第73話:ギルドマスターが語る「人造」の悪夢
嘆きの森。あそこで味わった「死の静寂」を背中に張り付かせたまま、俺たちは帝都アステリアの北門をくぐった。
夜の帝都は、魔法灯の明かりが街並みをオレンジ色に縁取っていて、不気味なほど綺麗だ。昼間の喧騒が消えた静かな石畳を歩きながら、俺はさっきから腰の袋に入っている「漆黒の結晶」の重みばかりを気にしていた。
(⋯。あんな得体の知れないもん、さっさと手放したいぜ。マジで)
俺たちの目的地は、街の中央にそびえ立つ帝都冒険者ギルド本部。巨大な石造りの扉を押し開けると、夜番の職員たちが、煤と返り血でボロボロの俺たちを見て、思いっきり引いているのが分かった。
「⋯。あ、白星の枝の皆様。⋯。お、お疲れ様です。それで、依頼のブツは⋯?」
受付のトレイに、マリアさんが静かにあの結晶を置いた。その瞬間、ギルド内の空気が一気に凍りついたのが分かった。結晶が、ドロリとした脈動を繰り返している。
「⋯。これは⋯。ただの魔核じゃないわね。⋯。至急、ギルドマスターに報告を! 皆様、奥の応接室でお待ちください!」
職員の女性の顔がみるみる青ざめていく。俺達は促されるまま豪華な螺旋階段を上った。
【伝説のギルドマスター:ベルンハルト】
通されたのは最上階の執務室。そこにいたのは、かつて「金剛」なんてイカつい二つ名で呼ばれていた伝説の冒険者、ベルンハルトだった。
引退したとはいえ、その体格はプロレスラー並み。だが、俺たちの隣にいる誠十郎さんの「気」に比べれば、まだ可愛く見えるから不思議だ。
ベルンハルトは誠十郎さんを見るなり、椅子から立ち上がって深々と頭を下げた。
「⋯。よくぞ戻った、若き勇士たち。そして⋯。噂に違わぬ、見事な気を纏った御仁だ。誠十郎殿とお呼びしても?」
誠十郎さんは、いつもの自然体でそこに立っていた。
「⋯。俺のことは、好きに呼ぶがいい。⋯。それより、この結晶を見ろ。泥遊びの産物にしては、少々度が過ぎているぞ」
(⋯。誠十郎さん、伝説の英雄相手に『泥遊び』って。相変わらず不遜すぎるだろ!)
俺が内心で激しくツッコミを入れる中、ベルンハルトは苦笑いしながら結晶を魔法灯に透かした。
「⋯。左様。これは自然界の魔物じゃない。⋯。⋯。禁忌の魔導で作り出された『人造』の魔核だ」
「人造の魔物⋯。⋯。命を弄ぶなど、聖騎士として、そして一人の人間として、断じて許せませんわ」
マリアさんが凛とした声で憤る。その横顔が月光に照らされてめちゃくちゃ綺麗で、一瞬「おぉ⋯」と見惚れそうになったが、内容がシリアスすぎて慌てて邪念を振り払った。
【月下のバルコニー:師匠がデレた?】
報告を終えて、俺は一人でギルドのバルコニーに出て夜風に当たっていた。
自分の右手を見つめる。さっきの戦い、必中が効かなかった瞬間のあの絶望。もし誠十郎さんがいなかったら。もし予備の枝がなかったら。
そんな時、隣に静かな、でも圧倒的に安心する気配が並んだ。
「⋯。大翔。⋯。まだ、あの石の軌道を悔いているのか」
誠十郎さんだった。俺は肩をびくっと震わせて、苦笑いを浮かべる。
「⋯。誠十郎さん。⋯。バレてましたか。俺、全然ダメです。あんな、ただの石を投げて誤魔化そうなんて⋯」
すると、誠十郎さんがゆっくりと俺の肩に手を置いた。その手は、日本にいた頃、道場で稽古をつけてくれた時と同じ、温かくて大きな手だった。
「⋯。案ずるな。⋯。窮地で石を掴み、最後まで抗おうとしたその意志こそが、真の武の始まりだ。⋯。確かにあの小石に理は宿っていなかった。だが、その迷いこそがお前を強くする」
誠十郎さんは夜空を見上げ、独り言のように言葉を続けた。
「⋯。マリアも、ユフィも、カスミもだ。⋯。お前たちは、俺が思っていた以上に、この異世界で正しく根を張っている。⋯。修行に終わりはないが、たまには己の歩幅を褒めてやるがいい。⋯。俺が、お前たちの成長を一番近くで見ている」
(⋯。え、待って。今、誠十郎さんデレた? 褒めてくれたよな!?)
俺の目から、不意に熱いものが込み上げそうになる。隣で聞き耳を立てていたマリアさんも頬を真っ赤にしながら胸元を押さえている。
「⋯。ふふ。⋯。誠十郎さんも、少しだけこの世界に馴染んできたみたいですね。⋯。⋯。あざとい計算抜きで、今の言葉、女の子たちには劇薬ですよ?」
カスミがいつもの調子で茶化すと、ユフィも「うん、誠十郎さんに褒められると、百人力だよ!」とはにかんでいる。誠十郎さんは「⋯。余計なことを言うな」と返したが、その口元が僅かに緩んだのを、俺は見逃さなかった。
【決意:地下水道への招待状】
やがて戻ってきたベルンハルトが、帝都の地下水道の図面を広げた。
「⋯。正式にAランクへの昇格を認めると同時に、特命だ。⋯。この結晶と同じ脈動が、地下水道の最深部、古い実験場跡から観測されている。⋯。白星の枝、君たちにその掃討を頼みたい」
誠十郎さんは、刀の柄を親指でカチリと鳴らした。
「⋯。いいだろう。⋯。泥遊びは俺の趣味ではないが、弟子たちの仕上げにはちょうどいい。⋯。⋯。行くぞ、お前たち。今夜は最高級の飯を腹一杯食え。祝杯は、すべてを斬り伏せた後だ」
「⋯。はい、誠十郎さん!」
俺は力強く答えた。
地下水道。汚そうだし、臭そうだし、俺としては勘弁してほしい場所だが⋯誠十郎さんが「仕上げ」だと言ってくれるなら、やってやる。
マリアさんの綺麗な横顔を横目で見つつ(おい、俺、集中しろ)、俺たちは夜の街へと歩き出した。
(第73話・完)
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