十話「一月」
一月。
新年となり人々は新たな気持ちでまた一年を過ごしていく。
それは魔族も例外ではなく、冬休みをあけたクライム学園では今年の抱負を書くといった授業が行われている。
「はぁ、抱負ったってなぁ……」
「毎年らしいが漢字一文字という縛りがあるのは謎だな」
たっぷりと墨汁を吸った筆をクルクルと器用に回しながら太朗はため息と同時に愚痴る。当然ながら辺り一面に墨汁が飛び散っているのだが、範囲内に居るクラスメイトは防御呪文を展開する事で被害を免れている。
返事をしたアンラも例外ではなく実質墨汁まみれになっているのは太朗一人である。
「おやおやぁ、悩んでるの?」
「んーちょっとな」
「じゃあ『蝶』なんてどう?」
「は? 蝶?」
ドゥルジがやってきて太朗の真横に顔を出し絡むが彼女の真の姿を知らない太朗は首を捻る事となる。
「『蝶』なんてダメに決まっておろうが! 太朗よ、『雷』なんてどうじゃ?」
割って入るように二人の間に入り自身の提案をするタローマティにドゥルジがにやにやしながら返事をする。
「へぇへぇへーぇ。それは私だけを見てーって事かなぁ? ん?」
「ちちち違うわいっ! お主内臓引きずりだすぞ!」
「何言ってるのか全く分からん……。アンラ、分かるか?」
「さぁな」
じゃれあう二人をよそに太朗はアンラへと話しかけるが巻き込まれるのをよしとしないアンラは分かっていて知らない振りをする。
ちなみに、アンラはこのクラス全員の真の姿又は特殊能力を知っている。
「よし、決めた! 俺はコレだ!」
勢いよく筆を振りかざし力強く書かれた文字は『銃』であった。
「俺はコレで今年一年勇者共を殺しまくるんだ! ハーッハッハッハ!」
「無難じゃな」
「無難だね」
「無難だな」
高らかに笑う太朗とそれを見るが特に表情を変えないクラスメイト達。近くの三人が反応したのは優しさからだろう。
「時に太朗よ、お主殺戮カウントはちゃんと伸びておるのか?」
「うっ……きゅ、九だ」
「先月から変わっておらんではないか」
呆れたように喋るタローマティだが、勇者達も太朗対策を着々と整えており太朗を攻めるのは酷であった。
「しょうがないだろう。何か最近当たらないんだよなぁ」
自動調整機能がついてはいるが、勇者達は最近「指定結界」という条件を満たすものを自動で防ぐという便利呪文を使う事で太朗の攻撃を防いでいる。勿論全生徒が使用しているわけではないのでチャンスはあるのだがいかんせん太朗の運が悪いのである。
「なに、まだ三ヶ月近くあるんだ。残り二十一なら何とかなるだろ」
「そんな事を言っておると本当に留年するぞ……?」
「うぐっ。ち、ちゃんと頑張るさ」
タローマティが小言を言い太朗がそれに困りながら返事をするというのもすっかり日常となり、そのいつもの時間は過ぎていく。
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「さてと、今日はどこから狙おうかな」
放課後。
太朗は真っ直ぐ家には向かっていない。愛銃を手にこのままどこか高い場所を探して今日も殺戮タイムとしゃれこむのだ。
「えーっと、使ってないのはポイントΨか」
自作のメモを手に太朗は今日の狙撃ポイントを選ぶ。前もって決めないのは事前情報が漏れないようにする為だ。そう、太朗は「お前、今俺の頭の中を覗いているんだろう? 知ってるんだぞ? ほら、どうしたどうした?」と頭の中で妄想するタイプの人間、いや魔王なのだ。
「ちょっとボロすぎやしないかねこれは……」
目的地へと到着した太朗は今にも崩れそうなビルに不安げに声を出しメモに目をやった。このメモはパソコンを使いグールグルマップで調べ、そこそこ高さのあるビルをピックアップしたものである。画像では分からなかったボロさがそこにはあった。
「まぁ文句言っても始まらないか」
いつも通り「まぁいいか」となりスタスタとビルへと入る。
「ちっ、立て付けわりーな……このセリフ前も言ったな」
ひとり言をいいながら力任せにドアノブを回し、押す。
ガゴン、と音を立てながらドアが外れた。
「この展開は新しいな」
完全に外れ横たわったドアを見ながら太朗は屋上へと足を踏み入れる。
今までそれなりにビルの屋上を歩いたが、一番と言っていい程にその場所は汚れていた。
地面はヒビ割れ、砕けたコンクリートの破片があちこちに散らばっている。
「さーてどこで撃とうかなーっと」
足元の破片を一つコロコロと蹴飛ばしながら狙撃ポイントを探す。
素早い判断力で数分でその作業は終わり、愛銃を地面へと設置すると早速スコープを覗く。
