晴れた朝
「おはよ~!」
我が家では聞いたことがないような明るい声で目が覚めた。
ゆっくり目を開ける。
窓の外は快晴だった。
昨日の豪雨が嘘みたいだ。
そして。
外の天気と同じくらい、お姫様の機嫌も晴れやかなようだった。
「おはよう……」
まだ少し眠い。
身体を起こしながら言う。
「その感じだとちゃんと寝られたみたいだな」
「うん!」
満面の笑み。
「もうばっちり!」
そして。
とんでもないことを言った。
「ゆーやさんの手、レンタルしたいくらい!」
「朝から意味が分からないな……」
思わず苦笑する。
昨日の雷に怯えていた姿はどこへ行ったのだろう。
ふと沙月ちゃんを見る。
既に化粧も済んでいた。
髪も綺麗に整っている。
昨日のぶかぶかTシャツ姿とは別人だ。
「ずいぶん早起きだったんだな」
「朝ごはん作ろうと思って!」
沙月ちゃんが胸を張る。
「あと!」
「あと?」
「ゆーやさんの寝顔も見れたし!」
「……」
「めっちゃお得な朝だったよ!」
「リアクションに困るな」
本当に困る。
本人は全く悪気がないのだから。
⸻
立ち上がろうとして。
ふと昨夜のことを思い出した。
雷。
震える沙月ちゃん。
小さな手。
安心したような寝顔。
そして。
寝室のベッドを見る。
枕が二つ。
片方には小さなくぼみが残っていた。
何とも言えない不思議な感覚だった。
「あ、そうだ」
沙月ちゃんが少しだけ表情を柔らかくする。
「昨日ありがとね」
「ん?」
「手」
一瞬考えて。
昨夜のことだと気付く。
「ああ」
「めっちゃ安心した」
そう言って笑った。
その笑顔は妙に素直で。
少しだけ照れくさくなった。
「それならよかったよ」
⸻
テーブルの上には朝食が並んでいた。
トースト。
サラダ。
目玉焼き。
シンプルだが十分だ。
「いただきます」
「召し上がれ♪」
得意げである。
一口食べる。
普通に美味しかった。
「うん」
「どう?」
「普通にうまいな」
沙月ちゃんの顔がぱっと明るくなる。
「でしょ!」
嬉しそうだ。
「料理なんかできたんだな」
「失礼だな~」
頬を膨らませる。
「健二さんほどじゃないけど、ある程度はできるもん」
「へぇ」
「今度焼きそば作ってあげる!」
「俺でも作れるわ」
「え?」
「そこは肉じゃがじゃないのかよ」
沙月ちゃんが吹き出した。
「確かに!」
「だろ?」
「じゃあ練習しとく!」
朝から賑やかだった。
⸻
食事を終える頃には。
いつもの沙月ちゃんに戻っていた。
「今日は昼からバイトだから一回家帰るね」
「送るよ」
「ありがと!」
そして。
少しだけ寂しそうに笑う。
「今日休みだったらよかったのになぁ」
「バイト休むなよ」
「休まないもん」
「なら頑張れ」
「うん」
少しだけ間が空く。
「なんか帰るのもったいないな」
ぽつり。
本当に小さな声だった。
俺は苦笑する。
「また会えるだろ」
その言葉に。
沙月ちゃんは少し目を丸くした。
そして。
小さく呟く。
「そういうとこ好き」
「ん?」
「だからなんでもなーい!」
顔を真っ赤にしながら視線を逸らした。
聞こえなかったことにする。
聞こえていたけれど。
⸻
出かける準備を終え。
玄関へ向かう。
靴を履く。
鞄を持つ。
これで終わり。
そう思ったのだが。
沙月ちゃんがなぜかモジモジしていた。
「どうした?」
「え?」
「忘れ物か?」
「違う」
「トイレか?」
「違う!」
なぜか怒られた。
そして。
視線を泳がせながら言う。
「その……」
珍しく歯切れが悪い。
「また今度」
「うん」
「その……」
少しだけ上目遣いになる。
「遊びに来てもいい……?」
その顔は反則だろう。
俺は思わず笑ってしまった。
「いいぞ」
「ほんと!?」
「その代わり」
「うん!」
「次はベッド俺が使うからな」
一瞬きょとんとして。
次の瞬間。
沙月ちゃんの顔が台風一過の青空みたいに明るくなった。
「やったー!」
両手を上げて喜んでいる。
「ベッドは途中でもぐりこむから大丈夫!」
「何が大丈夫なんだ」
「大丈夫なの!」
意味が分からない。
本当に分からない。
⸻
玄関のドアが閉まる。
部屋に静寂が戻る。
昨日までは当たり前だった静けさ。
でも。
今日は少しだけ違った。
予想外の一夜だった。
大雨も。
電車の運休も。
お泊まりも。
全部想定外だった。
だけど。
不思議と嫌じゃなかった。
むしろ。
また来たいと言われた時。
少し嬉しかった自分がいた。
昨日まではただ静かな部屋だった。
なのに今は。
少しだけ物足りなく感じている自分がいる。
その理由は考えないことにして。
俺は小さく笑った。
――きっと今夜も騒がしくなる。
そんな予感がしていた。
⸻
――第二十四話 終わり。
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