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第3話『青春』

 カーテンの隙間から差し込む朝日で、無理やり目を覚ました。


 頭が少し痛い。


 昨日、ほとんど眠れていなかったせいだと思う。


 ぼんやりした視界の先で、部屋の隅が朝日に照らされていた。


 棚の下には、中学の頃に履いていたサッカーのスパイクが転がっている。


 革は干からびて、硬くなっていた。


 いつ辞めたのか、もう、ちゃんと思い出せなかった。


 ベッドから身体を起こす。


 重たい頭のまま、部屋を出てリビングへ向かった。


 テーブルに朝食はなかった。


 いつもなら置かれているトーストも、インスタントコーヒーもない。


「行ってきます」


 返事はない。


「……行ってらっしゃい」


 少し遅れて、母の声だけが聞こえた。


 玄関を出る。




 朝の空気は冷たかった。


 家の前には、黒い送迎車が停まっている。


 後部座席の窓が、静かに下がった。




「おはよう、榊原くん」




「迎えに来たわ」




 天音真理亜だった。


 彼女と付き合い始めてから、毎日だった。




「ありがとう、天音さん」




 優李は、そのまま車へ乗り込んだ。


 うまく笑えていたかは、自分でも分からなかった。


 車内には、静かな音楽が流れていた。


 しばらく、誰も話さない。


 カチ、カチ、と。


 ウインカーの音だけが、静かな車内によく響いていた。


 真理亜の視線が、一瞬だけ光る画面へ落ちた。


 数秒後。




「……昨日、眠れた?」




 真理亜は微笑んでいた。


 表情は柔らかいのに、


 なぜか感情だけが見えなかった。




「……寝たよ」




 ほとんど眠れていなかった。




「それはよかったわ」




 また沈黙が落ちる。


 送迎車が、ゆっくりと校門の前に停止した。




「それじゃ——」




 優李がドアへ手を伸ばしかけた、その時だった。


 真理亜の視線が、もう一度だけ光る画面へ落ちる。




「榊原くん、今週末、出かける?」




 あまりにも自然なタイミングだった。




「……別にいいけど」




「良かった」




 真理亜は、綺麗に笑った。


 その笑顔を見ながら。


 優李は、なぜか少しだけ息苦しくなった。


 教室へ入り、席に着く。




「なあ、診断どうだった?」




 男子の声が飛んできた。


 同じクラスの……名前は思い出せなかった。


「医者とか、90超えてたってマジ?」


「研究者も高かったんだろ?」


 


 視線だけが集まる。


 でも、誰も近くには来ない。





「……まあ、すごいって言われた」





 自分でも、ひどく曖昧な返事だと思った。


「やっば」


「人生勝ち組じゃん」


 


 笑い声。


 でも、その輪の中に自分はいなかった。


 授業の内容は、ほとんど頭に入ってこなかった。


 黒板の文字だけが、機械的に並んでいく。


 教師の声も、どこか遠くで流れている


 みたいだった。


 気づけば、チャイムが鳴っていた。


 教室の空気が、一気に緩む。


 椅子を下げる音。


 笑い声。


 でも、そのどれもが遠かった。


「今日どうする?」


「部活だる……」


「購買寄ってこうぜ」


 そんな声を聞きながら、優李は誰より早く席を立った。


 運動部の掛け声が、窓の外から聞こえてくる。


 校門にさしかかった時、


 黒い送迎車が静かに滑り込んできた。


 まるで、優李が出てくる時間を知っていたみたいに。


 後部座席のドアが開く。


 天音真理亜が、静かに車から降りた。


 夕方の光の中でも、制服には一つも皺がなかった。


 すれ違う生徒たちが、小さくざわついていた。


 その視線には、憧れみたいなものが混ざっている。




「お疲れさま、榊原くん」




「……お疲れ」




 二人で歩き車に乗り込む。


 しばらく、沈黙が続く。


 カチ、カチ、と。


 車のウインカーだけが、静かな道路によく響いていた。


 真理亜の視線が、一瞬だけ光る画面へ落ちる。




「今週末、水族館はどうかな」




「……水族館?」




「アマテラスで、相性が良いって」




 その言葉に、優李は少しだけ黙る。




「そっか」




「嫌だった?」




「いや……別に」




 真理亜は、小さく微笑んだ。


 表情は柔らかいのに。


 なぜか感情だけが見えなかった。


 たぶん。


 これが、今の時代の青春なんだと思う。


 AIに最適化された、


 正しい青春。




(第三話『青春』 終)

読んでいただきありがとうございます。


「青春」という言葉が、

この世界では少し違って見えるように書きました。


感想やフォロー、とても励みになります。

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