常連さんの敵討ち
金曜日の夜。
雀荘『オリオン』。
「ツモ」
悠也が牌を倒した。
「またかよ!」
「今日何回目だ!」
「勘弁してくれ!」
卓が騒がしくなる。
悠也は苦笑した。
今日は出来すぎだった。
先週の十本ノートップが嘘みたいに勝っている。
配牌も良い。
ツモも良い。
何をしても上手くいく。
「悠也さん」
佐藤店長が近付いてくる。
「今日はひどいですね」
「俺が?」
「常連さんのお財布に対して」
「知らないよそんなの」
「先週負けた分を全員から回収してるじゃないですか」
「そんなつもりないんだけどな」
「結果的にそうなってます」
周りが笑った。
「しかし極端ですね」
佐藤が言う。
「先週は十本ノートップ」
「そうだったな」
「今日はトップ量産」
「麻雀って怖いな」
「ほんとに」
そんな話をしていると、スマホが震えた。
LINE。
沙月だった。
⸻
『悠也さん』
『どうした?』
『今日勝ちすぎ』
『そうか?』
『そう』
『店中で被害者が出てる』
『人聞き悪いな』
『だから』
『?』
『負けた常連さんの敵討ちしに行く』
悠也は思わず笑った。
『何?』
『ご飯』
『意味分からん』
『私もよく分かってない』
『考えてから送れ』
『でも回収はする』
⸻
即答だった。
⸻
『今バイト中だろ』
『うん』
『仕事しろ』
『してる』
『してないだろ』
『ちょっとサボってる』
『正直だな』
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少し間が空く。
⸻
『終わったら健ね』
⸻
短い一文。
それだけで十分だった。
⸻
『店長にはバレないようにな』
『それは当然』
『だろ』
『でも別に禁止じゃないし』
『まあな』
『ただお客さん絡みだと面倒』
『なんで』
『店長はいい顔しないから』
『それは分かる』
⸻
すぐ既読が付いた。
⸻
『だから内緒』
『了解』
『よろしい』
⸻
午後九時半。
悠也は卓を終えた。
収支は大きくプラス。
会計へ向かう。
レジには沙月がいた。
もちろん近くには佐藤店長もいる。
だから普通に会話する。
「お疲れさまです」
「お疲れ」
「今日は勝ちましたねー」
接客用の笑顔。
だが伝票を返す時。
小さな声で。
「十時十分」
「了解」
沙月は何事もなかったように頭を下げた。
「ありがとうございましたー!」
店長は気付いていない。
⸻
午後十時十分。
居酒屋『健』。
暖簾をくぐる。
「おっ」
健二が顔を上げた。
そして二人を見て苦笑する。
「お前らまた来たのか」
「常連さんの敵討ちです」
沙月が即答した。
「意味分からん」
「俺もそう思う」
悠也も頷く。
「今日は悠也さんが勝ちすぎたから」
「うん」
「負けた常連さんの代わりに私が敵討ちする」
「だから何をだよ」
「常連さんのお金をご飯に変えてもらう」
「結局そこか」
三人とも笑った。
席に座る。
料理を注文する。
健二が飲み物を置きながら言った。
「なあ悠也」
「ん?」
「最近ここ来すぎじゃないか」
「そうか?」
「週一以上来るタイプじゃなかっただろ」
「まあ」
「理由は分かる」
健二がニヤニヤする。
「分かるな」
なぜか沙月まで頷いた。
「お前は頷くな」
「なんで?」
「なんでもだ」
沙月が笑う。
料理が運ばれてくる。
乾杯して食べ始める。
「それにしても」
沙月が言った。
「ん?」
「今日は機嫌いいね」
「そう?」
「先週と全然違う」
「先週は負けたからな」
「今日はずっと笑ってた」
「そんな笑ってた?」
「うん」
「見てたの?」
「仕事だから」
「便利な言葉だな」
「便利だから使ってる」
沙月は得意げだった。
「でも良かった」
「何が?」
「今日は楽しそうだったから」
その言葉に悠也は少しだけ驚く。
沙月は続けた。
「先週、本当に元気なかったし」
「そんなに?」
「そんなに」
即答だった。
「だから今日は安心した」
少しだけ照れくさそうに笑う。
悠也も自然と笑った。
「心配かけたな」
「うん」
「うんって言うな」
「事実だから」
また笑いが起きる。
気付けばあっという間に時間が過ぎていた。
⸻
帰り道。
改札前。
「またトップ取ってね」
沙月が言った。
「なんで?」
「負けた常連さんの代わりに敵討ちするから」
「まだやるのか」
「大事だから」
「それだけ?」
沙月は少し考える。
そして笑った。
「それもある」
「それも?」
少しだけ照れたように視線を逸らす。
「今日みたいにご飯行けるし」
一瞬だけ沈黙。
悠也は小さく笑った。
「そっか」
「うん」
「じゃあ頑張るよ」
「期待してる」
沙月は笑顔で手を振った。
その姿を見送りながら、悠也も自然と笑う。
トップを取ったからなのか。
ご飯が美味しかったからなのか。
それとも別の理由なのか。
まだ自分でも分からなかった。
⸻
――第四話 終わり。




