77 ルミナス猛烈
フルフェイスのヘッドセットをすっぽり被った。安眠マスクをつけたようときと同じように真っ暗なる。数秒して、闇の中に文字が浮かび上がった。
視覚 聴覚 触覚 嗅覚 味覚 音声
5感。最後の”音声”は、俺の言葉を認識するって意味かな。
で、どうすんだ。
PCならマウス操作。タブレットはスマホなら指操作だが。
手を上げてみると、闇の中に手が出現した。触わろうと文字に伸ばした。
触れる前に、文字は、上から順にきえていった。
”聴覚”の字が消えると、外部の音が聞こえるようになった。
”嗅覚”が消えて臭いをかんじるようになった。
”味覚”が消えると空気の味がした。
”視覚”の字が消えて、周囲が見えるようになった。
最後に、”触覚”の字が消えて、肌のようにレブンを感じるようなった。
俺は、大地の上に屹立していた。
風が心地いい。かすめていく雲の破片がくすぐったい。
感覚のすべてでレブンを感じる。1000メートル体躯の巨人になったのだ。
「意味がわからないと気が狂うな」
地上から1000メートル。だが、地に足がついてるから恐怖はない。
高所恐怖症を、都合よく克服できた……なんて気楽な考えはないが、
この高さは、高所恐怖症でなくとも、怖くなる。
マスターの作用として、高さに対する恐怖だけは取り除かれているのかもしれない。
5感接続への不安定感も除去してくれてもいいんだが。そのサービスはないようだ。
これが景観。子供のころから忘れていた素晴らしい眺め。
ずっと忘れていた、遠くまで見える景色を味わえただけでも、ここに来たかいがある。
登山家の気持ちが、いまなら少しだけ分かる気がした。
長い事、もったいないことをしたもんだ。
ずっと見ていてもいいのだが。見晴らしを邪魔する物体が眼前にいた。
1000足の下1000メートルあるレブンよりも、さらにでかいシタデル。
オガサワラはデカい。見上げるほどデカい。
とはいえ。巨人と小人というほどの差はない。
レブンになった俺が小学6年生だとすれば、敵は中学1年生。
十分デカくはあるが、アリと像ではない。延ばせば手も届く。
この体格差。占領されてるし、いったいどうやって逃げようか。
視界は360度。外部にも内部にも。
全天視界の中に、別のモニターがあった。数で8。全天視界をメインとするならサブ。
処理系ビューポートという位置づけだろう。
レブン市中。艦橋内。ほかシステムの動向を表すグラフ的な何か。
「アディラ。聞こえます? 聞こえていたらどれか席についてヘッドセットをつけて。普通のコントロール席ですから気持ち悪くなりません。気分が回復したのならリーデンタットも」
画面のアディラは艦長席の俺をみつめ、「ルミナスか?」とつぶやき、恐る恐る近いシートに椅子にちょこんと座った。リーデンタットも隣に着く。
べつに、なにかしてもらうつもりはない。何をできるかわからんし。
席につくことは怖くないと分かってもらいたいだけだ。じゃないと後々困るかなーと。
実は。客観的な画面からとはいえ、俺をじっと見てられるのが落ち着かないのだ。
俺の身体をふり返りふり返りしながら、並んで座る。
ヘッドセットを手に取ってひっくり返したり、臭いをかいだり、引っ張ったり。フルフェイスじゃなく、バイザーとヘッドフォンがあるだけのシンプルタイプだ。さんざん迷いながら、やっと頭に装着したのを見届ける。
オガサワラを見上げた。そのデカさにため息をついて、市内に視線をうつした。
「ふーっと。街は敵でいっぱいか」
銃で小突かれて、捕虜と縛られた兵士たち。
中央の王の城の窓には、呆けて頬杖をつく人物だ。あれが王様だったか。
城を護る門は壊され、そこにも敵だらけ。
自分の国が占領されれば、脱力もするわな。
『ブランチェス!』
