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泣き虫と誤解

あの日から三日ほど。


不思議な状態が続いていた。


沙月ちゃんからの連絡が来ない。


いや、正確には来ていた。


ただ俺が返信しても既読がつかない。


送ったLINEはそのまま。


電話も折り返しがない。


最初は体調でも壊れたのかと思った。


それくらい普段のあいつからは考えられなかった。


――――――――――


そして今日。


久しぶりにオリオンへ来ると。


「あ、裕也さんいらっしゃいませ」


沙月ちゃんがいた。


いたのだが。


何かがおかしい。


声は明るい。


笑顔も作っている。


だが。


どこか他人行儀だった。


「沙月ちゃん」


「はい?」


「どうかした?」


「別にー?」


笑顔。


でも目が笑っていない。


嫌な予感がした。


「お席こちらです」


そう言うとすぐに卓へ案内される。


いつもならもう少し話すのに。


麻雀が始まった。


だが集中できない。


遠くで沙月ちゃんが働いている。


忙しいのもあるだろう。


それでも。


今日は明らかに距離を取られていた。


いつもなら意味もなく近くをうろうろしている。


ドリンクを運んできたり。


結果を聞いてきたり。


暇さえあれば話しかけてくる。


それが今日はない。


ほぼゼロだ。


LINEを送る。


『どうした?』


既読はつかない。


『何かあった?』


つかない。


何なんだ本当に。


――――――――――


二十一時過ぎ。


麻雀を終えた。


いつもなら。


『健集合!❤️』


だとか。


『今日は絶対来てね❤️』


だとか。


鬼から召集がかかる時間だ。


だが今日はない。


仕方なく一人で健へ向かった。


暖簾をくぐる。


「おう」


健二だった。


「今日は一人か」


「みたいだな」


カウンターへ座る。


しばらく待ってみる。


来ない。


十分。


二十分。


三十分。


来ない。


「珍しいな」


健二が言う。


「だな」


「喧嘩か?」


「心当たりがない」


「それが一番危ないやつだな」


余計なお世話である。


――――――――――


店を出る。


夜風が冷たい。


スマホを見る。


未読。


まだ未読。


さすがに限界だった。


電話をかける。


呼び出し音。


出ない。


切れる。


ため息をつく。


もう一度かける。


出ない。


三度目。


出ない。


そして四度目。


ようやく繋がった。


「もしもし」


返事がない。


代わりに。


小さなすすり泣きが聞こえた。


心臓が嫌な音を立てる。


「沙月ちゃん?」


「……」


「どうした?」


「……ごめんなさい」


泣いている。


明らかに。


「無視して……ごめんなさい……」


「それはいい」


「何があった?」


しばらく沈黙。


そして。


「今……顔見たら泣きそう……」


弱々しい声だった。


「今どこにいる?」


「駅前の……公園……」


「わかった」


即答だった。


「そこ動くな」


――――――――――


全力で公園へ向かった。


駅前のベンチ。


街灯の下。


小さく丸くなった女の子がいた。


沙月ちゃんだった。


目は真っ赤。


泣き腫らしている。


俺を見るとさらに涙が溢れた。


「ゆーやさん……」


「何があった」


隣に腰を下ろす。


できるだけ優しく聞いた。


すると。


沙月ちゃんはぽつりぽつりと話し始めた。


りなちゃんと歩いていたこと。


二人で健へ入っていったこと。


楽しそうだったこと。


自分だけが好きなんじゃないかと思ったこと。


全部。


全部吐き出した。


――――――――――


話を聞き終えた俺は。


思わず額を押さえた。


「沙月ちゃん」


「うぅ……」


「まず言っとくけど」


「……うん」


「俺、りなちゃんの連絡先知らないぞ」


「え?」


固まった。


「え?」


「だから知らない」


「ほんとに?」


「ほんとに」


さらに固まる。


「じゃあ……」


「街で偶然会った」


「うん」


「弟さんの誕生日プレゼント選ぶの付き合った」


「うん」


