助手席は特別
日曜日。
朝九時。
空はよく晴れていた。
悠也は車を停め、スマホで時間を確認する。
待ち合わせ場所は沙月の最寄り駅近く。
約束の時間まであと二分。
すると。
遠くから小走りでやってくる姿が見えた。
白いワンピース。
薄いカーディガン。
肩まで伸びた髪。
そして満面の笑顔。
「おはよー!」
沙月だった。
「おはよう」
「待った?」
「二分」
「細かい!」
沙月は笑いながら助手席へ乗り込む。
「おー!」
乗った瞬間からテンションが高い。
「広い!」
「普通だよ」
「普通じゃない!」
シートベルトを締めながら車内を見回している。
そしてふと。
「そういえば」
「ん?」
「助手席っていつも誰か乗るの?」
「ほとんど乗らないな」
「へえ」
沙月の目が少しだけ輝く。
「じゃあ今日は特別席だ」
「そうなるな」
「やった」
なんだか本当に嬉しそうだった。
車が走り出す。
十分ほど経った頃。
「お菓子食べる?」
沙月がバッグを開く。
「持ってきたのか」
「遠足だから」
「水族館な」
「似たようなものです」
そう言いながら小袋のお菓子を差し出してくる。
「運転手さんもどうぞ」
「ありがとう」
「優しいでしょ?」
「自分で言うな」
車内にはずっと笑い声が続いていた。
午前十時。
水族館。
「うわあ!」
沙月のテンションは最初から全開だった。
「見て見て!」
「うん」
「魚いる!」
「水族館だからな」
「すごい!」
「凄いか?」
悠也は苦笑する。
しばらく歩いていると。
大きな水槽の前で沙月が立ち止まった。
「あの魚かわいい」
「釣ったことある」
「え?」
「昔な」
「かわいいのに!?」
「魚だからな」
「悠也さん意外とワイルドだった」
「初めて言われた」
「また知らない悠也さん出てきた」
沙月は楽しそうに笑った。
イルカショーではもっとすごかった。
「すごーい!」
子どもみたいに拍手する。
大きなジャンプが決まるたびに歓声を上げる。
その横顔を見ながら。
悠也も自然と笑っていた。
午前中はあっという間に過ぎた。
昼。
「何食べたい?」
悠也が聞く。
すると。
「回転寿司!」
即答だった。
「待て」
「ん?」
「今どこにいた?」
「水族館」
「魚見た直後だぞ」
「だから?」
「魚見て寿司食うのか」
「食べる」
「サイコパスだな」
「失礼な!」
沙月は大笑いした。
結局。
昼食は回転寿司になった。
午後。
ショッピングモール。
色々な店を見て回る。
「これどう?」
沙月がヘアゴムを見せる。
「似合うと思う」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ買おうかな」
悠也は少し笑った。
「そんなに俺の意見重要?」
「結構重要」
「そうか」
「そうです」
当たり前のように言う。
少しだけ照れくさかった。
買い物が終わる頃には夕方になっていた。
晩ご飯は中華料理。
「なんか新鮮だね」
沙月が言う。
「何が?」
「健じゃない」
「ああ」
「最近ご飯って言ったら健だったもん」
「確かに」
「健二さん聞いたらちょっと寂しがりそう」
「それはあるかもな」
二人とも笑った。
気付けば夜。
帰り道。
昼ほど騒がしくない車内。
楽しかった一日の終わり。
そんな空気だった。
「もう終わりかあ」
沙月がぽつりと言う。
「そうだな」
「早かった」
「早かったな」
少しだけ寂しそうだった。
「また遊ぼうね」
「いつでも付き合うよ」
自然に出た言葉だった。
すると。
「ほんと!?」
一瞬で表情が明るくなる。
「ほんと」
「やった!」
「元気だな」
「当たり前!」
そして。
家の近くに着く少し前。
沙月が窓の外を見ながら言った。
「ねえ」
「ん?」
「今日さ」
「うん」
「助手席、特別席だった?」
「だったな」
すると。
沙月は満足そうに笑った。
「じゃあ他の女の子乗せちゃだめだからね」
「なんでだよ」
「だってあたしが先に乗ったし」
「意味分からない」
「大事なの」
「そうか」
「そうです」
沙月は機嫌よく頷いた。
家の近くに到着する。
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
「めっちゃ楽しかった」
「俺も」
沙月は少しだけ照れたように笑う。
そして車を降りる前。
「次はもっと長く遊ぼうね」
「今日十分長かっただろ」
「まだ足りない」
即答だった。
「欲張りだな」
「知ってる」
いつもの返事。
ドアが閉まる。
沙月は振り返る。
「また連絡するね!」
「仕事中はやめろよ」
「善処します!」
「絶対やるな」
「えへへ」
笑いながら走っていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで。
悠也はなんとなく見送っていた。
帰り道。
信号待ちでふと思う。
水族館。
買い物。
食事。
帰りの車。
全部楽しかった。
もちろん。
沙月といたからだ。
そこまで考えて。
悠也は小さく苦笑した。
「何考えてるんだ」
信号が青になる。
車を走らせる。
それでも。
口元の笑みはなかなか消えなかった。
一方その頃。
沙月も家へ向かいながら今日のことを思い出していた。
助手席。
イルカショー。
回転寿司。
買い物。
中華料理。
帰り道。
全部楽しかった。
だからこそ。
次の約束が待ち遠しかった。
――第八話 終わり。
読んでいただきありがとうございます。
ヘロイズムと言います。
みなさまに少しでも楽しんいただければ幸いです。
朝と晩の一日2回投稿予定ですので是非ともよろしくお願いします。




