第十三話『プロトコル』
アラームが鳴る前に目が覚めた。
白い天井を見る。
シーリングライトの豆電球が、
か細く光っていた。
今日は国家研究育成プログラム初日。
胃の辺りが、
少しだけ重かった。
期待。
不安。
たぶん、
両方だった。
スマホを見る。
特に通知はない。
真理亜からのメッセージもなかった。
それが少しだけ気になった。
校門の前。
送迎車の横で、
真理亜が待っていた。
「おはよう」
「おう」
真理亜は、
優李の顔を覗き込む。
「顔色が悪いわ」
「そうか?」
「緊張してるのね」
図星だった。
「まあ」
「少し」
真理亜は少し考える。
「大丈夫よ」
「死ぬわけじゃないもの」
「励まし方下手だな」
思わず笑う。
真理亜も少しだけ口元を緩めた。
午後。
育成コース棟。
一般校舎とは離れた場所に建っていた。
ガラス張りの建物。
静かすぎる廊下。
顔認証ゲートを通る。
【適合認証完了】
それだけが表示された。
中へ入る。
優李は少しだけ違和感を覚えた。
静かだった。
誰も騒がない。
話し声もしない。
全員が端末を見ていた。
教室へ入る。
席へ座る。
隣の生徒が顔を上げた。
「本日の学習計画は確認しましたか?」
「……え?」
「推奨スケジュールです」
優李は曖昧に頷いた。
会話なのに。
報告書みたいだった。
休憩時間。
優李は廊下へ出た。
「おー」
後ろから声が飛んできた。
「お前が榊原?」
振り返る。
短髪の男子生徒。
屈託のない笑顔だった。
「俺、佐伯」
「よろしく」
初めて普通の人間を見た気がした。
「榊原だ」
「知ってる知ってる」
「天音と付き合ってるやつだろ?」
優李は少し考える。
「……そういうことになってる」
「なんだそれ」
佐伯が笑った。
「一番面白い返事じゃん」
優李も少し笑う。
少なくとも。
この場所にも、
普通の人間はいるらしい。
その時は、
そう思った。
その時だった。
廊下の向こうに、
見覚えのある顔を見つける。
「あれ」
優李は思わず声を漏らした。
相手も気付く。
「こんにちは」
丁寧なお辞儀。
違和感があった。
「前に会ったよな」
「あります」
「四月まで、
同じクラスでした」
山岸だった。
休み時間になると。
「なあなあ」
「天音とどうなん?」
と聞いてきたやつだ。
でも。
今は違う。
「育成コースだったのか?」
「はい」
「現在は最適学習プログラムを受講しています」
優李は眉をひそめる。
「昼休み、
よく話しかけてきただろ」
山岸は少し考えた。
「そうでしたか?」
「覚えがありません」
その言葉に。
優李は表現出来ない気持ち悪さを覚えた。
帰宅時間。
認証ゲートの前に列が出来ていた。
その中に。
一人だけ目立つ男子生徒がいた。
リュックには、
最近流行りのアニメキャラクターのキーホルダー。
一つではない。
二つ。
三つ。
歩くたびに小さく揺れる。
育成コースらしくないやつだな。
優李はそう思った。
男子生徒がゲートを通る。
【適合認証中】
緑色のランプが点灯する。
次の瞬間。
ランプが赤く変わった。
短い電子音。
静かな廊下に響く。
【再評価対象を確認しました】
【担当職員を呼び出します】
「え?」
優李は思わず声を漏らした。
だが。
誰も驚かなかった。
周囲の生徒達は、
何事もなかったように列へ並んでいる。
職員が二人近付いてくる。
「こちらへ」
男子生徒は、
一瞬だけリュックへ視線を落とした。
何も言わない。
ただ。
小さく拳を握った。
「分かりました」
それだけ言って。
静かに職員の後ろを歩いていった。
優李だけが立ち尽くしていた。
帰り道。
「あいつ」
「山岸って覚えてるか?」
真理亜は頷く。
「覚えているわ」
「前と全然違うんだけど」
真理亜は少しだけ黙った。
「あの人は」
「親御さんの希望で、
途中から育成コースへ入ったの」
優李は足を止める。
「本人は?」
少し沈黙。
「……最初は、
嫌がっていたらしいわ」
「らしい?」
「聞いた話よ」
真理亜は前を向く。
「でも今は」
「適応しているみたい」
「適応って」
「別人じゃないか」
真理亜は答えなかった。
ただ。
「……そうかもしれないわね」
そう呟いた。
別れたあと。
優李は一人で校門を出た。
グラウンドから声が聞こえる。
野球部だった。
練習を終えた選手達が、
トンボで土を均している。
シャッ。
シャッ。
シャッ。
凸凹だったグラウンドが、
少しずつ平らになっていく。
足跡も。
スパイクの跡も。
全部消えていく。
何が似ているのかは、
うまく説明出来なかった。
でも。
少しだけ嫌だった。
トンボが通るたび。
グラウンドは綺麗になっていく。
綺麗になっているはずなのに。
なぜか。
少しだけ寂しく見えた。
顔を上げる。
雲一つない夕焼けが、
校舎を赤く染めていた。
その光は、
少しだけ眩しかった。
別人みたいだった。
いや。
別人になってしまったみたいだった。
(第十三話『プロトコル』 終)