「そのお礼で健に行った」


「……」


「それだけだ」


沈黙。


数秒後。


「でも楽しそうだった……」


「普通に話してたからな」


「うぅ……」


「ていうか」


俺は思い出した。


「俺たちが健に入るところ見たのか?」


「……見た」


「そこだけ見て帰ったのか?」


「……帰った」


「最後まで見ろよ」


思わず笑ってしまった。


――――――――――


沙月ちゃんは完全に小さくなった。


「じゃあ……」


「ん?」


「今までの全部……」


「誤解だな」


即答だった。


「うぅぅぅ……」


また泣き始めた。


忙しいやつである。


「当たり前だろ」


ため息をつく。


「そもそも毎日朝から晩まで連絡してくるの、お前くらいだぞ」


「……」


「慣れてたから気付かなかったけど」


苦笑する。


「ここ数日急になくなったら普通に気になった」


沙月ちゃんの目が大きくなる。


「気になった?」


「そりゃなるだろ」


「オリオンでも様子おかしかったし」


「LINEは既読つかないし」


「健にも来ないし」


「電話も出ないし」


「何か怒らせたのかと思った」


――――――――――


ぽろぽろと涙が落ちる。


今度は少し嬉しそうだった。


「うぅ……」


「だからなんでまた泣くんだ」


「だってぇ……」


しばらくして。


ようやく落ち着いたと思ったら。


今度は口元がニヤニヤし始めた。


嫌な予感しかしない。


「なんだその顔」


「へへ❤️」


「なんだよ」


「さっちゃんがいないと寂しかったんだぁ❤️」


「言ってない」


「言った❤️」


「言ってない」


「言った❤️」


「都合よく変換するな」


――――――――――


沙月ちゃんは楽しそうに笑う。


数分前まで泣いていた人間とは思えない。


「……ごめんなさい」


ふと。


小さな声で言った。


「ん?」


「ちゃんと聞けばよかった」


「そうだな」


「今度から嫉妬したら聞く」


「嫉妬前提なのか」


「うん❤️」


即答だった。


反省しているのか怪しい。


――――――――――


「じゃあこれからもっといっぱい連絡するね❤️」


「今以上に増えるのかよ」


「増える❤️」


「勘弁してくれ」


「無理です❤️」


そして。


ふと沙月ちゃんが首を傾げた。


「でもさ」


「ん?」


「そんなに気になったなら電話してくれたらよかったのに」


俺は少し考えてから答えた。


「いや」


「?」


「バイト中の沙月ちゃんが急によそよそしくなるのは結構心にくるな」


固まった。


「え?」


「冷たい態度取られると地味に効く」


「……」


「無視されるのもな」


「……」


「結構きつかった」


数秒沈黙。


そして。


沙月ちゃんの口角がぐんぐん上がっていく。


「へぇ〜❤️」


嫌な顔だ。


完全に調子に乗っている。


「へぇ〜❤️」


「その顔やめろ」


「ゆーやさん意外と重いね❤️」


「違う」


「さっちゃんいないとダメなんだ❤️」


「違う」


「もっと優しくしてあげないと❤️」


「人の話聞け」


――――――――――


公園に笑い声が響く。


ようやく。


いつもの沙月ちゃんだった。


街灯の下で笑うその顔を見ながら思う。


やっぱり。


沙月ちゃんには笑顔が似合う。


数日前まで。


誰か一人の機嫌をこんなに気にすることなんてなかった。


なのに。


今は違う。


笑っていてほしいと思う。


元気でいてほしいと思う。


それがなぜなのか。


まだ答えは出ていない。


けれど。


少なくとも。


今こうして笑っている姿を見て安心している自分がいる。


そのことだけは確かだった。


夜風が吹く。


隣では沙月ちゃんが楽しそうに笑っている。


その笑い声を聞きながら。


俺も小さく笑うのだった。


――第30話 終わり。

こんにちは、ヘロイズムです。

読んでいただきありがとうございます!

もし少しでも楽しんでいただけたならブックマーク、評価いただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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