74話:地下迷宮の死闘! 臭い、汚い、でもマリアさんは今日も綺麗だ⋯なんて言ってる場合じゃない!
帝都の華やかな大通りから外れ、俺たちがやってきたのは、重い鉄格子で閉ざされた地下水道の入り口だった。
ギルドが管理しているはずのそこは、最近の異変のせいか、管理が行き届いていない。鉄格子の隙間からは、鼻をつくような湿った腐敗臭と、淀んだ魔力の匂いが混じり合って漂い出していた。
「うっ、これは⋯。誠十郎さん、本当にここに入るんですか? 俺の鼻、死ぬかもしれません」
俺が鼻を摘みながら泣き言を言うと、誠十郎さんは平然とした顔で、懐からさらりと扇子を取り出した。
「大翔⋯。戦場に香りを選べる権利などない。己の呼吸を整え、雑念を捨てろ。その鼻の曲がるような臭いも、理を悟ればただの風に過ぎん」
「いや、ただの風にしては殺傷力高すぎませんか!? 悟り開く前に気絶しますよ!」
思わずツッコミを入れるが、誠十郎さんは「ふん」と鼻で笑って、さっさと暗闇の中へ足を踏み入れてしまった。相変わらず浮世離れしすぎだ。
「大丈夫ですわ、大翔さん。私が前を歩きます。この程度の瘴気、私の信仰心で浄化してみせますわ」
そう言って微笑むマリアさんの顔は、暗い地下道の中でも聖なる光を発しているみたいに神々しい。鎧の隙間から覗く白い首筋が、しっとりと汗ばんでいて⋯。
(⋯。いやいや、何をジロジロ見てんだ俺! ここは戦場だろ! 集中しろ!)
俺は自分の頬をパチンと叩いて、マリアさんの後に続いた。後ろからはカスミが「先輩、鼻の下伸びてますよ」とあざとく囁いてくるし、ユフィは「大翔、頑張ろうね!」と無邪気に励ましてくる。このパーティ、俺への精神的攻撃力が一番高い気がする。
### **【迷宮の罠:影のキメラ】**
地下道を進むにつれ、周囲の壁は生物の血管のような不気味な脈動を帯び始めた。水面に映る自分たちの影が、ときおり独立して蠢いているような錯覚に陥る。
「⋯先輩、止まってください。前方に高密度の魔力反応。これはただの影じゃありません。複数の獣を強引に繋ぎ合わせた⋯キメラです」
カスミが手にした呪符が赤く発光する。
闇の奥から現れたのは、獅子の胴体に蛇の尾、そして人のような腕が何本も生えた、文字通り「人造」の化け物だった。その全身は、嘆きの森で見たあの影の粘液で覆われている。
「キシャアァァァッ!!」
化け物が地響きを立てて突進してくる。マリアさんが大盾を構えて正面から受け止めるが、影の粘液が盾を侵食し、彼女の動きを鈍らせる。
「っ! この粘り気、力が吸収されていきますわ!」
「マリアさん! くそ、こいつら数が多いぞ!」
通路の前後から、次々と影のキメラが這い出してきた。狭い地下水道。逃げ場はない。しかも影の体は、大翔の放つ枝をことごとく飲み込んでしまう。
### **【極限の必中:軌道の計算】**
「大翔。お前は何のために、そこに立っている。道具の特性を考えろ。一本の枝に、どれほどの可能性を込めるつもりだ」
誠十郎さんの静かな声。彼はまだ刀を抜いていない。俺がやるべきことを、俺自身に見つけさせようとしているんだ。
(枝に込められる可能性。まっすぐ投げるだけじゃ、影に飲まれる。なら⋯)
俺は腰の袋から、あえて短く、鋭利な「木の枝」を三本取り出した。
地下水道の入り組んだ構造。湿った壁。そして敵の核。
「ユフィ! ⋯。敵の足元に、氷の魔力を叩き込め! 滑らせるんじゃない、氷の反射面を作ってくれ!」
「うん、分かった! ――『氷鏡の回廊』!」
ユフィが杖を振ると、汚濁した水面と壁が一瞬にして鏡のような氷に覆われた。
「いくぞ――【木の枝(必中)】!」
俺が放った一本目の枝は、敵の正面ではなく、左の壁に向かって飛んだ。
(――コンッ!)
氷の壁で跳ね返った枝は、あり得ない角度で曲がり、キメラの死角を突く。続けて二本目、三本目。
「⋯。ええい、そこだ!」
枝が敵の意識を逸らした一瞬の隙。俺の「必中」は、敵そのものではなく、敵の防御が薄くなる「一点」を突くために、氷の壁を三回跳ね返って、キメラの喉元にある核へと突き刺さった。
(――ガリィィィッ!)
氷の礫を纏った枝が核を粉砕し、影の巨躯が霧散していく。
「やりましたわ! 今の軌道、芸術的でしたわよ、大翔さん!」
マリアさんが興奮して駆け寄ってくる。その拍子に、彼女の豊かな胸元が俺の腕に柔らかく当たり⋯。
(ふおおおっ! ⋯。い、いや、今のは事故だ、事故!)
### **【エピローグ:誠十郎の微笑】**
「⋯ふん。跳弾を利用したか。未熟だが、発想だけは悪くない。少しは自分の武器の使い道が分かってきたようだな」
誠十郎さんが、珍しく俺の頭をぽん、と叩いた。
その大きな手のひらの感触に、さっきまでの緊張がふっと解ける。やっぱりこの人には敵わない。
「ありがとうございます、誠十郎さん。でも、この先はもっとヤバそうですよ」
地下道のさらに奥。そこからは、人造の魔核とは違う、もっと禍々しく「人間」の悪意が混じったような気が漏れ出していた。
「行こう、皆。帝都のゴミ掃除を終わらせて、早く美味い飯を食いに行こうぜ!」
俺たちは深淵のさらに奥へと足を踏み入れた。
(第74話・完)
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