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会いたい理由

――Side 沙月


金曜日。


午後六時。


雀荘『オリオン』。


今日も店内は賑わっていた。


週末だから当然だ。


常連のおじさんたち。


仕事帰りの会社員。


学生グループ。


いつも通りの光景。


沙月は飲み物を運びながら店内を見回した。


そして。


自然と目が向く。


いつもの卓。


いつもの席。


いつもの姿勢。


いつもの穏やかな表情。


悠也だった。


(来てる)


少しだけ安心する。


自分でも理由は分かっている。


最近は店に来ると、まず探してしまうのだ。


見つけると安心する。


見つからないと少し気になる。


(重症かも)


沙月は心の中で苦笑した。


最初は何とも思っていなかった。


顔はいい。


かなりいい。


店でもたまに話題になるくらい。


麻雀も強い。


負けても怒らない。


勝っても偉そうにしない。


店員にも礼儀正しい。


常連さんにも優しい。


だから。


(すごい人だなー)


その程度だった。


でも。


どこか距離がある人だとも思っていた。


優しい。


だけど踏み込ませない。


そんな雰囲気。


ところが。


あの日。


ナンパから助けてもらった帰り。


健でご飯を食べた。


そこで初めて知った。


思ったよりずっと人間っぽい。


笑うし。


冗談も言うし。


ツッコミもする。


意外と抜けている。


そして何より。


一緒にいて楽だった。


(あの時からかな)


たぶん。


そうなんだと思う。


だから。


もう一回会いたいと思った。


だから健で待ち伏せした。


今思うとかなり恥ずかしい。


(よくやったなあたし)


それでも後悔はしていない。


むしろ。


あの日勇気を出してよかったと思っている。


「沙月ちゃん」


呼ばれて顔を上げる。


「はい!」


「ウーロン茶お願い」


「かしこまりましたー!」


笑顔で返事をする。


飲み物を用意していると。


近くの卓から笑い声が聞こえた。


聞き慣れた声だった。


悠也の卓。


「悠也さんさ」


常連のおじさんが笑う。


「それだけ麻雀強くて顔も良けりゃモテるだろ」


沙月の手が少し止まった。


悠也は苦笑している。


「全然ですよ」


「嘘つけって」


「ほんとです」


「この前来てた客の女の子なんか悠也さんかっこいいって言ってたぞ」


沙月は思わず耳がそっちへ向く。


「言ってた言ってた」


別の常連も笑う。


「連絡先聞けばよかったのに」


「やめてくださいよ」


悠也は困ったように笑った。


いつもの笑顔。


特別な反応はない。


ただ笑って流しているだけ。


なのに。


なぜか胸の奥が少しだけモヤっとした。


(別に関係ないし)


お客さんなんだから。


そう思う人がいても不思議じゃない。


むしろ当たり前だ。


(当たり前なんだけど)


なんだろう。


この気持ち。


うまく説明できない。


少しだけ。


面白くなかった。


「沙月ちゃん?」


「あ、はい!」


慌てて現実へ戻る。


「飲み物まだ?」


「すみません!」


急いでグラスを持つ。


常連たちが笑った。



スマホを見る。


LINE。


一番上。


悠也さん。


最近は毎日のように連絡している。


バイト中に送ったり。


送らなかったり。


いや。


結構送っている。


『仕事しろ』


何回言われただろう。


でも。


本気で怒られたことはない。


「疲れたー」


と言えば返事が来る。


「暇ー」


と言えば返事が来る。


「ご飯行こ」


と言えば付き合ってくれる。


何を言っても。


だいたい受け止めてくれる。


(優しいんだよなあ)


本当に。


だから最近は。


もっと話したくなる。


もっと構ってほしくなる。


もっと一緒にいたくなる。


でも。


(嫌われたくないしなあ)


沙月は小さくため息をついた。


今の距離は心地いい。


LINEできる。


電話できる。


ご飯へ行ける。


遊びにも行ける。


だからこそ。


壊したくない。


欲張りすぎて。


面倒くさいと思われたくない。


それだけは嫌だった。



午後九時。


時計を見る。


あと一時間。


いや。


違う。


あと一時間でバイトが終わる。


最近の金曜日で一番好きな時間。


終わったら。


着替えて。


健へ行く。


そこにはきっと。


もう先に着いている人がいる。


「お疲れ」


そう言ってくれる人がいる。


その時間が好きだった。



午後十時。


「お疲れさまでしたー!」


沙月は急いで更衣室へ向かった。


着替える。


スマホ。


財布。


忘れ物なし。


よし。


小走りで駅前を抜ける。


見慣れた暖簾。


居酒屋『健』。


少しだけ胸が高鳴る。


暖簾をくぐる。


そして。


「あ」


いた。


カウンター席。


悠也。


こちらに気付く。


優しく笑う。


「お疲れ」


いつもの声。


その瞬間。


胸の奥が少し温かくなる。


さっきまで感じていたモヤモヤも。


少しだけ小さくなった。


沙月は隣の席へ座る。


(あたしのことどう思ってるんだろ)


友達。


仲の良い常連と店員。


年下の知り合い。


どれだろう。


まだ分からない。


でも。


さっきのお客さんが言っていたみたいに。


悠也をかっこいいと思う人は、きっと他にもたくさんいる。


そう考えると。


なぜか少しだけ落ち着かない。


だけど。


今はそれでいい。


もう少しだけ。


もう少しだけでいいから。


今の距離を大事にしたい。


ご飯を食べて。


笑って。


話して。


また会う約束をして。


そんな時間が続けばいい。


そう思った。


「今日ね、店長がまた変なこと言っててさ!」


沙月はいつものように話し始める。


悠也が笑う。


その笑顔を見ていると。


やっぱり今日も来てよかったと思うのだった。


――第九話 終わり。

こんにちはヘロイズムです。

読んでいただきありがとうございます。

一日2話朝と夜に更新しますので、是非読んでいただければと思います。

よろしくお願いします。

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