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9 虎燈⑤


「これは、お前の、任務だ。分かったな?」


 時折、暁の声が脳みそを刺激する。呼応するように心の中で答える。


(俺は、白夜を、殺す)



 白夜を殺す方法を幾通りも考えていく。


 寝首をかく。

 茶屋の客を人質にする。

 投げ輪で首をしとめる。



 そのたびに、心の奥で警笛がなる。

 


 俺は、白夜を、殺したくない。

 ――殺す。

 俺は、白夜を、殺したくない。

 ――殺す。



 頭の中で何かが浮かぶと、それをかき消すように頭の中で、声が響く。


 自分が自分でないみたいだ。


 何か大切なことを考えていたはずなのに、今はもう白夜を殺すことしか残っていない。

 



 闇夜を抜け、白夜が寝床にしている住まいに駆けていく。

 屋根を蹴り、小川を飛び越え、天井裏に忍び込む。


 ちょうど白夜が寝ている部屋の上だ。静かに天井をずらす。


 ――いた。


 白夜の寝ている姿が見えた。白い浴衣に身を包んでいる。穏やかな寝息が聞こえる。



 細心の注意をはらって、畳の上に降り立つ。


 白い肌に、熱を残した頬。紅をひいたような唇。

 何の感情も見えない閉じた瞼。だけど、唇の端は上がっていて楽しげだ。


(楽しい夢でも見ているのだろうか)


 胸を刺す懐かしさに意識が持って行かれる。



「これは、お前の、任務だ。分かったな?」


 頭の中で暁の声がして、手を引っ込めた。

 白夜の頬に手を伸ばしていたことに気付く。


(なんで俺はこんなことを……)



「これは、お前の、任務だ。分かったな?」



 俺は、白夜を、殺したくない。

 ――殺す。

 俺は、白夜を、殺したくない。

 ――殺す。



――俺は、白夜を、殺す。



 耳の奥にけたたましい高音が響く。



 白夜の上に馬乗りになり、その細い首に思い切り力を入れる。


 目覚めた白夜が、苦しそうに顔を歪める。俺の手に白夜の手が重なる。


 一瞬、躊躇してしまう。


 その隙に、白夜は俺の手首を握りしめ、床にたたきつける。

 同時に足を高く上げて、俺の胸に片足をかけた。


 本当に一瞬だった。気付けば俺は白夜の下にいる。


 後ろ向きに俺に馬乗りになっている白夜の肩を、押さえられていない方の手で掴もうとする。

 白夜が身をかがめて避ける。

 白夜は手を入れ替え、気付いたときには俺と向き合うように馬乗りになっていた。


 涙をぼろぼろ流す白夜に目を奪われる。



 暁と出会ってからこれまで、何人も手にかけてきた。

 だけど、心が震えるほど殺すことを戸惑ったことはない。



 白夜だけが、俺の気持ちを乱す。

 ――殺す。


 白夜だけが、鮮明だ。

 ――殺す。


 白夜だけが――



 目に力が入る。

 真っ直ぐ白夜を見据え、足で反動をつけて、白夜を組み敷く。


 涙が流れつづけるままの瞳で俺を凝視した白夜は、静かに目を閉じた。


 体の力を抜いたのが分かった。


 形勢逆転だ。あとは、仕込み刃で首をかっ切るだけ。

 振り上げた腕を勢いよく下に降ろ……



『またね。』



 信頼の滲む声が脳内に響く。


 飛び跳ねるように白夜の上から退いて、天井裏に身を隠した。

 少し白んじてきた夜を駆けていく。


 なぜか、俺は泣いていた。




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