳しい寒さである。


 しかしそんな季節でも熱いイベントがある。

 バレンタインデーだ。


「よし、まずは魔力を注いで成長を促すって書いてあるよ」

「承知した」

「はいはーい」


 とある学生寮の一室。そこでは三人の少女が調理台でやる気を漲らせていた。

 アンラの幼馴染のジャヒー、太朗に想いを寄せているタローマティ、天真爛漫なドゥルジだ。

 彼女達の傍らには一冊の本が広げられており、三人はその本を見ながら手を動かしていく。


「出来た……けどこれ写真と違うなぁ」

「色がちょっと違うだけではないか。大丈夫じゃろう」

「そうだね。誤差の範囲内だよきっと」

「そうかなぁ。写真は緑でこっちは深い海みたいな真っ青な色だよ?」


 ジャヒーが見ているのは最近魔界で売れている「月間KUBI☆KARI」という雑誌だ。

 ホッカウィードに本社があり今月はバレンタイン特集で売り上げが倍増しており、これを見てチョコを作る魔族も多いのだとか。


 チョコを買って溶かしてその後好きな形に固める人間界の方法とは違い、魔界の雑誌には「カ・カーオの苗を買う(ギョート産がオススメ!)」、「魔力を注いで強制成長させる」、「皮を除き魔力で強制発酵させる」等と独特の手順が記載されている。


 そしてこの三人、全員が包丁を握った事がないという事で簡単な作業にも時間が掛かってしまっている。


「お菓子作りとは大変なんじゃのぅ」


 タローマティが心の声を漏らすと二人もそれに続く。


「今年は何となく手作りにしようかと思ったけど失敗だったかも」

「楽しそうだと思ったんだけど、ボクにはこういう作業は合ってないよ」


 更に早くも飽き始めている。


「しかしここまでやったんじゃ。やるしかなかろう」

「はぁ……恋する乙女パワーだねぇ。ボクにもそのパワーを分けて欲しいよ」

「だっ、誰が恋する乙女じゃ!」


 いつものようにじゃれあう二人を止める為にジャヒーが声を掛ける。


「さ、とっとと作って試食会やろうよ」


 あげる分だけ作るのも寂しいという事で材料は多めに買ってきており、自分達の分も作る予定となっている。

 真面目に手を動かし始めた二人と共にジャヒーも本を片手に奮闘する。



 そして五時間後――。


「やっと終わったね……」

「もう疲れたのじゃ……」

「想像以上の重労働だったねぇ……」


 作り終えた三人は疲労困憊といった感じでぐったりしていた。

 更に途中作りかけのチョコレートを零してしまったり、手順を失敗したりで余った分は無かった。


「ま、出来ただけよしとしようか」


 そう言ったジャヒーの声に二人も同意する。自分達の分が無いのは残念ではあるが、やり遂げた達成感で満足していたからだ。


「今更だけど二人はそれ誰にあげるの?」


 何気ない感じでジャヒーがそう口にすると、タローマティがビクッとして慌てたように喋りだす。


「わ、妾はアレじゃ。最近頑張っておるようだからの、その、太朗に……」


 最後の方は声がかなり小さくなっていたが今この場所には合計三人しか居ない為、ジャヒーとドゥルジにはしっかりと聞こえた。

 そして話題に上がった太朗だが、二月に入って殺戮カウントが伸びている。単に運がいいだけなのだが。


「ボクは二人みたいに特定の相手ってのが居ないからね。義理であっくんズと太朗君にあげる予定だよ」


 ジャヒーとタローマティは大きなチョコを一つ作っていたが、ドゥルジは小さなチョコをたくさん作っていた。今回は何となく楽しそうだから、という理由で参加したにすぎないのだ。


「喜んでくれるといいね」



 そしてバレンタイン当日の日がやってきた。


 タローマティはいつもより少し早く登校し、校舎の入り口で立っている。

 ちらほらと生徒達の数も多くなってきたが目的の人物である太朗は現れない。


(そういえばあ奴はいつもギリギリじゃったな。どうせ今日も同じじゃろう)


 そんな事を思い出すと教室へと向かって歩き出す。

 普段ならば気付いただろうがタローマティは自身でも気付かぬ内に緊張していた。


(休み時間にでも渡すとするかの)


 教室へ入り自分の席に座りながらそんな事を考える。

 タローマティの予想通り太朗はホームルームが始まる直前に教室へと駆け込んできた。


(もう少し早く来ておれば渡せておったのに……)


