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桃狩りの約束

居酒屋『健』。


午後十時過ぎ。


今日もカウンター席には聞き慣れた声が響いていた。


「だからさー!」


沙月だ。


「そのお客さんがね!」


元気いっぱい。


楽しそう。


話が止まらない。


大学の話。


友達の話。


バイトの話。


オリオンの話。


話題が次から次へと飛んでいく。


そして。


「もう意味分かんないんだよね!」


愚痴を言っているはずなのに。


なぜか笑顔だった。


たぶん。


話していること自体が楽しいのだろう。


悠也はそんな沙月を見ながらビールを飲む。


「それでね!」


「うん」


「それでね!」


「うん」


「聞いてる?」


「聞いてる」


「怪しい」


即答だった。


沙月がじーっと見てくる。


「なんか今日上の空じゃない?」


「そんなことないぞ」


「ある」


「ない」


「ある!」


断言された。


「今日はなんか違う!」


「そうか?」


「うん!」


沙月は腕を組む。


「なんか他のこと考えてる感じ!」


「考えてないよ」


「考えてる!」


名探偵だった。


そして。


「他の女の子のこと!?」


「なんでそうなる」


「当たった?」


「……違う」


「今間があった!」


「気のせいだ」


「怪しい!」


完全に食いついてきた。


だが。


悠也はそこで諦めた。


サプライズは無理だ。


このまま隠しても、たぶんバレる。


「沙月ちゃん」


「ん?」


「九月三日空いてる?」


沙月が瞬きをした。


「また話そらそうとしてる!」


ぷくっと頬を膨らませる。


だが。


数秒後。


「え?」


固まった。


「九月三日って……」


「誕生日なんだろ?」


沙月の目が大きくなる。


「せっかくだしお祝いしようと思ってさ」


数秒。


沈黙。


そして。


「ほんとに!?」


店中に響きそうな声だった。


「声大きい」


「だって!」


沙月は本気で驚いていた。


「嬉しすぎるんだけど!!」


満面の笑顔。


その顔を見て。


誘って良かったと思う。


「なんで誕生日知ってるの?」


「店でたまたま聞こえた」


嘘ではない。


ただ。


詳しくは言わない。


なぜか。


言わない方がいい気がした。


生存本能である。


「へぇ~」


沙月は特に疑わなかった。


助かった。


「それで?」


悠也が聞く。


「どこ行きたい?」


「え?」


「誕生日なんだから好きなとこ選べ」


すると。


沙月は少し考える。


五秒。


十秒。


そして。


「桃!」


「桃?」


「桃狩り行きたい!」


予想外だった。


「桃狩り?」


「うん!」


「誕生日なのに?」


「うん!」


即答。


「もっとなんかあるだろ」


「ない!」


「本当に?」


「本当に!」


そして。


「前から行ってみたかったんだよね」


沙月は笑う。


「桃大好きだし」


「なるほど」


「あと季節っぽいじゃん!」


確かにそうかもしれない。


そして。


沙月は当たり前のように言った。


「悠也さんと一緒ならどこでも楽しいし」


「……」


不意打ちだった。


本人は全く意識していない。


たぶん。


本当に思ったことをそのまま言っただけ。


だから余計にタチが悪い。


「そうか」


なんとか返事をする。


「うん!」


沙月は嬉しそうだった。


「じゃあ当日は桃狩りだな」


「やったー!」


両手を上げる。


二十歳になる人間とは思えない。


「めっちゃ楽しみ!」


「まだ先だぞ」


「何着て行こうかな~♪」


もうその話だった。


「新しい服買おうかな~」


「早いな」


「髪も巻こうかな~」


「気合い入ってるな」


「だって誕生日だもん!」


沙月は終始ご機嫌だった。


その姿を見ながら。


悠也は少し考える。


桃狩り。


もちろん行く。


でも。


それだけでは。


いつものデートと変わらない気がした。


二十歳の誕生日。


人生で一度しかない。


せっかくだ。


何か。


あの子が喜ぶことをしてやりたい。


プレゼントか。


食事か。


それとも別の何かか。


まだ答えは出ない。


ただ。


ひとつだけ分かることがあった。


誰よりも。


あの子に笑っていてほしい。


なぜそんなことを思うのか。


その理由はまだ考えないことにした。


「悠也さん!」


「ん?」


「桃何個食べられるかな!」


「知らん」


「十個!」


「無理だろ」


「八個!」


「減ったな」


「七個!」


「弱気になってる」


沙月が笑う。


悠也も笑う。


誕生日まで。


あと二週間。


その日が。


少しだけ楽しみになっている自分に気付きながら。


悠也は静かにビールを飲んだ。


――第十五話 終わり。

こんにちは、ヘロイズムです。

読んでいただきありがとうございます!

もし少しでも楽しんでいただけたならブックマーク、評価いただけると嬉しいです。

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