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最適化された不幸 ―5歳で人生が決まる世界で、18歳の俺だけ未診断だった―  作者: uchiprpr


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第七話 青灯

 めまぐるしく変化した一週間が過ぎて、

 週末がやってきた。

 昨日までの雨が嘘みたいに、

 空には雲ひとつなかった。


 優李は、鏡の前で小さく息を吐く。

 デートへ行くことが決まってから、

 その場に合うような服を持っていなかったことに気付いた。


 AIに頼った。

 聞かれた質問は、

 二十項目以上あった。

 身長。

 体重。

 顔立ち。

 髪型。

 趣味。

 目的地。

 同行者との関係。

『恋愛成功率向上プランを選択しました』

 

 届いた服は、

 自分では絶対に選ばないものだった。

 白いシャツ。

 薄いグレーのジャケット。

 細身の黒いパンツ。


 でも。


 鏡の中の自分は、

 普段よりまともに見えた。

 馬子にも衣装、とはこういうことかもしれない。


「出かけるの?」


 リビングへ降りると、

 母親がコーヒーを飲みながら言った。


「……まあ」


 母親は、優李の服装を少しだけ見て。


「似合ってると思うわ」


「うん」


 優李は、それだけ返して家を出た。

 駅前には、

 自分と似た色合いの服を着た男子高校生が何人もいた。

 流行というより、

 最適化された制服みたいだった。

 その中でも、

 真理亜の姿はすぐに見つかった。

 白いワンピースの上に、

 薄いグレーのカーディガンを羽織っている。

 通り過ぎる人たちが、

 無意識に真理亜を振り返っていった。

 綺麗だと思った。


 でも同時に、

 瞳の奥に数字が浮かぶ気がした。


【真理亜 適合率90%】


 人を見る前に、

 数字を見てしまう。

 この前、

 父親と喧嘩した理由が、

 少しだけ分かる気がした。


「おはよう」


 真理亜が、小さく手を振って微笑む。


「……おはよう」


 二人は、そのまま駅のホームへ向かった。

 休日の電車は、

 思っていたより空いていた。

 窓際の席へ並んで座る。

 電車が動き出す。

 しばらく、

 静かな時間だけが流れた。


「……そういえば」


 優李が、窓の外を見たまま口を開く。


「なんで、

 俺に話しかけたの?」


 真理亜は、一瞬だけ黙った。


「最初はアマテラスの適合率が、

 90%だったから」



【真理亜 適合率90%】

「……それだけ?」


 真理亜は、

 流れていく景色を見る。


「……その時は」


 少し間が空く。


「でも、あなたは診断を受けていなかったから少しだけ、気になったの」

 優李は、小さく笑う。


「変わってるな」


「そうかしら」


 真理亜は、

 本当に分からなさそうに首を傾げた。

 水族館へ入った瞬間、

 空気が少し冷たくなった。

 青い光が、

 静かに床へ揺れている。

 大きな水槽の中を、

 イワシの群れが一つの大きな生き物みたいに動いていた。


 子供たちの声。

 ガラスを叩く音。

 水の反射。


 まるで、

 現実だけが少し遠くなったみたいだった。

 真理亜がスマホを見る。


『カップル満足度の高い順路を表示します』


「まずは、

 アシカショーから回るのが最適みたい」


「……クラゲ見たい」


 真理亜が止まる。


「順路だと、

 最後の展示だけど」


「今見たい」


 自分でも、

 どうしてそう言ったのか分からなかった。

 真理亜は、

 一度スマホの画面を見て。

 それから、

 小さく頷いた。


「……分かったわ」


 クラゲコーナーは、

 館内の奥にあった。

 薄暗い空間の中で、

 青い光だけが静かに揺れている。

 水槽の中を、

 クラゲたちがゆっくり秩序なく漂っていた。

 決まった形を持たないまま、

 ただ流れている。


 優李には、それが少しだけ羨ましく見えた。


「……綺麗ね」


 真理亜が、小さく呟く。

 その声は、

 今まで聞いたどんな言葉より、

 人間らしく聞こえた。


 優李は、目の前にいるのが、同い年の女子高生なのだと、今さらみたいに実感した。


 ガラス越しに、

 老夫婦がペンギンを見ていた。

 二人は、自然に手を繋いでいる。

「……あの人たち」


 真理亜が、静かに言う。


「アマテラスを使わずに、

 何十年も一緒にいるのね」


「昔は、それが普通だったんじゃない」


 真理亜は、

 老夫婦を見つめたまま小さく呟く。


「……不安じゃなかったのかしら」


 優李は、

 すぐには答えられなかった。

 水槽の青い光だけが、

 二人の横顔を静かに照らしていた。


 館内のレストランは、

 休日の家族連れで賑わっていた。

 優李は、メニューの端に書かれた文字へ目を向ける。

『カップル限定ドリンク

 ハート型のグラスが、

 やけに目立って見えた。


「……こういうの、頼む?」


 真理亜はメニューを見る。

 それから少しだけ目を逸らした。


「……これは、少し恥ずかしいわね」


 優李は思わず笑う。


「真理亜でもそういうのあるんだ」


「どういう意味かしら」


 二人は結局、

 別々の飲み物を頼んだ。

 まだ夕方だった。

 でも、

 二人とも自然に帰りの電車へ乗っていた。

 楽しくなかったわけじゃない。

 ただ、少しだけ疲れていた。

 窓の外で、夕暮れの街がゆっくり流れていく。

「真理亜って、将来どうするの?」


 真理亜は少し考えて。


「官僚か、医者になってくれって言われているわ」


「お父さんに?」


「ええ」


 真理亜は、

 静かに窓の外を見る。


「周りも、そういう人ばかりだから」




 少しだけ間が空いた。


「……お父様に、嫌われたくないの」


 その言葉は、

 思っていたよりずっと小さかった。

 優李は、返す言葉が見つからなかった。

 駅を出ると。


「ここで大丈夫」


「……いや、送る」


 真理亜が少しだけ目を丸くする。


「そう」


 夜の住宅街は、

 昼より静かだった。

 コンクリートの家が、

 街灯に白く浮かんで見える。

 天音家の前で、二人は立ち止まる。


「……今日は、ありがとう」


 優李が言う。

 真理亜は、少しだけ沈黙して。


「こちらこそ」


 でも、すぐには家へ入らなかった。

 風が吹く。

 昼間より少し冷たくなった空気が、

 二人の間を静かに通り過ぎていく。

 真理亜は、一度だけ家を振り返った。

 その横顔が、

 なぜか少しだけ寂しそうに見えた。


(第七話『青灯』 終)

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