表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/13

2 虎燈①


 気付いたときには一人だった。


 何度も市場の物を盗んで腹を満たしていたから、もう市場に近付くこともできやしない。

 酷い飢餓感で、歩くことさえできない。

 俺は裏小路の木壁に体を預けていた。


「お前、どうしたんだ?」


 弾んだ声に顔を上げれば、同じくらいの年の少年が立っていた。

 

 白い歯を見せて笑うそいつは(あかつき)と名乗った。

 不自然な人懐こさが逆に不気味に見える。


(なんだ、こいつ。気味悪いな)


 暁は無視する俺に構わず話しかけてきた。


「今日は飯の調達に行かないのか?」

「……俺が誰だか分かってて話しかけてんのか?」

「あぁ。お前、ここらじゃ有名人じゃん。盗み常習犯の虎燈(こと)くん」

「分かってんなら話しかけてんじゃねーよ。……お前も仲間だと思われるぞ」


 暁は微笑みを浮かべると俺に手を差し出してきた。


「そんなところで座ってないで、俺と一緒に行かないか?」

「……どこにだよ」


 そうして暁に付いていったのは、ただ単に腹が減りすぎて思考が狂っていたからだ。

 決して孤独に負けそうになっていたからではない。




***




「きゃはははは。ほら、虎燈! お前はあいつな!」

「おうよ」



 逃げ惑う敵を追いかける。目的は殲滅(せんめつ)

 

 暁と出会ってから二年。

 骨の浮き出ていた俺の体は、今ではしなやかな筋肉がついている。体が軽い。



 あの日、暁に連れて行かれたのは、いかにも金持ちが住んでいそうな豪邸だった。


「まず食え」


 そう言われて出された飯を一心不乱にかきこんだ。

 

 味なんて分からないまま、ただ胃袋に詰め込んでいく。と、今度は激しい吐き気に襲われて、全て吐いてしまった。



 呆然と吐物を見つめる俺に、暁が笑いながら言う。


「何やってんだよ、そんな一気に腹に入れるからそうなるんだよ。ゆっくり食べろ。って、まだ食えそうか? 一回休むか?」



 暁は俺の背中を擦りながら、もう一方の手をあげて、老婆を呼んだ。吐物を片付けさせる。


「……一回水くれ」


 今度は、ゆっくりと噛んで飲み込む。胃袋に意識を向けながら慎重に食べ進める。ふぅと息を吐いたところで、暁が口を開いた。


「虎燈、お前うちの子にならないか?」

「……は?」

「このとおり、俺ん家は人いっぱい雇ってんだ」


 暁が今いる広間を示すように両手を広げた。

 その両手に釣られるように辺りを見渡せば、確かに広間に長い机がいくつも並んで、そこに収まりきらないほどの人がいた。


「いっぱい雇ってるから、なんだよ? それと俺がどう繋がるって言うんだ?」

「お前、腹減って盗みやってたんだろ?」

「……なんでそれを」

「そりゃ分かるさ。食いもんしか盗まねんだから。市場のやつらもみんな分かってたはずだぜ」



 一瞬で頭に血が上った。


(分かってんなら、食いもんくらい分けてくれたって……)


「今、『分かってんなら、食いもんくらい分けてくれたって』って思ったか?」


 思ったことを正確に言い当てられ、ぐぅの音もでない。



(相手はこんな子供なん……)


「自分は子供なんだからって?」

「……おめぇ、怖ぇーよ」


 うっすら笑みを浮かべながら喋る暁が不気味だった。


(表情と言葉と年が、すべてが、ちぐはくだ)



「いいか、虎燈。世の中、子供だからって赦してくれるほど甘くはない。子供だろうが大人だろうが、飯が食いたきゃ働くしかねぇ。そして、子供が稼げる仕事もそうはない」



 不気味な奴ではあったが、言っていることは理解できる。


「……お前ん家なら、俺でも稼げる仕事があるって言いたいのか」

「そういうことだ」


 爽やかに笑う暁に、背中が冷えた。


 俺はもう、引き返せない所に来ている。なぜだか、そう思った。


「……仕事って?」


 爽やかな笑顔のままの暁が、親指を立てた。

 親指を自分に向けたまま首元を切るように横に滑らせる。

 「タンッ」と舌を鳴らし、そのまま親指を地面にむけた。


「殺し屋だよ」


 周りを見れば人の良さそうな大人ばかり。ここにいる奴らが、みんな殺し屋とはとても思えなかった。


「みんなそんな風に見えないだろう?」


 暁の視線に答えて頷くことしかできない。


「殺し屋がみんな強面だと思うな。むしろ、こういう奴らの方が向いてる」


 暁の射貫くような視線から目が離せない。


「いいか、虎燈。仕事を早く片付けるには、敵に警戒心を持たせてはいけねぇ。いかに相手の懐に入り込むか、だ。そうすると……」


 言いながら暁は口笛を吹き、人差し指を立てたまま、ゆっくり下へ落とす。腰のあたりで拳を握り、上に向けて開いた。



「分かるだろう?」



 目の前にいるのは俺と同じくらいのガキだ。それなのに薄ら寒さを感じる。


(逃げたい……)


 俺は、努めて余裕そうに笑った。だが、その笑顔の歪みにも自分で気付いていた。



――腹の奥から湧き出る焦燥が、黒い靄に飲まれていく。



「ははっ、なんで俺が……」

「お前ならできるからだよ」

「さっき会ったばっかのお前に、俺の何が分かるって言うんだ」


 歪んだ笑顔を向ける暁の瞳に闇色が見えた気がした。


「俺は、お前以上にお前のこと分かってる」


 短刀を出した暁が自身の人差し指に傷をつけた。

 血が滲むその指は、生ぬるい温度を保ったまま、俺の額に押しつけられた。



――黒い靄しか見えない。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