浮気禁止
金曜日。
午後七時。
雀荘『オリオン』。
今日も店内は賑わっていた。
牌の音。
笑い声。
リーチの声。
いつも通りの金曜日。
「リーチ」
悠也が牌を置く。
「またかよ」
対面のおじさんが苦笑した。
「最近ほんと強いな」
「たまたまですよ」
「そのセリフ禁止な」
卓が笑う。
いつものやり取り。
いつもの空気。
いつものオリオン。
――のはずだった。
ふとカウンターを見る。
スタッフはいる。
お客も多い。
店も賑やかだ。
なのに。
なんとなく静かだった。
理由は分かっている。
沙月がいない。
大学のテスト期間で、今週はシフトを減らしているらしい。
たった三日。
それだけなのに。
店の雰囲気が少し違って感じた。
「悠也さん」
佐藤店長がやってくる。
「ん?」
「沙月ちゃんいなくて寂しいでしょ」
案の定だった。
ニヤニヤしている。
「まあね」
悠也は素直に答えた。
佐藤が一瞬固まる。
「え?」
「え?」
「否定しないんですか?」
「いないと静かだからね」
「ほう」
店長の顔がさらに面白そうになる。
「でもほら」
悠也がカウンターを見る。
「りなちゃんいるし」
「私ですか?」
女性スタッフが顔を上げた。
りなは二十五歳。
沙月より少し年上で、落ち着いた雰囲気の女性だ。
「りなちゃんも人気あるじゃないですか」
「急になんですか」
りなは苦笑する。
「かわいいって言われてるし」
「ありがとうございます」
「ほら」
悠也が店長を見る。
「看板娘不在でも大丈夫」
「その発言、沙月ちゃんに報告しときますね」
「やめろ」
店内が笑いに包まれた。
その時。
スマホが震えた。
LINE。
沙月だった。
悠也は思わず笑う。
画面を開く。
『疲れた』
『勉強しろ』
すぐ既読。
『してる』
『嘘だな』
『してるもん!』
さらに続く。
『眠い』
『帰りたい』
『数学消えてほしい』
『教授も消えてほしい』
『最後はだめだろ』
『だめだった?』
『だめだな』
卓の最中なのに笑ってしまう。
完全に現実逃避だった。
『頑張れ』
悠也が返す。
『終わったらご褒美は健だぞ』
すると。
『いつものことじゃん!』
即返信。
『もっと特別感がほしい!』
『じゃあ何がいい?』
少し間が空く。
そして。
『またデート!』
予想通りだった。
悠也は苦笑する。
『了解』
『行きたいところ考えとけよ』
既読。
一秒。
二秒。
『やったーーー!!』
スタンプが連続で飛んでくる。
うるさい。
そして。
次のメッセージ。
『そういえば』
『ん?』
『りなちゃんかわいい?』
悠也は少し首を傾げた。
『かわいいと思うよ』
数秒。
既読のまま止まる。
そして。
『え』
『なんで』
『だめ』
『何が』
『そういうこと言ったらだめ』
『意味分からん』
『浮気禁止』
悠也は吹き出した。
『誰に対して』
『知らない』
『知らないのか』
『とにかくだめ』
『はいはい』
『はいは一回!』
『めんどくさいな』
『聞こえました』
『エスパーか』
『そう』
全然違う。
でも。
少しだけ頬が緩む。
スマホをしまった。
⸻
午後十時。
最後の半荘が終わる。
今日もプラス。
会計へ向かう。
レジにはりながいた。
「お疲れさまです」
「お疲れ」
会計を済ませる。
その時。
りなが少し笑った。
「沙月ちゃん、テストらしいですよ」
「みたいですね」
「聞いたんですか?」
「前にね」
「そうですか、前に。」
りなは納得したように頷く。
「なんで沙月ちゃんの話を?」
「だって寂しそうですもん」
「そうですか?」
「そうですよ」
りなは少し笑った。
そして。
「まあ」
「?」
「その辺は本人に聞いてあげてください」
意味深なことを言う。
「なんですかそれ」
「秘密です」
りなは笑ったままレジ奥へ消えていった。
悠也だけが首を傾げる。
⸻
店を出る。
夜風が気持ちいい。
駅へ向かう道。
頭に浮かぶのは。
『浮気禁止』
というメッセージだった。
「浮気ってなんだよ」
思わず笑う。
きっと今ここに沙月がいたら。
頬を膨らませながら。
『だめだからね!』
と言うのだろう。
簡単に想像できた。
そして。
気づけば。
次のデートはどこへ行こうか。
そんなことを考えている。
三日前までは。
大学のテストなんて自分には関係ないと思っていた。
なのに今は。
早く終わらないかな。
そんなことを考えている。
悠也は小さく笑った。
どうやら。
思っていた以上に。
あの騒がしい看板娘の存在は大きかったらしい。
――第十話 終わり。
読んでいただきありがとうございます。
朝と夜の一日2回投稿予定です。
もし少しでもいいなと思っていただけたら評価やブックマークしていただけると嬉しいです。
よろしくお願いします!




