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【特別編】新しい帰り道

Side りな


居酒屋「健」。


暖簾をくぐると、健二さんが顔を上げた。


「いらっしゃいませ……お、珍しいお客さんだな」


「こんばんは」


私が微笑むと、健二さんも少しだけ笑った。


「沙月ちゃんがバイトの日なら、落ち着いて食事できるかなって思ったんですけど」


「あいつらならいつもの時間だろうな」


「いつもなんですね」


そう言いながら少し笑った。


今日は一人で食事したかったのだ。


「来てくれたのは嬉しいよ」


健二さんはカウンターを拭きながら言った。


「ほかに客もいないし、好きなもん作れるぞ」


「じゃあ今日のおすすめと、生ビールください」


「お、いける口か」


「少しくらいなら」


「じゃあ俺も一杯だけ付き合おうかな」


「店主がそれでいいんですか?」


思わず笑う。


健二さんも肩をすくめた。


「いいんだよ」


「自由にしたいのと、好きな料理を作りたいから店を持ったんだ」


「大繁盛店にしたいわけでもないしな」


「そうなんですね」


少し感心する。


「夢とかないんですか?」


「夢かぁ」


健二さんは少し考えた。


そして照れくさそうに頭をかく。


「俺は欲張りじゃないからな」


「美味いって言って食ってくれる客を死ぬまで見てられたら十分だ」


一瞬、言葉を失った。


派手じゃない。


大きくもない。


でも不思議と心に残る。


「いい夢だと思います」


「そうか?」


「はい」


健二さんは少し照れたように笑った。


◇◇◇


料理が運ばれてくる。


相変わらず美味しい。


でも今日は料理だけじゃなくて、なんだか居心地がよかった。


しばらく雑談していると、健二さんがふと尋ねた。


「どうした?」


「え?」


「なんか悩んでる顔してるぞ」


図星だった。


私は苦笑する。


「わかります?」


「まあな」


「最近ちょっと考えることが多くて」


グラスを見つめる。


「仕事は楽しいんです」


「生活にも困ってないですし」


「でも最近、就職するのか、このまま働くのか、それとも別のことをやるのか」


「そういうことをよく考えるようになったんです」


健二さんは黙って聞いてくれていた。


否定もしない。


答えも急がせない。


ただ聞いてくれる。


それが妙に心地よかった。


「それに」


少し笑う。


「私の周りにキラキラしてる二人がいるんですよ」


「ああ」


健二さんも笑った。


誰のことかわかったらしい。


「見てると、自分にも夢とかやりたいこととかあったはずなのになぁって思っちゃって」


「このままでいいのかなって」


しばらく沈黙が流れる。


やがて健二さんがビールを一口飲んだ。


「別に気にしなくてもいいんじゃねぇか?」


「え?」


「あいつらはあいつらのペースで上手くいった」


「りなちゃんにはりなちゃんのペースがあるだろ」


「やりたいことに年齢制限なんてない」


「ゆっくり探せばいいんだよ」


私は黙って聞いていた。


特別なことを言われたわけじゃない。


でも胸にすっと入ってくる。


不思議な言葉だった。


「それに」


健二さんは少し笑う。


「常連候補がそんな顔して飲んでたら気になるだろ」


思わず吹き出した。


「褒めても何も出ませんよ?」


「別に褒めてない」


「ひどい」


「でも放っとけねぇんだよ」


優しい人だなと思った。


口には出さなかったけど。


◇◇◇


時計を見る。


気付けば二十二時が近かった。


「そろそろ騒がしくなりそうなんで帰ります」


「おう」


理解したのか健二さんも笑った。


「また来てもいいですか?」


「ああ」


即答だった。


「いつでも歓迎だ」


その言葉が少し嬉しかった。


会計を済ませる。


暖簾をくぐる。


夜風が心地よかった。


◇◇◇


少し歩いたところで。


遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「おなか減ったよ〜!」


「だから今から健で食うんだろ」


「手つないでたら余計おなか減った〜!」


「意味わからん」


思わず笑ってしまう。


街灯の向こう。


手を繋いで歩く二人の姿が見えた。


本当に幸せそうだった。


あんなふうに誰かを好きになれるのも素敵だと思う。


でも。


急ぐ必要なんてない。


私には私のペースがある。


ゆっくり歩けばいい。


またあの店に行こう。


美味しい料理を食べに。


ぶっきらぼうだが優しい店主に会いに。


少しだけ前向きな気持ちをもらいに。


そんなことを思いながら。


りなは夜道を歩き出した。


――Fin.

こんばんは。

ヘロイズムです。

完結後のエピソードを思いついたので投稿しました。

あと2話くらい書きたいなと思ってますのでよろしければもう少しだけお付き合いください!

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