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最適化された不幸 ―5歳で人生が決まる世界で、18歳の俺だけ未診断だった―  作者: uchiprpr


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第六話『春嵐』

 朝から風が強かった。

 窓を打つ雨音で、優李は目を覚ます。

 カーテンの隙間から見える空は、

 鈍い灰色をしていた。


 枕元のスマホが、小さく光る。

【真理亜適合率90%】

 優李は、ぼんやりした頭のまま画面を開いた。

『今日は雨だけど、

 自分で行く』

 送信。

 数秒後。

【真理亜適合率90%】

『分かった』

『週末の水族館、

 楽しみにしてるわ』


 優李は、その文章を少しだけ見つめる。

 それから、

 静かにスマホを閉じた。


「行ってきます」


「……行ってらっしゃい」


 母親の声だけが返ってくる。

 優李は傘を開いて、家を出た。

 校庭の桜が、

 風に煽られながら大きく揺れている。

 薄桃色の花びらが、

 雨水と一緒に道路の端へ流されていった。

 

 教室へ入る。

 湿った空気が、教室の中にこもっていた。


「おはよー

」

「ういっす」


 そんな声が飛び交う中。

 優李が席へ着こうとした時だった。


「なあ榊原」


 以前、話しかけてきた男子生徒だった。


「ミコトの進路適性、

 やっぱ研究90超えなんだろ?」

「医者も高かったって聞いたぞ」



 周囲の視線が、一瞬だけ集まった。


「……誰から聞いたんだよ」


「え?普通にみんな知ってるけど」


 悪気のない声だった。

 別の男子がスマホを見ながら笑う。

「俺、営業適性60だったわ」


「幸福率72なら、まあ悪くなくね?」


「微妙じゃね?研究職の方が幸福値高いぞ」


「でも俺、アマテラス低いから結婚無理だわ」


「終わったな」


 笑い声が広がる。

 みんな、

 数字の話をしていた。

 将来。

 恋愛。

 幸せ。

 まるで、

 人間そのものを点数に変えたみたいに。

 自分の人生が、

 知らないうちに共有されている気がした。

 間違っているとは思わなかった。

 でも。

 どこか息苦しかった。

 窓の外では、

 風に煽られた桜がまた散っていく。


 昼休み。

 担任が教室へ入ってきた。


「榊原」

 教室の空気が、

 少しだけ静かになる。


「放課後、校長室へ来い」



「……わかりました」



 後ろの方で、

「やっぱ国家研究コースじゃね?」

 そんな声が聞こえた。



 優李は、静かにスマホを開く。

【真理亜】

『今日は少し遅くなる。迎えはいらない』

 送信。

 いつもなら、

 数秒で返信が来る。

 でも。

 既読は、つかなかった。

 雨脚がさらに強くなる。

 窓ガラスを叩く雨音だけが、

 やけに耳に残った。

 二時間後。

 授業が終わる直前。

 スマホが小さく震える。


【真理亜】

『分かったわ』

 短い文章だった。

 でも。

 なぜか少しだけ、その返信が遅かった理由を考えてしまう。



 放課後。

 職員室の奥。

 校長室には、担任と校長が待っていた。


「座ってください。」


 校長は穏やかに笑う。


「榊原くんほどの適性値は、ここ数年でも珍しい」

「国家研究育成プログラムへの推薦も、十分に視野に入る」


 担任も頷く。


「学校としても、

 全面的に支援したいと思っている」

「ミコトに間違いはない」

「君には、

 適性があるんだ」


 優李は、小さく視線を落とす。

 期待されている。

 それは分かった。

 でも。

 その言葉のどこにも、

 “自分”はいない気がした。

「……今は、まだ決められません」

 一瞬だけ、

 部屋の空気が止まった気がした。

 窓の外では、

 春の嵐がまだ続いている。


「不安なのは分かる」


 校長は、優しい口調で言った。


「だが、ミコトは間違えない」

 

 その言葉だけが、

 妙に長く耳に残った。

 面談が終わる頃には、

 雨があがっていた。


 校舎を出る。

 濡れたアスファルトが、

 夕焼けを鈍く反射している。

 雨上がりの風だけが、

 まだ春の匂いを残していた。


 校門へ向かう。

 その時だった。

 黒い送迎車が見える。

 その隣に、真理亜が立っていた。

 雨上がりの夕焼けが、濡れた黒髪を赤く染めている。


 優李は、

 一瞬だけ立ち止まった。


「……迎え、いらないって言ったけど」

 真理亜は、少しだけ沈黙して。


「うん」


 それから。


「でも、待っていたかったから」

 雨上がりの風に、

 桜の花びらが真理亜の肩へ落ちる。


 優李は、

 なぜかその花びらから目を離せなかった。


(第六話『春嵐』 終)

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