第12話『コネクト』
呼び出し音は、
三回鳴った。
『……もしもし』
真理亜の声だった。
少しだけ眠そうな声。
それだけなのに、
優李は少し安心した。
「悪い」
『別に』
『どうしたの?』
優李は、
少しだけ言葉に迷う。
電話をかけた理由は、
自分でもよく分からなかった。
ただ、
声が聞きたかった気がした。
「いや」
「育成コース行くことにしたから」
電話の向こうが静かになる。
数秒。
真理亜は何も言わなかった。
『……本気なの?』
「まあな」
『そう』
いつもの真理亜の声だった。
感情はほとんど分からない。
「反応薄くない?」
『国家研究育成プログラムは』
『将来性の高い進路だから』
『合理的な選択だと思うわ』
優李は思わず苦笑する。
「なんかAIみたいな返事だな」
少し間が空く。
『最適な説明をしただけよ』
『何か間違っていたかしら』
「ほら」
「そういうところ」
『そういうところ?』
「普通ならさ」
「先に別のこと言うだろ」
真理亜は、
少し黙った。
『……でも』
その声は、
さっきより少しだけ小さかった。
『知っている人がいる方が、
心細くないもの』
優李は、
一瞬だけ言葉を失った。
電話の向こうの真理亜も、
黙っている。
「へえ」
「じゃあ」
「よろしく、
先輩」
少し間が空く。
『……まだ入ってないでしょう』
「じゃあ、
未来の先輩」
また沈黙。
でも、
今度の沈黙は嫌じゃなかった。
『……そうね』
『その時は、
教えてあげるわ』
優李は少し笑う。
「頼りにしてる」
電話の向こうで、
小さく吐息が漏れた気がした。
『また明日』
「ああ」
「また明日」
通話が切れる。
静かな部屋。
優李は、
しばらくスマホを見つめていた。
育成コースへ進むと決めたのも。
真理亜が補正されたことが、
気になって仕方ないのも。
最近、
あいつのことばかり考えているのも。
その答えは、
出てこなかった。
◇
翌朝。
校門の前で、
真理亜の姿を見つける。
少しだけ心拍数が上がった。
昨日までなら、
気にならなかったはずなのに。
「おはよう」
真理亜が言う。
いつも通りだった。
「あ、おう」
優李の方が少しぎこちない。
『どうしたの?』
「別に」
『変なの』
本当に分かっていない顔だった。
◇
朝のホームルーム。
担任が出席簿を閉じる。
「最後に連絡事項だ」
教室が静かになる。
「榊原が、
国家研究育成プログラムへ参加することになった」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
教室がざわついた。
「マジかよ」
「やっぱ行くんだ」
「国家研究機構コースだろ?」
「すげぇな」
担任が手を上げる。
「静かにしなさい」
ざわめきが少し収まる。
「これからは育成プログラムの関係で、
みんなとは違う授業になることも多い」
「教室にいない日も増える」
再び教室がざわつく。
「もうエリートコースじゃん」
「将来安泰だな」
「でも幸福予測低かったんだろ?」
「まあ、
あれって参考値だし」
「社会適合高ければ問題ないだろ」
「幸福度なんて、
あとからついてくるって」
悪気のない声だった。
少し前までなら、
優李も同じように考えていた。
幸福度なんて、
ただの数字だと思っていた。
でも今は。
窓際を見る。
真理亜が、
静かに本を読んでいた。
社会適合率99.8%。
誰よりも優秀で。
誰よりも正しい。
それなのに。
その横顔は、
どこか遠くを見ているようだった。
理想。
そうだろうか。
優李には、
そう思えなかった。
◇
放課後。
席を立った瞬間。
「なあなあ」
「育成コースってどんな感じなん?」
「国家研究機構の人とか来るの?」
「適性値いくつだった?」
あっという間に囲まれる。
優李は小さくため息を吐いた。
「悪い」
「これから真理亜と帰るから」
「邪魔しないでもらっていい?」
一瞬だけ静かになる。
「また天音かよ」
「最近そればっかだな」
「はいはい、行ってこい」
優李は、
窓際にいた真理亜の手を取った。
「行くぞ」
「……ええ」
二人は教室を出る。
しばらく歩いてから。
「悪い」
「勝手に連れ出した」
「別に」
「助かったわ」
優李は少し驚いた。
「そうなのか?」
「質問責めは、
あまり得意じゃないの」
初めて聞いた気がした。
その時。
真理亜の耳が、
少しだけ赤いことに気付く。
再適合カウンセリングの
影響だろうか。
パソコンでいうところの、
軽いオーバーヒートみたいなものかもしれない。
そう思った。
その時になって。
優李は、
自分の手にも汗をかいていることに気付いた。
今日は、
少し湿度が高いのかもしれない。
たぶん。
そういうことなんだろう。
(第十二話『コネクト』 終)




