優先順位
「あ、悠也さんいらっしゃいませ〜!」
店内に元気な声が響く。
入口から見ただけで誰かわかる。
沙月だった。
「こんにちは」
「こんにちはじゃないよ〜!」
なぜか怒られた。
「?」
「三日ぶり!」
「三日ぶりだな」
「もっとこう、店で沙月ちゃんの顔見て嬉しいな〜とかないの?」
「ないな」
「あるでしょ!」
この時間から元気だなぁと思いながら笑う。
すると沙月は満足そうに頷いた。
「よし!」
何がよしなのかは分からない。
「ドリンクはアイスコーヒー、ミルクだけだね。持ってくる!」
「ありがとう」
「今日も勝ちに来たの?」
ニヤニヤしている。
「いや、麻雀楽しみに来ただけだから」
「またまた〜」
沙月は疑いの目を向けてくる。
その時。
後ろから佐藤店長が現れた。
「なんか仲良くないですか〜?」
「普通じゃない?」
「そうですか?」
「そうだよ」
すると沙月が悪戯っぽく笑った。
「強い強い悠也さんを誘惑しようと思って!」
「何を言ってるんだ」
「店長、聞いた?」
「聞きました」
「怖い店員だなぁ」
三人で笑う。
佐藤店長は腕を組みながら頷いた。
「でも悠也さん、沙月ちゃんいる日は本当に強いですからね」
「まだ言ってるのか」
「事実です」
「データ取ったの?」
「体感です」
全然信用できない。
そんな話をしながら卓へ向かった。
その日の麻雀は。
勝ったり負けたり。
珍しく大きな見せ場もない。
気付けば二十一時半。
そろそろ終わるかと思ったところで。
佐藤店長が近付いてきた。
「悠也さん……」
嫌な予感。
「なんです?」
「すみません」
店長は手を合わせた。
「今日もなんとか残ってもらえませんか……?」
泣きのお願いだった。
店内を見る。
客がまばらだ。
卓の繋ぎも悪そうだ。
確かに厳しいか。
そして。
ふとカウンターを見る。
上がり準備中の沙月と目が合った。
『帰るよね?』
そんな視線。
俺は苦笑した。
「まあ、たまにはいいか」
「助かります!」
店長が深々と頭を下げた。
そのままスマホを取り出す。
【今日はちょっと遅れる】
数秒後。
返信。
【あたしより店長を取るんだ\٩(๑`^´๑)۶//】
もう来た。
【店長が泣いてた】
【いいもん\٩(๑`^´๑)۶//】
【じゃあ一人で健行ってる\٩(๑`^´๑)۶//】
【悠也さんの席も取っとくけど\٩(๑`^´๑)۶//】
思わず笑った。
怒っているのか。
待っているのか。
どっちなんだ。
◇◇◇
――居酒屋『健』
「健二さん聞いてよ!」
カウンター席。
沙月がふくれていた。
「別に約束してたわけじゃないけど!」
「うん」
「店長優先したんだよ!」
「うん」
「ひどくない!?」
「そこまでではないな」
健二は淡々としていた。
平日の夜。
客は他にいない。
話し相手は健二だけだった。
「毎回沙月ちゃんが終わる時間に帰ってたら怪しまれるだろ」
「それはそうだけど……」
「たまには仕方ない」
沙月はレモンサワーを睨む。
そして。
ぽつりと言った。
「三日会えてなかったんだよ……」
健二が吹き出した。
「ベタ惚れじゃないか」
「違うもん」
「違わないだろ」
「違わないけど!」
どっちだ。
健二は笑いながら聞いた。
「アイツのどこがそんなにいいんだ?」
「え?」
「俺が言うのもなんだけど、人付き合いがいい方じゃないぞ」
沙月は少し考える。
そして。
珍しく真面目な顔になった。
「なんだろうね」
「うん」
「顔がかっこいいとかじゃないんだよね」
「ほう」
「もちろんかっこいいけど」
それは否定しないらしい。
「でもさ」
沙月はグラスを回しながら続けた。
「最初に助けてもらった時も」
「うん」
「誕生日の時も」
「うん」
「いつもご飯食べてる時も」
少し笑う。
「悠也さんって、あたしを特別扱いしないんだよね」
健二は黙って聞いていた。
「子供だからって馬鹿にしないし」
「うん」
「女の子だからって変に気も遣わないし」
「うん」
「でも困ってたら絶対助けてくれるの」
沙月は少し照れたように笑った。
「一緒にいると安心するんだ」
健二は頷く。
「なるほどな」
そして。
少しだけ笑った。
「じゃあもう答え出てるじゃないか」
「え?」
「女ってのはな」
グラスを拭きながら言う。
「安心できる男を好きになるんだよ」
沙月が固まる。
「……」
「図星か?」
「うるさい!」
顔が真っ赤だった。
その時。
暖簾が開いた。
「お疲れ」
聞き慣れた声。
沙月が飛び上がる。
「ひゃっ!?」
「何その反応」
悠也だった。
「な、なんでもない!」
「絶対なんか言ってたな」
「言ってない!」
明らかに怪しい。
「何の話?」
「内緒〜!」
「怪しいな」
「悠也さんの悪口を健二さんと言い合ってた!」
「そうか」
「信じるの!?」
「どうせろくなこと言ってないだろ」
「失礼だな〜」
沙月はケラケラ笑った。
いつの間にか。
さっきまでの不機嫌は消えていた。
「でももう店閉めるから帰るぞ」
「はーい!」
勢いよく立ち上がる。
そして。
「一緒に帰ろーね❤️」
「はいはい」
「最後トップ取れた?」
「ギリギリな」
「さすが〜!」
二人の声が夜の街へ消えていく。
◇◇◇
健二は暖簾を片付けながら小さく笑った。
昔から知っている。
悠也という男を。
人付き合いは嫌いじゃない。
でも。
積極的でもない。
必要以上に人と関わらない男だった。
そんな幼馴染が。
今は当たり前のように誰かを待ち。
当たり前のように誰かを送っている。
「いい子に会えたな、悠也」
健二は小さく笑う。
あいつはまだ。
気付いていない。
自分がどれだけあの子を優先しているのか。
誰もいない店内に。
そんな独り言だけが静かに消えていった。
――第十九話 終わり。
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