なんで来ないの!
水曜日。
珍しく。
本当に珍しく。
悠也はオリオンに行っていなかった。
午前中は役所。
昼から銀行。
その後は買い物。
細かい用事が重なり、気付けば夕方になっていた。
「今日は行けないな」
そう判断した。
別に珍しいことではない。
オリオンは好きだが、毎日行かなければならない場所でもない。
午後六時過ぎ。
スーパーのレジに並んでいた時だった。
スマホが震える。
LINE。
沙月だった。
悠也は少し笑う。
最近は毎日のように連絡を取っている。
画面を開く。
『今日休み?』
『休みじゃない』
数秒後。
『じゃあなんで来てないの?』
悠也は苦笑した。
『用事』
『むむむ』
『なんだその反応』
既読。
そして。
『あたしが働いてるのに』
『うん』
『なんで来ないの!』
思わず吹き出した。
『用事がある日もあるんだよ』
『信じられない』
『そこまで言われる?』
『言う』
そして。
少し間を置いて。
『寂しかったんだから』
悠也は一瞬だけ画面を見つめた。
だがすぐに返信する。
『ごめんごめん』
『よろしい』
何なんだこのやり取りは。
そして。
次のメッセージ。
『ということで』
嫌な予感しかしない。
『今日来なかった罰として』
『なんだそれ』
『回収します』
『何を』
『ご飯』
『またか』
『今日は私の分』
意味が分からない。
『決定事項?』
『決定事項』
『拒否権は』
『ありません』
即答だった。
『強引だな』
『知ってる』
気付けば悠也は笑っていた。
午後十時。
居酒屋『健』。
暖簾をくぐる。
「お前ら最近週一で来るな」
健二が呆れた顔をした。
「来てますね」
沙月が頷く。
「自覚あるのか」
「あります」
「怖いな」
三人とも笑った。
席に座る。
料理を注文する。
すると沙月が頬を膨らませた。
「今日ほんとに来なかった」
「だから用事だって」
「いつもいるじゃん」
「いつもじゃない」
「体感いつも」
「それは沙月の問題だろ」
「違うもん」
全然納得していない顔だった。
料理が運ばれてくる。
乾杯。
そしていつもの雑談が始まる。
「今日ね」
沙月が言った。
「うん」
「三回くらい入口見た」
「なんで」
「来るかなと思って」
悠也は少し笑った。
「来なかったけど」
「ごめん」
「だから呼び出した」
「それが結論か」
「そう」
悪びれない。
その時だった。
「そういえば」
沙月が思い出したように言う。
「今日またLINE聞かれた」
悠也の箸が少し止まる。
「へえ」
「へえじゃない」
「断ったんだろ?」
「断ったよ」
「ならいいじゃん」
「良くない」
即答だった。
「結構しつこかったんだから」
「店長いたんじゃないの?」
「途中から来てくれた」
「そうか」
会話はそこで終わった。
だが。
少しして。
大学の話になり。
友達の話になり。
健二の料理の話になった頃。
悠也がふと思い出したように聞く。
「その人」
「ん?」
「常連?」
沙月が一瞬固まる。
そして。
吹き出した。
「気になってるじゃん!」
「気になってない」
「気になってる!」
「気になってない」
「じゃあなんで聞いたの?」
「なんとなく」
「嘘だ」
沙月はニヤニヤしている。
悠也は少しだけ居心地が悪かった。
「で?」
「常連さんじゃないよ」
「そうか」
「安心した?」
「してない」
「してる顔だ」
「してない」
健二が料理を置きながら言った。
「何の話だ?」
「内緒です」
沙月が即答する。
「怪しいな」
「怪しくないです」
全然説得力がなかった。
気付けばあっという間に時間が過ぎていた。
帰り道。
改札前。
「次はちゃんと来てね」
沙月が言う。
「努力する」
「約束」
「約束」
沙月は満足そうに頷いた。
「よし」
本当に嬉しそうだった。
その顔を見ていると。
不思議と。
次にオリオンへ行く日が少し楽しみに思えた。
その理由を。
悠也はまだ分かっていなかった。
そして沙月も。
自分が悠也の来店を、思っていた以上に楽しみにしていることに気付いていなかった。
――第五話 終わり。




