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最適化された不幸 ―5歳で人生が決まる世界で、18歳の俺だけ未診断だった―  作者: uchiprpr


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9/14

第九話『寄り道』

季節は、

 いつの間にか初夏へ変わっていた。

 窓を開けていると、

 少し湿った風が教室へ入り込む。

 水族館へ行った日から、

 真理亜とは以前ほど話さなくなっていた。

 会えば会話はする。

 でも、

 どこかぎこちなかった。

 会話として成立しているのかさえ、

 怪しい。

 プログラムのバグ処理をしているみたいな返事だった。

 優李自身、

 何が変わったのかはよく分からない。

 ただ。

 以前より、

 真理亜のことを考える時間が増えていた。

 授業中。

 黒板を見ながら、

 ふと校長室の光景が頭をよぎる。

『国家研究育成プログラム』

『君には適性がある』

『ミコトは間違えない』

 優李は、

 湿った空気を肺に取り込んで、

 少し吐いた。

 返事は、

 まだしていない。

 担任からは、

 なぜ返事をしないのかと、

 顔を合わせるたびに目で訴えかけられる。

 そのたびに目を逸らすのは、

 もはや毎日の日課だった。

 窓際の席で、

 真理亜が外を見ている。

 湿った風が教室へ入るたびに、

 長い黒髪が静かに揺れた。

 出会った頃なら、

 それだけだった。

 でも今は、

 その横顔が妙に気になってしまう。

 一つ一つの仕草を、

 以前の真理亜と比べて探していた。

 昼休み。

 クラスメイトたちは、

 また適性の話をしていた。

「AI進学ランキング更新されたらしいぞ」

「法務省キャリア適合A+、

 今年倍率やばいらしい」

「幸福指数、

 去年より下がってね?」

「社会適合高ければ勝ちだろ」

「去年さ、

 適合率低かったやつ転校したよな」

「再調整施設とか行ったんじゃね?」

「まあ、

 社会適合低いと大変らしいし」

 悪気のない声だった。

 少し前までなら、

 自分には関係のない世界の話だった。

 測定されていなかっただけで、

 本当は最初から、

 自分もそちら側の人間だったのかもしれない。

 優李は、

 ぼんやり牛乳パックを飲み干す。

 真理亜は、

 少し離れた席でスマホを見ていた。

 一瞬だけ、

 目が合う。

 でも、

 真理亜はすぐに視線を逸らした。

 見つめていたのがばれて、

 少しだけ気恥ずかしかった。

 放課後。

 空には分厚い雲がかかっているが、

 晴れ間も時々覗いていた。

 雨は降っていない。

 でも、

 空気だけが湿っている。

 帰る準備をしていると、

 スマホが震えた。

【真理亜】

 メッセージの内容に、

 優李は少しだけ驚く。

『今日、

 少しだけ寄り道しない?』

 数秒、

 画面を見つめる。

 以前なら、

 真理亜の方からそんなことを言うとは思わなかった。

『別にいいけど』

 そう返してから、

 少しだけ後悔する。

 もっと違う返し方があった気がした。

 校門を出ると、

 真理亜が立っていた。

 白いブラウスにかかった黒い髪が、

 風に靡く。

「ごめんなさい」

 真理亜が、

 小さく言った。

「急に誘ってしまって」

「……別に」

 二人は、

 並んで歩き出す。

 どこへ行くかは、

 決まっていなかった。

 それが少しだけ不思議だった。

 真理亜は、

 いつも最適な順路を決める側だったから。

「高キャリア育成プログラムは?」

 優李が聞く。

「今日は休んだわ」

「いいの?」

 思わず聞き返していた。

 真理亜は、

 少しだけ黙る。

「……分からない」

 その返事は、

 今までの真理亜らしくなかった。

 二人は、

 駅前の歩道橋をゆっくり歩く。

 初夏の湿った風が、

 街の熱を運んでいた。

 途中、

 小さな公園の前を通る。

 子供たちの笑い声。

 ブランコの軋む音。

 ベンチでは、

 母親たちの笑い声が重なっている。

 五歳の適性診断の話でもしているのだろうかと、

 優李はぼんやり思った。

 その横で、

 一匹の白黒の猫が寝転がっていた。

 真理亜が、

 足を止める。

 優李は、

 少しだけ驚いた。

「……この前の猫に似てる」

 真理亜が、

 小さく呟く。

 猫は、

 二人を見るとゆっくり目を開けた。

 逃げない。

 真理亜は、

 一瞬だけ迷ってから、

 しゃがみ込む。

 そっと手を伸ばす。

 猫は、

 嫌がることもなく、

 静かに目を細めた。

「……あったかい」

 真理亜が、

 本当に小さな声で言う。

 優李は、

 その横顔を見つめていた。

 その時だけ。

 真理亜は、

 適合率とか、

 アマテラスとか、

 そういうものから少しだけ離れて見えた。

 スマホが震える。

 真理亜の表情が、

 一瞬だけ止まる。

【推奨行動パターンから逸脱しています】

【感情変動を検知しました】

 真理亜が、

 普段の表情へ戻る。

【高キャリア育成プログラム  本日の欠席を確認しました】

 画面の光が、

 曇った空気の中で白く浮かんでいた。

 真理亜は、

 しばらくその通知を見つめる。

 それから。

 ゆっくりスマホをポケットへしまった。

 優李は、

 何も言わなかった。

 空から、

 小さな雨粒が落ち始める。

 真理亜は、

 猫を撫でたまま呟く。

「……少しくらい、

 寄り道してもいいのかもしれないわね」

 優李は、

 その言葉に返事ができなかった。

 ただ、

 雨の匂いだけが静かに広がっていた。

(第九話『寄り道』 終)

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