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8 暁①


 女が日本刀を一振りした。

 それだけだった。

 あっけなく俺の味方は地に伏す。

 もう動かないだろうことは、彼女に返った血をみれば明らかだった。



 舞うように日本刀を振る、流れるような身のこなし。

 一つに結んだ長い黒髪が揺れる。

 風が吹いた。

 その一瞬の気配のあとに、自分の頬の痛みに気付く。


 頬を押さえ彼女を見据える。

 涙でぐちゃぐちゃの顔。

 血のような色の瞳。

 

 敵が来れば半歩よけるだけでそれを躱し、同時になぎ払う。

 倒せば、自らの痛みのように顔を歪める。


 鬼神というに相応しい姿。

 涙で濡れた頬を拭いもせず、それでも向かっていく姿は圧巻。

 彼女が通れば、音もなく味方が崩れ落ちる。



「美しい……」



 これまでに感じたことのない欲情がこみ上げる。

 

 泣きながら殺意を放つあの視線を俺のものだけにしたい。

 はぁ。彼女の刀に切られてみたい……。



「邪魔だな」



 彼女は背後の男を守るように闘っていた。

 その男もなかなかの切れ者だったが、彼女には及ばない。



 男に向かう殺気を彼女の方が一瞬先に気付いて、男の動きに神経を尖らせる。

 その目の動きだけで分かった。


 自らに向かってくる敵も一人残らず断ち切っていく。



 その日、連れていた俺の仲間は、俺を除いて全て息絶えた。




 彼女が頭から離れない。

 あのときの彼女を見るだけで、彼女の大切なものが何かは明らかだ。

 だけど、それは本来の彼女ではない。



 彼女はあの男のせいで、自由に生きられない。

 あの男が彼女の足を引っ張っている。


 彼女の真の強さはあんなもんじゃない。


 もっと、勇ましい獣のような。それでいて儚い。

 その相反する姿を思い浮かべるだけで、体が熱くなった。



***



 それは偶然だった。


 黒の髪に、黒の忍び装束。ではない彼女を見つけたのは。

 鮮やかな花柄の上衣に暗い赤の袴を着た彼女が、小川を挟んだ向こう側を通り過ぎて行った。

 髪が乱れていないか気にしながら、どこかに向かっている。



 着いた先は、野原の中の最も大きな木の下。

 分かっていたが、やはりあの男との逢い引きだった。


 男を見つけると彼女ははにかんだ笑顔で、小走りで駆け出し、嬉しそうに男に抱きついた。



「……ねぇ」

「なんだ?」

「……また生まれ変わっても、一緒、だよね……?」

「あぁ。これまでもそうだっただろ?」



 彼女は、男にしがみついたまま。男はそれゆえに彼女の表情は見えていない。

 あの悲しくも切なそうな表情を。



「次も、またここで会えるよね……?」

「あぁ、次は……白夜を悲しませたりしない」



 男は自分に抱きつく彼女の髪を耳にかけ、もう一方の手で彼女の頭を撫でた。


「大丈夫か?」


 一瞬、泣きそうになった彼女は笑顔を浮かべ、顔を上げる。


「大丈夫だよ」



 男は泣きそうに眉を寄せた



「……ごめんな」

「だから、大丈夫!」


 彼女は気を取り直すように、話し始めた。



 そこで俺は知る。

 二人が何度も生まれ変わって、その度、共に過ごしていることを。



「やはり、あの男のせいで、彼女はありのままの姿でいられないんだ」


 それは、絶望の先にある。

 絶望の先に、身を切り裂かれたような痛みの先に、彼女の美しさは完成する。



 どうやって彼女を絶望の淵に落とそうか。

 毎日彼女のことを考える。

 まるで恋のようだ。



 彼女の目の前であの男を殺すのはどうだろうか。

 いや。時間をかけて痛めつけ続ける方が。


 きっと彼女は、自分の痛みより、大事な人の痛みの方が辛い。



 彼女をどう料理するか。

 恍惚とした気持ちで考えている矢先に、彼女が死んだと知った。



 その後一度だけ、彼女の傍にいつもいた男を見かけたことがある。

 痩せ細って、魂でも抜かれたように、項垂れるように歩いていた。


 あんな男を思って彼女は死んでいったのか。

 そして、また来世であの男を望むのか。




 俺は時々、泣きながら殺戮する彼女を思い出しては体を熱くさせていた。

 が、それはしばらくのことで、間もなく俺の生も終わった。




 俺の二度目の人生が始まった。


 父親に連れられて行った市場で騒ぎがあった。

 なんでも食べ物を盗みに来る子供がいるらしい。


「あの子は天涯孤独だから、仕方ないのは分かるんだけどねぇ」

「あぁ、そんな子供五万といる。全ての子供に施ししていたら、こっちの生活が成り立たない」

「なにか仕事でも紹介できればねぇ」



 市場の店主らは、彼を追うふりをするだけで、それ以上の制裁は与えていないようだった。


 逃げる少年を見つけ、釣られるように後を追う。


 裏小路に入って、手に入れた胡瓜にかぶりついていた。

 追手がこないか辺りを見渡しながら食べるそいつの瞳の色に見覚えがあった。



「あの男だ……」



 あの男がいるなら、彼女もこの世にいるのだろう。

 前世感じた熱が体の中心に集まる。



 その男を観察するに、前世の記憶がないだろうことが分かった。



 口角があがっていくのが分かる。


(あいつに、彼女を殺させるのはどうだろうか)




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