空からの誕生日
九月三日。
沙月の誕生日。
二十一歳になる日だった。
朝八時。
待ち合わせ場所に車を停めて待っていると、遠くから聞き慣れた声が飛んできた。
「やっほー!おはよー!」
今日もよく通る声だ。
振り返る。
Tシャツ。
薄手のパーカー。
細身のパンツ。
動きやすそうな格好。
いつもより少し大人っぽい。
でも。
笑顔はいつも通りだった。
「おはよう」
「おはよー!」
助手席に乗り込んだ沙月は、シートベルトを締める前から喋り始める。
本当に元気だな。
「沙月ちゃん」
「ん?」
「誕生日おめでとう」
一瞬。
沙月が固まった。
「……っ!」
耳まで赤くなる。
「急に言うのやめてよ!」
「なんで」
「びっくりするじゃん!」
そう言いながらも、顔は嬉しそうだった。
「でも嬉しい」
照れ笑いを浮かべる。
「ありがとう」
その笑顔を見ていると、今日誘って良かったと思う。
車は郊外へ向かう。
道中はいつも通りだった。
大学の話。
友達の話。
オリオンの話。
話題は尽きない。
そして目的の桃狩り。
沙月は予想以上に楽しんでいた。
「見て見て!」
大きな桃を抱えて走ってくる。
「でかいな」
「これ絶対当たり!」
結果。
大当たりだった。
甘い。
果汁たっぷり。
「おいしい~!」
満面の笑み。
そして。
「桃ってお尻みたいだよね」
「何言ってるんだ」
「ほら形が」
「二十一歳の誕生日の感想それでいいのか」
沙月はケラケラ笑っていた。
昼は近くのハンバーガーショップへ。
顎が外れそうな巨大バーガーを前に、沙月は目を輝かせた。
「すご!」
「食べられるかな~」
十分後。
完食。
「食べられた!」
「知ってた」
「失礼だなぁ」
その後はカフェへ。
当然のように桃パフェを注文する。
「さっき桃食べただろ」
「デザートは別腹!」
よく聞く言葉だ。
信じてはいない。
その細い身体のどこに入るんだろう。
そんなことを考えていると、スプーンが目の前に差し出された。
「ほしい?」
「いや別に」
「遠慮しないでいいよ?」
ニヤニヤしている。
嫌な予感しかしない。
「あーんしてあげようか?」
「子供じゃないんだから」
「つまんない」
そう言いながらも、結局一口もらった。
甘い。
美味しい。
そして。
「間接キスだね」
「……」
「えへへ」
完全に楽しんでいる。
何か負けた気がした。
ショッピングモールをぶらぶら歩いているうちに、気付けば夕方になっていた。
そろそろ頃合いだった。
「沙月ちゃん」
「ん?」
「ちょっと俺が行きたいところあるんだけど」
「いいよー!」
即答だった。
「どこでも行く!」
本当に警戒心がない。
「どこ行くの?」
「秘密」
「気になる!」
「秘密」
「教えて!」
「秘密」
「むぅ……」
不満そうにしながらも、どこか楽しそうだった。
車はさらに郊外へ向かう。
空がオレンジ色に染まり始める。
「どこ行くの?」
「もう少し」
「どこ?」
「着く」
「だからどこ!」
落ち着きがなかった。
そして。
目的地に到着する。
沙月が窓の外を見る。
「え……?」
目を丸くした。
「ここって……」
視線の先にはヘリポート。
遊覧ヘリの発着場だった。
「空から夜景見たいなって思って」
悠也は少し頭をかく。
「今更だけどヘリ大丈夫か?」
数秒。
沈黙。
そして。
「なにこれ!!」
爆発した。
「すごい!!」
「えっ!?」
「ヘリコプター乗れるの!?」
「乗れる」
「ほんとに!?」
「そのために来た」
「うそ!」
本当に飛び跳ねた。
「テレビでしか見たことない!!」
目がキラキラしている。
いや。
キラキラどころじゃない。
星が入っている。
「すごいすごいすごい!」
完全に子供だった。
「誕生日だからな」
そう言うと、沙月が振り返った。
その顔が少しだけ違って見えた。
いつもの無邪気な笑顔じゃない。
驚いていて。
嬉しくて。
言葉にできないものを抱えているような顔だった。
「悠也さん」
「ん?」
「ありがとう」
小さな声だった。
ふざけてもいない。
からかってもいない。
真っ直ぐな言葉だった。
その一言に、悠也は少しだけ胸が熱くなった。
ヘリに乗り込む。
プロペラが回る。
轟音。
そして機体がゆっくり浮き上がった。
「うわぁぁぁぁ!!」
沙月の声が響く。
街が小さくなる。
道路が線になる。
海が光る。
夕焼けが広がる。
やがて日が沈み、街に灯りがともり始めた。
「綺麗……」
さっきまで騒いでいた沙月が静かになる。
窓に顔を近づける。
両手で口元を押さえる。
瞳に夜景が映っていた。
その横顔を見た瞬間。
悠也は思わず目を奪われた。
煌めく街。
無数の灯り。
空から見下ろす景色は確かに綺麗だった。
けれど。
今だけは違った。
夜景よりも。
その灯りを映した沙月の瞳の方が綺麗だった。
「すごい……」
「うん」
「夢みたい……」
声が少し震えている。
本当に感動しているんだろう。
しばらく夜景を眺めたあと、沙月がこちらを向いた。
「ねえ」
「ん?」
「今年の誕生日」
少しだけ笑う。
そして。
「たぶん一生忘れない」
そう言った。
いつものような冗談混じりの笑顔じゃなかった。
二十一歳の女の子の、素直な笑顔だった。
その言葉に。
悠也は少し照れながら窓の外へ視線を向けた。
どうやら。
今日のサプライズは成功だったらしい。
夜景の向こうで、街の灯りが静かに輝いていた。
――第十七話 終わり。
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