絶対連絡して
日曜日。
雀荘『オリオン』。
午後三時。
「ロンです」
「はいラスー」
悠也は苦笑した。
今日は朝から流れが悪い。
配牌が悪い。
テンパイしても競り負ける。
押せば放銃。
降りればツモられる。
何をやっても噛み合わない。
⸻
「珍しいなあ」
常連の一人が言った。
「悠也さん今日全然勝ってないじゃん」
「そうですね」
「調子悪い?」
「かなり」
「そんな日あるんだな」
「ありますよ」
悠也は笑う。
しかしその笑顔は少し苦かった。
⸻
カウンターでは沙月がその様子を見ていた。
飲み物を運びながら思う。
(今日ほんとにダメだなあ)
いつもなら余裕そうに打っている。
負けても平気そうに見える。
でも今日は違った。
表情には出していない。
けれど、なんとなく分かる。
調子が悪いだけじゃない。
悔しそうだ。
⸻
午後六時。
ラス。
午後七時。
三着。
午後八時。
ラス。
午後九時。
二着。
結果。
十本打ってノートップ。
オリオンでもなかなか見ない光景だった。
⸻
「歴史的事件ですよ」
佐藤店長が笑いながらやってくる。
「大げさだなあ」
「十本ノートップですよ?」
「まあそういう日もあります」
近くの常連が口を挟む。
「写真撮っとこうぜ」
「記念日だな」
「オリオン麻雀史に残る」
「やめろ」
卓が笑いに包まれる。
悠也も苦笑した。
「俺も驚いてるんだから」
「彩月ちゃんなんて途中から心配してましたよ」
佐藤が言う。
カウンターを見る。
沙月が慌てて顔を逸らした。
悠也は少しだけ笑った。
⸻
午後九時過ぎ。
「今日は帰ります」
「珍しいですね」
「今日はもうダメだ」
「潔いなあ」
「投資も麻雀も撤退は大事だから」
「それっぽい」
佐藤は笑った。
⸻
帰宅後。
シャワーを浴びる。
冷蔵庫からお茶を取り出す。
ソファに座る。
スマホが震えた。
画面を見る。
沙月だった。
悠也は少し驚く。
連絡先は交換している。
健二の店へ行った帰りに、自然な流れで交換した。
だが、それからは挨拶程度。
こうして個人的に連絡が来たのは初めてだった。
メッセージを開く。
『お疲れー!』
悠也は少し笑う。
『お疲れさま』
送る。
すると。
すぐ既読になった。
『今日はダメだったね』
早かった。
『ダメだった』
『めちゃくちゃダメだった』
『やめろ』
『だって十本ノートップだよ?』
『言うな』
『レアだった』
『天然記念物だった』
『店長にも言われた』
『私もちょっと思った』
『お前もか』
沙月から笑っているスタンプが送られてきた。
⸻
しばらくやり取りが続く。
『トップ取ったらゲーム代回収しようと思ってたのになー』
『それ言うと思った』
『絶対言う』
『知ってた』
『残念でした』
『残念でした』
⸻
そして。
少し間が空いた。
次のメッセージ。
『でもさ』
『ん?』
『結構元気なかったよね』
悠也の指が止まる。
『そう見えた?』
『うん』
『まあ負けたしね』
『そりゃそうだ』
『悔しいのは悔しい』
正直に返した。
すると。
すぐ返信が来る。
『じゃあ慰めてあげる!』
悠也は吹き出した。
『どうやって?』
『優しい言葉をかけます』
『お願いします』
『今日は運が悪かっただけ!』
『ありがとう』
『明日は勝てる!』
『根拠は?』
『さっちゃんの女の勘!』
『根拠ないみたいなもんだな』
『でもたぶん大丈夫!』
『適当だな』
『こういうのは勢いが大事!』
⸻
気付けば会話は続いていた。
大学の話。
バイトの話。
友達の話。
麻雀の話。
どうでもいい話。
他愛もない話。
それなのに不思議と楽しかった。
⸻
一時間ほど経った頃。
『そういえば』
沙月からメッセージが届く。
『ん?』
『こういう時はちゃんと連絡してね』
悠也は首を傾げた。
『こういう時?』
『いっぱい負けて落ち込んだ時』
『落ち込んでない』
『落ち込んでた』
『見てたのか』
『見てた』
『怖いな』
『店員だからね』
『そういう問題か?』
『そういう問題です』
すぐ返信が来る。
そして。
『だから』
『?』
『絶対連絡して』
悠也は少し画面を見つめた。
『なんで』
送る。
数秒後。
返事が来た。
『心配するから』
短い一文だった。
⸻
悠也は少しだけ目を細める。
『了解』
そう返す。
すると。
『よろしい!』
いつもの沙月だった。
⸻
『そろそろ寝る?』
悠也が送る。
『うん』
『明日一限なんだろ』
『そうだった』
『忘れてたのか』
『忘れてた』
『大丈夫か』
『たぶんダメ』
『ダメじゃないか』
『頑張る』
『頑張れ』
⸻
最後に。
『またトップ取ってね』
『頑張るよ』
『そしたらゲーム代回収しに行くから』
『まだ言うのか』
『もちろん』
笑ってしまう。
『じゃあ取らないとな』
『うん!』
『おやすみ』
『おやすみー!』
⸻
スマホを置く。
十本ノートップ。
結果だけ見れば最悪の日だった。
悔しいのも変わらない。
明日になれば牌譜も見返すだろう。
でも。
なぜかそんなに悪い一日じゃなかった。
悠也はソファにもたれながら小さく笑う。
今日一番印象に残ったのは。
負けた半荘でも。
失った点棒でもない。
『絶対連絡して』
その一言だった。
――第三話 終わり。