その先にはこちらに背を向けている勇者達が居た。
「今日は当たってくれよ……」
神に祈るような気持ちで引き金を引く。勇者といえど反応しきれない速度で弾丸は飛んでいく。
最後尾に居る僧侶らしき人物に当たるその瞬間。
僧侶の後頭部の真後ろに魔法障壁が出現し弾丸は弾かれる。
「またかよっ! くそっ! 死ね!」
顔を上げ声を荒げるがすぐに隣の奴を狙おうと再びスコープを覗く。
「あれ? 居ない……」
つい先ほどまで噴水広場と呼ばれる見通しのいい場所に居た勇者達の姿が忽然と消えていたのだ。
しかし自動調整システムが勇者の姿を補足する。スコープに映ったのは既に高速でこちらへと一直線へ向かってくる勇者達だった。
「うへぁ! 特定早すぎだろボケェェェェ!」
変な声を上げがちゃがちゃと雑な手つきで武器をしまい大急ぎで屋上を後にする。
階段を降りる度にガンガンと大きな音が鳴るがそんな事を気にしている場合ではなかった。勇者の身体能力を考えると普通に逃げたのでは追いつかれるのが目に見えていたからだ。
ビルを出て路地へと入りこむ。
これが好手なのか悪手なのか分からなかったが見つかりたくない、身を遮る物が欲しいという感情が自然と太朗にそんな行動を取らせていた。
足早に入り組んだ道を進んで五分程度した頃、息切れした太朗は路地から大通りを観察した。
(げっ、居るじゃねぇか)
いつの間に追いつかれたのか既にそこには自身の武器を手に持った勇者達がいた。
不幸中の幸いなのはまだ見つかっていないという事だろうか。辺りをキョロキョロと見回している。
(バレたら死ぬ……これはスネークミッション!)
とんでもないイベントだぜ、等とぶつぶつ言いながら内心うきうきもしている太朗は慎重に歩き出した。
「あっ、いたわ」
「うわああぁぁぁぁああ! 見つかるの早すぎぃぃいいい!」
ダンボールを被る暇もねぇと悠長な事を思いながらも足は必死で動かす。
細い路地から大通りへ、そして様々なテナントが並ぶショッピングモールへと入る。
「待ちなさいっ!」
他の人間がいれば大それた手は打ってこないはずだと太朗は予測し、それに賭けた。
結果としてその賭けに勝ち、勇者達は思うように太朗に追いつけないで居た。
超速度で移動し誰かにぶつかったら相手が大怪我をする可能性があるからだ。特に幼女に怪我をさせてしまった日には大きなお友達が学校、生徒手帳、中学のアルバム、写メ、自宅の電話番号、自宅の住所等々特定してくるのだ。
そんな恐怖が勇者達の動きを制限していた。
「くっ! やりにくいわね!」
表情を歪め忌々しそうに吐き捨てるも勇者達は諦めない。今回はひとまず諦めて次の機会に、という考えは勇者にはない、何故なら「勇者」とはそういうものだからだ。
階段を駆け上がっていく太朗を追いかけ、ふと影が差し上をみる勇者。
すると上から小さな女の子が降ってきた。
「ふはははは! 幼女アタァァァック!」
人の命を何とも思っていない魔王が人間の小さな女の子を投げたのだ。
「親方っ! 空から女の子がっ!」
「うるさいわねっ! 誰が親方よ!」
ふざける仲間に突っ込みを入れながらも女の子を受け止める勇者。
「うわぁ……! おしょらとんだよぉ!」
「そ、そうね」
泣くかと思いきや目を輝かせて喜ぶ予想外のその姿にとまどいながらも優しく女の子を降ろす。
上を見ると既に魔王の姿は消えていた。
だが勇者は諦めない。
「まだ遠くには行っていないはず……。探すわよっ!」
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「はぁーっははははは! 勇者も大した事ないな! はぁーっははははは!」
太朗は高笑いしながら歩いていた。
幼女アタックの後素早くショッピングモールから逃げ出し少し回り道になるが人がほとんど通らない土手を歩いていた。
「勇者共はどうせ俺が潜伏しながら帰ってると思ってるんだろうなぁ。はぁーっははははは」
堂々と歩けば見つかる可能性も高いだろう。通常ならば。
勇者の目を逃れる為に太朗は以前購入したジャスティス学園の制服に着替えていた。
ここに来るまでに既に何人かの勇者とすれ違ったが、最近購入したカツラを被る事で額の文字を隠しやり過ごす事に成功している。
そして二十分掛けて家まで歩き玄関のドアに手を掛ける。
「おかえりなさい」
「おう、ただい……」
後ろから掛けられた声に思わず反応したが、それは馴染みのない声であった。
立ち止まったまま数秒が過ぎても誰だか分からず振り返り驚愕した。