いきなりの怒声にびくっとなった。怒鳴ったのはリーデンタット。敵に囲まれ、武装解除させられてる兵の中に、鼻水女ことブランチェスの姿をみつけたのだ。俺をグルーム家男と呼ぶストライトが寄り添ってる。
俺は目を凝らして、カメラをズームアップさせた。
歯を食いしばるブランチェスは、ニヤついてる敵兵たちに何かを言い返してる。
言葉はわからないが、表情はよくわかる。涙をこらえてる表情が。いつかみた見苦しい泣き顔ではない。凛とした肝の据わった反抗を強く目に宿してる。
俺の何かがキレた。
「できろスキルっ! 【コロボックル】を両腕っ!」
スキルが発動した。半信半疑だった。だができた。
できるのだ。レブンというダンジョンを内包するシタデルなら。
レブンに腕をつけてやった、もちろん5歳児の俺サイズではない。
外淵のさらに外。そこに巨大な握りこぶしが生成されていく。
レブン・シタデルという1000人を運ぶ都市を護るための腕。
オガサワラとの間に、若干の距離を稼いで……反撃の槌を放った。
レブンが動いた。直線敵に西側へ。それからゆっくりと円を描きはじめた。
「この動きは……」と、トマスが何かに気づいた。目が合ったサンガリが微かにうなずく。
円運動。微動になることはあっても決して動きは止めず静止なき軌道を描く。防御はは攻撃に、攻撃は防御に。円は縦横自在に攻防する。
トマスは小さく短い、だがしっかりした声で、レブンの仲間へと叫んだ。
「なにかにつかまれ! 星動剣だ!」
「なにトマス。いったい」
「あれはルミナス。ルミナスしかいない!」
「もう、いかんち」
風の読みにくいシタデルの狭い空隙。ハングライダーを駆るハンペイは、スパイラルスピンの危険を冒しながらも、力まかせのベースバーコントロールで、裏帆をうちそうなセールを立て直すと、淵に手をかけて落ちまい踏ん張ってる仲間を引き上げる。
「べこのかあ! 幼馴染と結婚するちいうたろが。たまるか!」
すでに何人もが落ちてしまってるが、歯を食いしばり、残った仲間を、一人でも多くの仲間の手を曳き上げていく。ハンペイよりも早くオトメが、レブンの動きが変化したことに気づいた。
「ハンペイ退けっ! へんなんがくる!」
「後にせい」
「後なんかあらんっ」
「どわっ……オトメっやめっ」
オトメは、仲間を救助すべく傾斜するハンペイの怒鳴りをシカト。自身のハングライダーを操り、ハンペイに急接近、セール左側をに足をかけて踏みこんだ。水平となったハンペイのハングライダーは、急激な揚力をうけて上昇するも、直後に、無風状態で失速。
重厚なシタデル基底よりもさらに下、3本脚部の接続部にまで達した。ハンペイは、乱れる風をどうにかとらえて持ち直す。
「オトメおまん!何さらす……」
グガッ!――…… ツァッ!――……ァン――――――……!!
言いきる前に、上部から、風音も霞む激しい破壊音がし、遅れでセールを煽るほどの風圧が届いた。ふり返らず逃げる。生物として自然な逃避行動で、身をすくませる間もなく、反射的に2つのシタデルから飛んで離れる。
クグウゥゥ――ンン――ン―ン……
グガッ!!――…… ツァッ!――……ァン――――……!!!
「な……」
クグゥゥ――ンン――ン―ン……
グガッ!!―…… ツァッ!!――……ァン―――……!!!!
「なんや」
クウゥ――ンン――ン―ン……
ガラッッツツァアァァァッアアァァァン――ンンンッ!!!
「なんなんやぁぁぁぁーーーーあッ!」
クウゥゥ――ンン―ン……
ガッッッツァアァァァッアアァァァンンンンッ!!
断続的な轟音と繰り出される圧力から遠ざかること19秒。旋回、上昇したハンペイは、背後のセールで見えなかった光景を目の当たりにし、驚愕した。
「お、オガサワラが、た、ボコ殴りにされとる」
クウゥゥ――ンン―ン……
ガッッッツァアァァァッアアァァァンンンンッ!!