 別に太朗は悪くないのだが、それでもそう思ってしまうのがタローマティという少女である。そんな感情を抱きつつ一時間目の授業を受け、最初の休み時間がやってくる。


「いやー昨日も殺されちゃってさぁ」

「むしろ入学してから殺されてない日ってあるのか?」

「夏休み引きこもってる間だけだな」

「……そうか」


 太朗はクラスメイトと話している。

 ピンクの包装紙に包まれたチョコを背中に隠すように持ったタローマティが近づく。


「お、どした?」

「あぁ……その、なんじゃ」


 いざ渡そうとしたが、どう切り出せばいいのか分からず止まってしまった。


(今渡すと何か変じゃないのかの……?)


 他にもクラスメイトが居るのに太朗にだけ渡すのは明らかにおかしい。本心はともかく義理という形で渡そうと思っているからだ。

 二人だけで話したいからちょっと別の場所に、というのもバレンタインを意識しているタローマティには恥ずかしくて無理だった。


 クラスメイトは既にタローマティが太朗に想いを寄せているのに気付いていたが、普段偉そうにしているタローマティがうろたえたりする姿が微笑ましくあえて何もしないという方針をとっている。


 しばらく「あの」、「その」等と言いながらもじもじしていたが、ようやくという感じで口を開く。


「やっぱり、なんでもない……」


 そう言いぎこちない動きで自身の席へと戻るタローマティ。

 太朗は首を傾げていたが、再びクラスメイトとの話に戻った。


(ま、まだ時間はある。焦らなくともよいじゃろう)


 そう思ったタローマティだが、次の休み時間、更にその次の休み時間、昼休みと渡せずあっという間に放課後を迎えてしまった。


(もう今日が終わった……)


 周囲に暗い影でもかかっているのかという程に落ち込むタローマティ。渡すくらいどうとでもなると思っていた昨日の自分を殴りたかった。

 幸い太朗はまだ教室に残っており、あっくんズと話している。

 しかしそれも長い時間ではないだろう。しばらくすると誰かが帰り始め、それを切っ掛けに全員が居なくなるはずだ。


 まずいまずいと心の中では非常に焦っているだが行動に移せずただ太朗を見ているだけのタローマティの肩をふと誰かが叩いた。


「私も渡すから一緒に行こう」


 肩を見て、次にその人物を見ると、そこには一緒にチョコを作ったジャヒーの顔が見えた。

 一人だと不自然だが二人だと自然に渡せるだろう。そう感じたタローマティは今のジャヒーが冥府の女神に見えた。


「ジャヒー……」

「さ、帰られる前に渡しちゃおう」

「うむっ!」


 晴れやかな顔となったタローマティはドゥルジと共に四人の元へといく。

 そしてすぐにジャヒーが当たり前のような感じでアンラへと声を掛けた。


「アンラ、はいコレあげる」

「ん? あぁ、毎年悪いな」


 アンラもアンラで慣れた手つきでそれを受け取り鞄へとしまう。

 周囲を窺っても特に変な空気は流れていない。

 自分もあんな感じにすればいいのだ、とタローマティはずいっと太朗の前に出る。


「たた、太朗よ……こりぇ、受け取るがよい」

「俺にくれるのか? サンキューな」


 太朗は一瞬驚いたような表情をしたが、特に不審がられずにタローマティからチョコを受け取る。


(やった! 渡せたぞ!)


