7 白夜②
十メートル前から近付いてくる彼が、私を殺そうとしていることには気付いていた。
いつもの尻からげした着物ではなく、変装した姿。
あともう少しで彼の間合いに入る。その一歩前で私から彼に近付いた。
サファイアがこぼれそうなくらい目が見開かれる。
ほんの一瞬だけ見覚えのある瞳が戻る。
――すぐに消えた。無機質な瞳。
冷えた瞳で私を捕らえ、機械的に足で私の足を払おうとする。
その場で飛び、彼の肩に手を置いた反動で、宙を跳ねることでかわす。
私が手を置いた肩に、わずかに意識が向く。
宙から地面に落ちる前に彼の肩にもたれるように、両腕を預ける。
「……虎燈」
こちらを向いた彼の目に色が戻る。が、それはほんの一瞬。また、すぐに無機質なそれになる。
背後の私をなぎ払おうと、くるりと回転し、浮いた私の胴体に仕込み刃をふりかざす。
それも彼の背中を蹴ることで回避する。
彼の肩を足場にして私はそこから屋根をつたった。
「やっぱり私のこと分からないのかな」
胸元のサファイアを握りながら、誰に充てるでもなく独り言ちる。
彼は私の知ってる彼じゃないのかもしれない。
なんで私のこと分からないのかな。
何度生まれ変わっても、一緒にいたのに。
一瞬見せる表情や仕草が、どうしようもなく私の大好きな彼だから。
私は彼に殺されたくも、彼と殺し合いたくもない。
それに、私はもう、誰のことも殺したくはない。
いつか私に気付いてくれるかな。
(でも、私だって彼のこと言えない)
前世よりも前の彼との時間は、最期の瞬間も覚えている。
何気ない時間を一緒に過ごすことが、何よりも大切な時間だった。
何度生まれ変わっても、その続きを永遠に過ごしたい。
そう思える時間。
だけど、一つ前の生の記憶は曖昧だ。
彼と約束の日、約束の場所で落ち合って、一緒に遊んで、一緒に鍛錬もして……。
私は彼と殺し屋になった。
彼の背中を守りながら、日本刀で敵を切りつけていく。
初めて人を切った感覚は忘れられない。
刃先から伝わる肉塊を切る感覚。
絶望に歪む敵の顔。
吹き出る赤黒い血。
血飛沫が顔にかかり、訳も分からず涙が溢れ、それでも、守りたいもののために、それ以外を殺していく。
私の手は汚れた。
何度洗っても取れないその手の汚れは、彼に包まれると少しだけ綺麗になった気がした。
でも、それも長くは続かない。
ごはんは何かの命。みんな血が流れていて、明日を生きるために今日を生きぬいている。
それを壊すのが私。
ごはんが血の塊に見えて、食べても吐いてしまう。
それでも、彼と生きたかった。
だけど、何も考えられない日が増えていって……
記憶がそこで途切れている。
だけど、これだけははっきり言える。
私は彼を愛してた。
あれが愛じゃないなら、私はきっと最初から何も知らない。