「やっ、随分手こずらせてくれたね」
にこりと笑うと一歩、二歩と太朗の元に歩み寄ってくるその人物は……撒いたはずの勇者であった。
「ど、どっからポップしやがった!」
「ポップとか……まるでゲームのモンスターみたいに言わないでよ」
「私達は『隠者の世界』、姿を隠す魔法でずっとここに居たのよ」
勇者とその仲間の僧侶が口を開く。
隠者の世界とは小範囲ながらも姿や気配、そして匂いまで完璧に消す事が出来る呪文である。勇者達は待っている間たこ焼きを食べていたがそれに気付いた者は誰一人として居ない。
そしてバ、バカな……とまるで死ぬ前の悪役のようなセリフを吐きながらよろよろと後ずさる太朗。
「あっ、逃げようとしても無駄だからね」
玄関に手を掛けようとした所で戦士の少女に回りこまれ作戦は失敗する。
「うぉっ……くそっ! ボケッ! あ、そういや何で俺の家が分かったんだ?」
「あら、ウチの学園では有名よ田中って名前の魔王は」
勇者の言葉で以前織田達から聞いた事があったと思い出す。
随分前の出来事ですっかり忘れていた。
「遠距離狙撃とモヒカンって時点で確定だし、家の住所は随分前からジャスティス学園で流れてたからね」
上機嫌に口を動かす少女の言葉でたまに家に来ては殺していく勇者の存在も思い出す。誰一人として同じ顔が無かったが、それならば合点がいく。
「それにしても見ない間に頑張ってるのねぇ。今回はちょっと苦労したわ」
「は? 今回『は』?」
「覚えてないの? 私達前に会ったじゃない」
ずっと逃げ道を探していて少女達の顔なんて見ていなかったが、ふと目を合わせると太朗の記憶が蘇る。
「あぁ! お前あの水玉パン――ぐぼぁ!」
「それは言わなくていい!」
蘇ったのは過ぎ去りし日の少女の下着の柄と殺された記憶だった。
「全く、しかしまた上級生に戦闘しかけるなんて懲りないわね」
「痛つつ……いや、お前らが全員後ろ向いてる時に撃ったから学年なんて分からなかったんだよ」
「あぁ、そういう事」
会話をしながらも逃げ道を探すが見つからない。
少し動けば後ろの戦士の少女が少し位置を変えるのが分かる。
更に前方の魔法使いと僧侶の少女もちょこちょこ位置を変えている。
武器を取り出す暇はなく、既に打つ手が無いのではないかと太郎は思い始めていた。
「じゃ、そろそろ諦めはついた? 今なら一思いに殺してあげるわよ」
「ぐっ……」
まるで心を読まれているかのような言葉が少女の口から出てくる。
何とか一矢報いたいがダメージを与える方法はないという事は誰よりも自分が理解していた。
しかし、太朗は臆すことはない。魔王なのだから。
「ふはははは! 我は魔王! 故に引かぬ!」
「既に三割体力減ってるみたいだけどそれでも来るの?」
「えっ……?」
「ほら、自分で確認しなさいよ」
手渡された手鏡で自身を映すとカツラが取れている。恐らく先ほど攻撃された時に取れてしまったのだろう。
そして肝心の体力だが、『田』の文字が少し消えている辺り確かに減っているのが分かる。
「ほんとだ……さっき殴られたのが効いたのかこれ?」
前言撤回してさっさと殺してもらおうかなとちょっぴり思ったが頭を振って思いとどまる。が、その一瞬の隙をつかれ背後の戦士に蹴飛ばされてしまう。
「あだっ……何すん――」
前のめりに倒れ、起き上がろうとすると頭に何か柔らかい者が当たる感覚があった。
勇者の丁度真下に倒れたらしく、頭でスカートを捲ってしまっていた。
全てを悟った太朗は諦めたように目の前の下着の柄を呟く。
「なるほど。今度は縞パンか」
「なるほど。今度も死にたいようね」
頭上から死の宣告が聞こえた。
どうせ殺すつもりだったろ、とは言わなかった。
こうして太朗は白と青の景色の中、命を失った。
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『おい! 死体蹴りはマナー違反だろ!』
「うっさいわね! 人のパ、パン……下着見るような奴の目は抉り出して当然でしょ!」
『目を抉る前に俺死んでたんですけど!? というか前回も今回も事故みたいなもんだろ! ケチケチすんなよ縞パン!』
「ちょっと! その呼び方止めてよっ!」
とある家の前で言い争いが起きている。
「今日は縞パンだって。白と青の縞々」
「下着のセンスは相変わらずだねぇ」
「聞こえちゃうわよ」
「聞こえてるわよっ!」
四人の少女はわいわい言いながら帰ってゆく。
ポツンと残された人魂が一つ。
『ふぅ、まだまだ寒いな……』
寒空の中、そんな事を呟きながら魔王の一日は終わる。