 心の中でガッツポーズをするタローマティ。

 まだ教室に残っていたクラスメイトは「やっと渡せたか」という感じでそれを見守っていた。


 いつもなら可愛くないセリフの一つも出るのだが、今日だけは素直な気持ちが自然と口から出てきた。


「家宝にしてもよいぞ!」

「いや、なんでだよ食わせてくれよ……」


 そんなやり取りをしているといつの間に近くに来ていたのかドゥルジまでもがやってきた。


「ボクからもあるんだよ。さ、どうぞどうぞー」

「オレ達の分もあるのか! ありがとよ!」

「ありがとうございます」


 ドゥルジはあっくんズと太朗の四人に渡し早速食べてくれと促した。


「これはボクとヒーちゃんとマティちゃんの三人で作ったんだ!」

「じゃ、早速――」


 太朗達はそれぞれ小さなチョコを一粒ずつ口に入れる。


 そして、四人は死んだ。



------



「ふぅ、酷い目にあった……」


 薄暗くなった帰り道。

 太朗はフラフラしながら家へと向かって歩いていた。

 生き返った後も何故かダメージが抜けきっておらず普段より三十分はかかっている。


「あー……やっと家が見え……あれ、誰だ?」


 家の前へ目を向けると数人立っているのが見えた。

 ゆっくりと近づくにつれてそれがハッキリしていく。


「勇者……」

「やぁ。魔王田中太朗、久しぶりだね」


 織田パーティーの四人が太朗の家の前に立っていた。

 今の状態ではマズイと思ったが、そういえば遠くから撃たない限りどうせ勝てないという事を思い出し逃げる事はしなかった。


「何か用なのか? 出来れば手短に済ませて欲しいんだが」

「具合悪そうですね、魔王君大丈夫ですか?」

「ひぃっ」


 ひょいっと出てきた卑弥呼に太朗は反射的に悲鳴を上げてしまった。

 二人の事情を知らないのか、他の男三人は怪訝な顔をしている。


「今日は卑弥呼殿が魔王に贈り物をすると申したのでござるよ」

「贈り物だ?」


 腰に刀を下げた吉秀が太朗にそう告げると、卑弥呼が鞄から小さな包みを取り出した。


「はい、コレどうぞ」

「あー……チョコね。……どうも」


 そのチョコで先ほど死んだ太朗にとっては微妙に嬉しくない贈り物であった。

 しかしその表情に卑弥呼が気付くことはなかった。


 開けっ放しになっている太朗の鞄に可愛らしい柄の箱が目に入ったからだ。


「魔王君、それ誰に貰ったんですか? 『答えてください』」

「エッ、あ、同じくらスの同級セイに貰いましタ」

「同級生? 『ただの同級生ですか?』」

「はイ」

「『本当に?』」

「はイ」


 平坦な声で質問し、目と鼻の先まで顔を近づけ太朗の目を覗き込む卑弥呼。

 洗脳しているのでそこまでする必要は無かったのだが、今の彼女にそんな事は関係なかった。


 僅かな嘘や誤魔化しすらも見通さんと十秒程そうしていたが他のメンバーによって引き剥がされた。


「どうしたんや卑弥呼っち? 弱い言うても危ないで」

「そうだよ。北条さんは女の子なんだから気をつけないと」

「あ、すみません」


 距離は取ったもののそれでも太朗を見る卑弥呼。

 太朗は自身の支配権を取り戻すと彼らに向かって問いかける。

 洗脳については自分の弱点となり得るので黙っている事にした。


「もう用は済んだのか? 帰ってくれない?」

「言われなくても帰るさ。今日は戦う気はないからね」


 四人が帰ろうとした時、太朗に天啓が降りた。


「おい! ちょっと待て」


 足を止めこちらに振り返ったのを確認し、自分の鞄の中から一つの箱を取り出す。


「せっかく来たんだ。コレやるよ」

「これは……キミが貰ったチョコじゃないのかい?」

「そうなんだけど多くてさ、丁度残り五個あるから一つずつ食べようぜ」


 貰ったときに一つ食べちゃったんだけどさ、と言いながら太朗は四人にチョコを配り自身も一つ取る。

 この時、卑弥呼も太朗にチョコを送った魔族の腕前がどれ程のものか確かめてやろうと素直に手にとっていた。


「それじゃ頂くよ」


 勇者達と太朗がチョコを口に入れる。


 そして――。


 五人全員死んだ。



------



『いやーしかし何であのチョコは食ったら体がドロドロに溶けて無くなるんだろうな』


 しかも服まで、と人魂が呟くも答える者は既に居ない。


 太朗は自身が死ぬ事を覚悟でチョコを食べ、見事に勇者達を死亡させた。

 恐らくは今頃神殿で再生されている頃だろう。


『これで四人殺した事になるな! はーっははははは!』


 高笑いする太朗。

 全てが計算通りだと思っているが、実はそうではない。


 魔王手帳には書かれているのだが、校則として魔王が作った物は製作者にしか殺戮ポイントが加算されない。

 更に校外で自ら商人などに交渉しその製作物を手に入れたのならその労力が認められるが、校内で取引をすると楽をする生徒が現れるのでこれもカウント対象とならない。

 なので今回はドゥルジに四人分のカウントが入っており、太朗には入っていない。


 しかし彼がそれを知るのは生き返ってからの話である。

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