「腕ち。腕レブンに生えとる……て」
逆ルートで回避しハンペイに追い付いたオトメも、声を失くした。腕としか言いようがなかった。レブンのどこにも無かった想像外の代物。左右外淵に据えられている。不釣り合いどころでない生物的かつ巨大なアームと拳骨。回転するレブンの円運動に乗っかりつつ、かつ、自体の反動をも追加。
右に左に振り子のように返しては、オガサワラに激突――ぶん殴っているのだ。
「レブン怒っとる。オガサワラ袋だたきち」
「やめてんか。ひ、非常識やど。シタデルの戦いっちゅうのは、接近と衝突。そこからはじまる住人同士のぶつかり合いや。それを、シタデルがぶちかますて。オガサワラが……壊れる! 故郷が亡くなる……やめてんか」
「いっけぇテルアキぃぃぃーー粉々にしてしまえーーーー」
ブランチェスの透き通った叫びがレブンに響き渡った。
それはすべてのレブン陣の声を代弁していた。
ハンペイ急ぎ風を読み、レブン上空まで揚翼。オトメも後に続く。最上には12本の柱が突き出るのみ。つるりとした天辺は、前に偵察したときと変わりなく、なにもみつけつことができない。マスターはおろか、建造物の影ひとつもない。
「どこにおんのやレブンのますたーっ おわわわっ! ヨシオの嫁の実家が、倒れた! 東雲の学校が崩れる」
「…………ハンペイの」
「わ、わ、わしの家…………オヤジがおるんや。謝る。謝るから。このとおりや、カンベンしてや」
ハンペイに声が届いたのか、ルミナスの”音声”が、両シタデルに響き渡る。
『ひとつ要求する。いますぐレブンから出ていけ。さもないと帰る国ごと殴りこわす』
「帰る。帰るから……」
オガサワラが動き、ふたつのシタデルの距離が開いた。
ルミナスが放つ【コロボックル】の拳が空を切る。
『次の要求だ。止まれ』
「要求はひとつゆうたろうが。いやマスターやりよる。負けなきゃ勝ちや。逃げはありやの。オトメっいまや、ほかの連中を助け……」
しかしオガサワラ後退を継続。双方の距離はどんどん大きくなっていく。レブンも追いすがるものの、オガサワラ速度は早く、追い付けない。
『なめられたもんだね。止まらないのか。拳で殴るだけだと思ってた?』
広げが右の掌から糸が射出される。それは編みこんだワイヤーより太く、しかも粘着性のある糸。【粘着糸】だ。
「な……ん……だと」
糸は、輪っかをつくり、ロデオのロープ投げのようにオガサワラにひっかかる。オガサワラの後退を封じた。レブン=ルミナスのほうも、大型シタデルを引っぱれるものではないが、逃げを止められればそれでよかった。
「また殴んのか。あ、ちゃう。ありゃ……そりゃ反則やっ」
正しき心を養い発揮する正統的なスポーツマンシップの代表格野球。白球を打つために進化したその棒は、求心を一撃で撃破するパフォーマンスを秘める。
クウゥゥ――ンン―ン……
右の手に握られた【バット刀】が、身動きを封じられたオガサワラをロックオン。
『更地になるのと足縛られて倒れるのと。どっちがいい?』
そびえる森と街が、横なぐりに強打されれば、
たくさんの人口川の水路が破壊。瞬間的な洪水が発生。斜面も家も崩され、土砂も庭も倉庫も商店も区別なく、平等に土石流の瓦礫と破壊されつくされてしまうだろう。
『選ばせてやろう』
「え、……え、えらぶって……」
ハンペイとオトメは震え、勝手に合点する。
決して触れてはいけない相手に手を出したのだと。40年も逃げていたのは、戦いを恐れていたのではなく、単に戦うことを好まなかったに過ぎない。シタデルが15階層あるのは、14回の勝利を示していているのだから。
『参った。わしはオガサワラのマスターじゃ。許してくれ降参するき』




