第四話『適合率』
真理亜の送迎車には、家の近くで降ろしてもらった。
「また明日」
真理亜は、静かにそう言った。
送迎車が遠ざかっていく。
優李は、そのまま家路についた。
夕日に照らされた、自分の影が民家のブロック塀に映っている。
まるで、
他人と一緒に歩いて帰っているみたいだった。
家に着く。
「ただいま」
返事はなかった。
リビングでは、テレビだけが流れている。
父親の姿はない。
母親も、こちらを見なかった。
優李も、そのまま自分の部屋へ続く階段を上がる。
足取りは、少し重かった。
部屋に入り、
制服のままベッドへ倒れ込んだ。
薄暗い天井を見上げる。
『アマテラスで、相性が良いって』
真理亜の声が、頭の中に残っていた。
静かな声だった。
暖かい声だった。
でも。
これが、本当にカップルなんだろうか。
そんな考えが、頭から離れなかった。
昔、一度だけ付き合ったことがある。
中学二年の頃だった。
三週間くらいで終わった。
なんで付き合ったのかも、
なんで別れたのかも、
もうよく覚えていない。
でも。
少なくとも、
適合率の話はしなかった。
スマホが震える。
【ガールフレンド 適合率90%】
『おやすみなさい』
数秒後。
『明日も迎えに行くね』
優李は、少しだけ画面を見つめたあと。
『明日は、自分で行く』
そう返した。
すぐに既読がつく。
『分かった』
『気をつけてね』
その文章は、
どこまでも正しかった。
翌朝。
空は曇っていた。
優李は、一人で家を出る。
送迎車のない朝は、
少しだけ落ち着かなかった。
住宅街を歩く。
街並みは、妙に整っていた。
道路を挟んだ建物の配置まで、
左右対称みたいに揃っている。
目に入る建物の色に、派手さはない。
モノクロの世界と錯覚してしまいそうだった。
綺麗だと思った。
でも。
長く見ていると、
少しだけ息苦しくなる。
同じ制服の生徒たちが、
笑いながら前を通り過ぎていく。
その輪の中へ、
自分が入っていく姿だけは想像できなかった。
学校へ着く。
廊下を歩いていると、
美術部の受賞作品が壁に並んでいた。
どれも、写真みたいな絵だった。
ガラスの反射。
水滴の質感。
髪の一本一本まで、
異様なほど正確に描かれている。
上手い、と思った。
でも。
そこに“描いた人間”だけが見えなかった。
教室へ入る。
「おはよ」
「ういーっす」
そんな声が飛び交う中。
優李が席へ着いた瞬間だった。
「お前、マジで天音真理亜と付き合ってんの?」
クラスメイトの男子が近づいてきて、
挨拶もなしに声をかける。
昨日とは別のやつだった。
たぶん。
「……まあ」
「やっば」
「勝ち組すぎんだろ」
「適合率90超えなんだろ?」
笑い声。
「親、国家AI研究機構の幹部らしいぜ」
「政治家とか普通に家来るって聞いた」
「別世界の人間じゃん」
優李は、笑えていただろうか。
その言葉に、
どう返せばいいのか分からなかった。
「なんでお前なんだよ」
冗談っぽく言われたその言葉だけが、
少し耳に残った。
授業の内容は、
相変わらず頭に入ってこなかった。
気づけば、放課後になっていた。
校門の前には、
相変わらず黒い送迎車が停まっている。
真理亜の制服に、
今日も皺はなかった。
優李は、その車へ近づきながら口を開いた。
「……どこか寄ってく?」
自分でも、
なんでそんなことを言ったのか分からなかった。
「うん」
真理亜は、すぐにスマホを開いた。
「近くだと、このカフェが評価高いみたい」
数分後。
二人は駅前のカフェへ入っていた。
ガラス張りの店内には、
静かなジャズが流れている。
制服姿の高校生カップルも多かった。
傍から見れば、
自分たちも普通の恋人に見えるのかもしれない。
店員に席へ案内され、座る。
優李はメニューを手に取って開いた。
写真付きの飲み物が並んでいる。
優李は、ほとんど迷わず、
一番上に書かれていたブラックコーヒーを指差した。
値段が、一番安かった。
本当は、
コーヒーの味なんてよく分からなかった。
真理亜は、
よく分からない異国の言葉みたいな注文をしていた。
しばらくして、
注文した飲み物が運ばれてくる。
真理亜の前には、
生クリームが山みたいに乗ったフラペチーノが置かれていた。
「……甘いの好きなの?」
真理亜は、一瞬だけ止まった。
「おすすめされたから」
優李は、小さく息を吐く。
「天音さんってさ、なんで俺と付き合ったの?」
「ご両親は、付き合ってることに、なんて言ってるの?」
「そっちの学校ってどんなとこ?」
「楽しみってある?」
気づけば、
言葉が止まらなくなっていた。
真理亜は、一瞬だけ黙った。
そのまま、
視線が小さく揺れて、落ちる。
まるで、
頭の中で順番を整理しているみたいだった。
優李は、その顔を見ながら思う。
ああ。
この人は、
会話を“考えている”んじゃない。
“処理”しているんだ。
「……順番に聞いてくれる?」
真理亜は、
少し困ったみたいに微笑んだ。
その表情を見た瞬間。
優李は、初めて思った。
この人は、
本当に“自分”で笑っているんだろうか、と。
(第四話『適合』 終)
読んでいただきありがとうございます。
今回は、
「正しいこと」と「人間らしさ」について、
少し意識しながら書きました。
少しでも違和感を感じてもらえたなら嬉しいです。




