第66話:最強の師匠、陥落? 弟子たちの静かなる包囲網
温泉宿の離れ。誠十郎は一人、月明かりの下で酒を嗜もうとしていた。
しかし、膳に手を伸ばした瞬間、背後の障子が音もなく、それでいて拒絶を許さぬ重圧と共に開かれた。
「⋯⋯誠十郎様。夜風が沁みる時刻に、そのような冷えた酒。お身体に障りますわ」
入ってきたのはマリアだった。彼女は落ち着いた足取りで誠十郎の前に跪くと、酒器をそっと取り上げた。その所作には一点の曇りもなく、大人の女性としての気品と、揺るぎない意志が宿っている。
「⋯マリアか。俺の勝手だ」
「いいえ。主の健康を管理するのも、剣を共にする者の務め。今夜は、滋養を凝縮した特製の薬膳粥を用意いたしました。一口、召し上がっていただけますか?」
誠十郎が反論しようとした時、別の角からカスミがふわりと現れた。
【逃げ場なき説得:カスミの戦略】
「誠十郎さん。そんなに警戒しないでください。私たちはただ、あなたが少しでも長く、私たちの『壁』でいてほしいと願っているだけですよ?」
カスミは誠十郎の隣に座り、覗き込むように微笑む。その瞳は、師匠が左肩を僅かに庇っていることを確信していた。
「⋯⋯⋯お前たち、何を企んでいる」
「企むだなんて⋯でも、もしこのまま無理をなさるなら、大翔さんにすべてをお話しして、明日からの旅を中止するよう進言しなければなりませんね。それは、あなたの本意ではないでしょう?」
柔らかな口調の中に、逃げ道を完璧に塞ぐ鋭い棘。誠十郎は、戦場でも感じたことのない「居心地の悪さ」に眉を寄せた。
【純粋なる一撃:ユフィの祈り】
「誠十郎さん! 苦いお薬だけど、これ、ゼニスの名医から譲ってもらったんです。飲んでください!」
ユフィが、鼻を突くような臭いのする煎じ薬を差し出す。彼女の瞳には計算も、裏も、狂信もない。ただ、師匠の怪我を治したいという「純粋な心配」だけが詰まっていた。
最強の侍、誠十郎。
彼は、数多の魔物を斬り伏せ、外神の分身と渡り合ってきた。だが、目の前の三人の、それぞれの「真剣な眼差し」を斬ることはできなかった。
「⋯⋯⋯はぁ。分かった。飲めばいいんだろう」
誠十郎が諦めたように薬を口にすると、部屋の隅で静かに控えていた大翔が、深々と頭を下げた。
「誠十郎さん。俺たちは、あなたの背中を見て育ってきました。今度は、俺たちがあなたの盾にならせてください」
【エピローグ:夜の終わり】
誠十郎は、薬の苦さに顔をしかめながら、弟子たちの顔を見渡した。
一人ひとりが、自分の教えを独自の形に昇華させ、自分を支えようとしている。
「⋯⋯ふん。勝手にしろ。⋯だが、明日の稽古は倍にするぞ」
強がりを口にする誠十郎だったが、その心根には、弟子たちの成長に対する温かな誇りが灯っていた。
月は高く、隠れ里の夜は、師弟の絆をより深く結び直しながら静かに更けていった。
(第66話・完)
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