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最適化された不幸 ―5歳で人生が決まる世界で、18歳の俺だけ未診断だった―  作者: uchiprpr


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第五話『正解』

 カフェで口にした甘さだけが、

 まだ少し舌に残っている気がした。


 送迎車が、静かに減速する。

 窓の外には、

 灰色のコンクリートが広がっていた。

 打ちっぱなしの外壁。

 直線だけで構成された庭。

 等間隔に並ぶ観葉植物。

 天音家は、

 今日も静まり返っていた。


 真理亜は、玄関の扉を開ける。

 靴下のする音だけが、

 広い廊下へ静かに響いていた。

 家の中には、生活の匂いがほとんどない。

 壁には、

 幾何学模様みたいなアートが飾られている。

 真理亜は、自室へ向かおうとして。


「真理亜」


 後ろから声をかけられた。

 振り返る。

 リビングの奥。

 大きなガラス窓の前で、

 父親がタブレットを見ていた。

 天音 恒一。

 国家AI研究機構、主任研究責任者。


「榊原優李くんとは、うまくいっているか?」


 視線はタブレットへ向けたまま。

 まるで確認事項みたいな口調だった。


「……はい」


「そうか」


 父親は静かに頷く。


「アマテラスの適合結果も、

 かなり良好だった」


 真理亜は、小さく視線を落とす。

 その瞬間。

『楽しみってある?』

 優李の声が、頭の中に浮かんだ。

 胸の奥が、

 少しだけざわつく。

 理由は、自分でもよく分からなかった。


「……お父様」


「なんだい」


「“楽しい”って、

 どういうことなんでしょうか」


 父親は、少しだけ考えた。

 それから、

 穏やかな声で言った。


「間違わないことだよ」


 真理亜は、黙って父親を見る。


「人生は、

 ○×クイズみたいなものだ」

「正しい選択を続ければ、

 人は不幸にならない」

「だからAIがある」


「だから私たちは、

 ミコトに頼って社会を発展させてきた」


 父親は、静かな口調のまま続ける。


「昔は、テレビをつければ悪いニュースばかりだった」

「犯罪、自殺、戦争。

 停滞した経済」

「“間違える自由”は、

 多くの人を不幸にしたんだ」


「君たちの世代は、

 私たちより幸せになれる」


 父親の目からは、

 真っ直ぐな信念が感じられた。

 きっと、

 本気で世の中を良くしようとしてきたのだと思う。



「……はい」



 真理亜は、小さく頷いた。

 でも。

 胸の奥に残ったざわつきだけは、

 消えなかった。

 自室へ戻る。

 白い机。

 整った本棚。

 必要なものしか置かれていない部屋。

 窓際には、

 中学まで置かれていたクマのぬいぐるみの跡だけが残っていた。

 時計の音だけが、

 静かな部屋に響いていた。

 真理亜は、

 制服のまま椅子へ座った。

 スマホの画面を開く。

 検索欄へ、

 ゆっくり文字を打ち込んだ。

『楽しい』

 大量の検索結果が表示される。

 幸福。

 娯楽。

 満足感。

 どれも、

 間違ってはいなかった。

 でも。

 どこにも、

 この感情の名前は載っていなかった。

 その時。

 スマホが震える。


【優李】

『今日、ありがと』


 短い文章だった。

 でも。

 その画面を、

 真理亜は、しばらく見つめていた。


(第五話『正解』 終)


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