第63話:幕間・枕元の鰹節と、師匠からの無言の激励
ゼニスの夜は更け、喧騒に包まれていた大食い大会会場も、今は静まり返っている。
宿屋の一室では、優勝の余韻と満腹感に包まれたマリアが「誠十郎様……おかわりですわ……」と幸せそうな寝言を漏らしていた。
大翔もまた、慣れない「大食い実況」と財布の管理に疲れ果て、深い眠りに落ちている。
(――サッ)
開いた窓から、夜風と共に一筋の影が滑り込んだ。
足音一つ立てず、気配すら殺したその男は、寝静まった大翔の枕元に音もなく降り立つ。誠十郎だ。
「……。……。ふん。……。これだけの騒ぎを起こして、この寝顔か」
誠十郎は、腰の刀に手をかけたまま、弟子の寝顔をしばし見つめた。
その視線は鋭いが、どこか突き放しきれない温かみを含んでいる。
【師匠の贈り物】
誠十郎は懐から、先ほど教団の拠点を「掃除」したついでに、大会の倉庫から(正当な報酬として)くすねてきた……いや、譲り受けてきた包みを取り出した。
それは、ゼニス大食い大会の隠れた副賞――『海神の鰹節』。
一本で金貨数枚は下らない、魔力を帯びた最高級の逸品だ。
「大翔。……。お前には、まだ『芯』が足りん。……。これで出汁でも取り、少しは骨のある剣を振るうがいい」
誠十郎は、そのカチカチに乾燥した鰹節を、大翔の枕元にそっと置いた。
普通、弟子の枕元に置くのは「秘伝の書」や「業物」だろう。だが、誠十郎の美学は、常に予想の斜め上を行く。
「……。マリア。……。お前も、あまり大翔の財布を困らせるな。……。ほどほどにしておけ」
隣の部屋で寝ているマリアにも聞こえぬほどの声で呟くと、誠十郎は窓枠に手をかけた。
【エピローグ:翌朝の混乱】
「……。……う、うーん。……。よく寝た……」
翌朝、朝日と共に目を覚ました大翔は、頬に当たる「異様に硬い感触」に違和感を覚えた。
「……。……。なんだこれ。……。木刀? いや、魚……?」
枕元に鎮座していたのは、まるで研ぎ澄まされた刀身のように黒光りする、巨大な鰹節だった。
「わあ、大翔! 何それ、すごくいい匂いがするよ!」
ユフィが部屋に飛び込んでくるなり、鼻をヒクヒクさせる。
「大翔さん! その神々しいフォルム、そして鼻を抜ける芳醇な薫り……! 間違いありませんわ、これは誠十郎様が、私の胃袋を慈しむために遣わされた『聖なる出汁の素』に相違ありませんッ!!」
マリアがガバッと起き上がり、鰹節に向かって深く膝をついて祈り始める。
「先輩。……。その鰹節、表面に『誠』という文字が、あざとく一太刀で刻まれていますよ。……。どうやら、あの方はまだこの街にいるみたいですね」
カスミが窓の外を見つめ、意味深に微笑む。
「……。……。誠十郎さん……。……。差し入れなら、せめて食べられる状態で置いていってくださいよ……。……。これ、どうやって削るんだよ、硬すぎて刃が通らないぞ……」
大翔は『比翼』を引き抜き、鰹節と格闘し始めた。
師匠からの無言の激励(と新たな苦行)を胸に、大翔たちのゼニスでの一日は、また騒がしく幕を開けるのだった。
(第63話・完)
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