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悠也断ち

「今日から断悠也さんをします!」


居酒屋『健』に元気な声が響く。


開口一番、彩月ちゃんがそんな宣言をした。


また何かわけの分からないことを言い始めたな。


俺はジョッキを置いた。


「急にどうした?」


彩月ちゃんは真剣な顔で言った。


「太った!」


「そうか」


「そうかじゃないの!」


「それで?」


「毎週悠也さんと健に来るじゃん?」


「来るな」


「ご飯が美味しくていっぱい食べちゃうの!」


健二が吹き出した。


「店としては嬉しい話だな」


「笑い事じゃないの!」


彩月ちゃんは自分のほっぺをつまんでみせる。


「再来週、大学で体重測定あるんだよ!」


「へぇ」


「だからそれまで悠也さんに会うの我慢する!」


俺は首を傾げた。


「健を控えるだけじゃ駄目なのか?」


「駄目!」


「なんで」


「会ったら健に来ちゃうから!」


なるほど。


理屈は分からないが本人の中では筋が通っているらしい。


「まぁ頑張れよ」


「うん!」


元気よく頷く彩月ちゃん。


そして。


「痩せてもっと可愛くなるから!」


「今でも十分じゃないか?」


何気なく言うと。


彩月ちゃんが固まった。


「……」


「?」


「そういうのサラッと言うのずるい」


「何がだ」


「もう!」


よく分からないが怒られた。



それから二週間。


本当に彩月ちゃんはオリオンにも健にも現れなかった。


だが。


連絡は来る。


毎日。


本当に毎日。


朝。


【おはよー!】


昼。


【今日のご飯!】


夜。


【褒めて!お菓子我慢した!】


そして。


【自撮り送るね❤️】


【ボイスメッセージ聞いて!】


【返事まだー?】


【生きてるー?】


会わないとは。


一体何だったのだろう。



「ほんとにさっちゃん来ないんだな」


平日の健。


カウンターには俺と健二だけだった。


「そうみたいだな」


俺は苦笑した。


「毎日LINEは来るけどな」


「それ断ててるのか?」


「断ててないな」


健二が笑う。


「自撮り送ってとか」


「うん」


「ボイスメッセージ聞いてとか」


「うん」


「返事まだーとか」


「断ててないな」


「全くだ」


会ってはいない。


でも。


不思議と存在は近かった。


むしろ。


いつもより近い気さえする。


「それはまぁ気に入られてるとして」


健二がビールを飲む。


「実際どうなんだ?」


「何が?」


「さっちゃんのことだよ」


少しだけ沈黙。


俺はグラスを回した。


「……いい子だとは思うよ」


「うん」


「一緒にいて楽だし」


「うん」


「楽しいし」


健二は何も言わず待っている。


だから続けた。


「正直」


「うん」


「会わないと静かだなとも思った」


「ほう」


「毎日LINE来るのも当たり前になってたみたいだ」


言ってから少し驚く。


いつの間にそんな存在になっていたんだろう。


健二はニヤニヤしている。


「十分じゃないか」


「そうか?」


「そうだろ」


そして。


少し真面目な顔になった。


「でもな」


「うん」


「もう三十過ぎてる俺があんな若い子と一緒にいていいのかなとも思う」


健二は黙って聞いていた。


「大学生だし」


「うん」


「これから就職もあるだろうし」


「うん」


「将来だってある」


健二は小さくため息をついた。


「年齢なんて気にするほどの差でもないと思うけどな」


「そうか?」


「そうだ」


そして。


幼馴染だからこそ言える言葉を投げた。


「それ」


「うん」


「言い訳して逃げてるだけじゃないのか?」


「……」


言葉が出なかった。


否定できない。


少しだけ。


図星だったから。



その時だった。


店の扉が開く。


「こんばんは〜♪」


聞き慣れた声。


俺は思わず振り返る。


そこには。


満面の笑顔の彩月ちゃんがいた。


「何でこんな時間に!?」


思わず声が出る。


「えへへ」


彩月ちゃんは得意そうに笑った。


「閉店間際に来たらご飯食べなくていいし」


「うん」


「悠也さんにも会えるから!」


その笑顔を見た瞬間。


思わず口元が緩んだ。


二週間。


たった二週間。


毎日LINEはしていた。


声も聞いていた。


写真も送られてきていた。


それなのに。


実際に顔を見ると。


全然違った。


元気な声も。


ころころ変わる表情も。


隣にいる空気も。


全部だ。


なるほど。


静かだったわけだ。


「何笑ってるの?」


「別に」


「怪しい」


「気のせいだ」


彩月ちゃんは疑いの目を向けてきた。


でも。


その表情すら少し懐かしかった。


「ほら」


俺は立ち上がる。


「もう閉店だから帰るぞ」


「わーい!」


彩月ちゃんが嬉しそうに立ち上がる。


そして。


「コンビニでスイーツ食べながら帰ろうね❤️」


「ダイエットじゃないのかよ!」


「今日で解禁だからセーフ!」


「体重測定どうした」


数秒。


沈黙。


そして。


「……聞かないで!」


「駄目だったのか」


「うるさい!」


二人の声が夜の街へ消えていく。



静かになった店内。


健二は一人で片付けをしながら苦笑した。


「あいつら本当に騒がしいな」


でも。


どこか嬉しそうだった。


「お似合いだと思うけどねぇ」


誰もいない店に。


そんな呟きだけが残った。


――第二十話 終わり。

こんにちは、ヘロイズムです。

読んでいただきありがとうございます!

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