第十四話『イレギュラー』
第十四話『イレギュラー』
育成コース二日目。
優李は昨日より少しだけ早く教室へ着いた。
教室の空気は相変わらず静かだった。
誰も雑談しない。
誰も騒がない。
全員が端末を見ている。
まるで試験前みたいだ。
いや。
試験前だって、
ここまで静かなことはない。
普段のクラスでも。
誰かが話していて。
誰かが笑っていて。
誰かが寝ている。
それが普通だった。
この教室には、
それがなかった。
教師が入室する。
全員が立ち上がった。
「本日の行動規範を復唱します」
生徒達が一斉に口を開く。
「最適な選択は、
最適な未来を作る」
「個人の幸福は、
社会の幸福に含まれる」
「感情は尊重する。
だが判断は数値に従う」
教室に揃った声が響く。
誰かに怒鳴られているわけじゃない。
強制されているわけでもない。
それなのに。
見えない電波みたいなものが、
頭の奥へ流れ込んでくる気がした。
◇
最初の授業は政治経済だった。
【国家AI導入後の経済効果を分析せよ】
端末に課題が表示される。
その瞬間だった。
【関連資料を表示します】
【人口推移】
【税収変化】
【出生率】
【雇用率】
次々と情報が流れてくる。
正直に言えば。
面白かった。
政治経済なんて、
今まで一番苦手な科目だった。
それなのに。
教師の説明も。
端末の資料も。
不思議なくらい頭へ入ってくる。
人口減少。
社会保障費。
税収。
全部が一本の線で繋がる。
理解出来る。
というより。
理解させられているみたいだった。
それでも。
面白いと思ってしまった。
周囲を見る。
全員が同じ資料を見ていた。
全員が同じ答えを書いていた。
全員が同じ方向を向いているように見えた。
その光景に。
少しだけ息苦しさを覚えた。
◇
昼休み。
佐伯が机へやって来る。
「どう?」
「育成コース」
優李は正直に答えた。
「思ったより面白い」
「だろ?」
佐伯が笑う。
「みんな最初はそう言う」
優李は首を傾げた。
「最初は?」
「いや」
佐伯は肩を竦める。
「なんでもない」
それ以上は話さなかった。
◇
午後。
優李は昨日の男子生徒を見つけた。
再評価対象になった生徒だ。
何事もなかったように席へ座っている。
ただ。
一つだけ違うところがあった。
リュックに付いていたキーホルダーが、
一つも無くなっていた。
優李は思わず声を掛ける。
「あれ」
「キーホルダーは?」
男子生徒は少し考えた。
「不要との判断に同意しました」
「集中力を阻害していたので」
それだけだった。
悲しそうでもない。
怒っているわけでもない。
むしろ。
納得しているように見えた。
優李は返事が出来なかった。
◇
放課後。
真理亜と並んで歩く。
「再評価って」
優李は前を向いたまま聞く。
「みんな受けるのか?」
真理亜は少し考える。
「受ける人もいるわ」
「珍しくはない」
優李は昨日の男子生徒を思い出した。
そして山岸を。
「お前は?」
真理亜の足が少しだけ止まる。
沈黙。
数秒。
それから。
「……一回だけ、あるわ」
優李は思わず顔を上げた。
真理亜は前を向いたままだった。
風が吹く。
黒髪が揺れる。
優李は言葉を失う。
真理亜が何を失い。
何を残してきたのか。
まだ分からない。
ただ。
夕日に照らされた横顔が。
少しだけ遠く見えた。
(第十四話『イレギュラー』 終)




