76 新マスターアディラの失意
一瞬視界がぼけて、すぐさま明るくなる。
レブン最上階。マスターの階層にようやく着いたのだ。
まぶしくて、手をかざす。
「空が高いなあ」
目が慣れてようなく見えたのは、思い描いていたのとは異なる景色。
エンタメ世代の俺だ。空にある都市といって思い浮かぶのは、植物に浸食され朽ち果てた庭園と建物。すなわちラ〇ュタだ。次点にギリシャ神殿、またはシ〇デレラ城ってところだろうと。
それがスッパリ裏切られる。
「なんだこれ」
まず上だ。天井はなく12本の支柱が数メートル延びており。渡り板が網目のように繋いでいて、8つある10メートルほどの球のどれかに接続されている。雨樋。水を集めて、階下にある都市に供給するシステム。実用的このうえない。
整備された細い水路にはゆたかな水が流れている。空と流水は存在だけで、気分をスッと落ちつかせる効果があるようだ。
周囲を見渡す。東西南北といえるのか4つ方向に小さな森がある。森と森の合間には、淵沿いには、建造物が点々と立ち並ぶ。建物には統一性がない。平屋、2階建て、3階建て。四角四面。円っこいの。L字型。庭園付き。江戸時代の長屋のような横長。木造で縁側があったり、真っ白のコンクリートだったり、レンガ創りだったり。いろんな形のいろんな時代の住居が、適当な距離を置いて立っていた。ほとんどが壊れていて、修復の後が見当たらない。
そして、この天辺の中心を占めてる、ひときわ目立つ建物。水路と外淵の家と森をのぞけば、ほとんど何もないだだっ広い空間にぽつんと一軒。直径1000メートルのレブンは、街も農民も細かく仕切った生活空間をちまちま暮らしてる。比べると非情にぜいたく佇まいといえよう。
ガラスをふんだんに使用した窓とドア。ぐるりと囲む水、というかプール。大理石のテラスには、昼間からカクテルが似合いそうなテーブルにゆったりした白い椅子。まるでハリウッドスターおわす邸宅だ。離れた芝生の庭には、読書を楽しめそうなノッキングチェアがキコキコゆれていた。マスター住居だろう。
「して、侍女さんはいずこ?」
たった一人で40年も就任してられる地位だ。いたれりつくせりの長寿の、美人orエロかわいい侍女さんがお世話しているはず。待望の侍女さんをきょろきょろ探してると、マスター邸から、女性が出てくる。やや肌の黒い魅惑的なボティ。
「やっときたかルミナス。キミを呼びに来た。ウィゲリーリたちと手分けしてみてまわっていたのだが、リーデンタットと私は、マスターと思しき部屋を発見した。キミも来い」
「え。アディラが侍女さんですか?」
「はぁ? なにを言ってるんだ。あれを見ておかしくなったか」
「あれを……のぁっ! なんだ!」
アディラが指さしたのは、俺の頭を通り越した後ろ。
ふりむいたそこにあったのは。圧倒的な存在。
原始の森につつまれた巨大な集落がそびえていたのだ。
「ブランチェスの言っていたオガサワラだ」
オガサワラは、輪郭をつくる森の内に、段々階層になった居住地がすっぽり収まってる。見上げるほどの天辺は霞んでいてよくわからない。
「レブンは15階層というが、それよりかなり大きいな。飛んでるあれは、鳥か!?」
「……いや、ハングライダーですね」
「はんぐらいだ?」
オガサワラの町の上をのどかに周回していた黒い三角。人が操るハングライダーは、みるみるレブンに迫ってくる。俺たちがいるすぐ上を滑るように通過していった。
こちらを見ようともしないパイロット。俺たちが見えてないのかもしれない。
これが、レブンを襲ってきた敵。飛行手段があるってだけで戦力差の違いがわかる。
早いとこ対応しないと、こっちの命も困ったことになる。
「急ぐぞ。こちらだ」
足早のアディラについていく。
短時間にみつけてしまうとは、仕事の早さに脱帽する。
「マスターっていう人はいたんです? それと、婆さんが送ったモガマガゲーってヤツは」
「無理にぼけなくていい。ガギロン=バーザダーに、モガーマイト=ゲマインナーだ。モガーマイトはいた。マスターと思しき人物も……」
目的の部屋はあの、中心にあるリゾート邸宅だった。
テラスから見える部屋は、30人はくつろげそうに広い。リビングのようだ。室内は整然としてるが、長年、使われていない。せっかくの凝った家具や調度品はすす汚れ。いつから掃除をしていないのか、ほこりと煤が厚く積まれ、天井はクモの巣だらけだ。
「帰っていい?回れ右して」
「ここまできて何をいう。【浮遊付与】で浮いて移動しろ。私もそうしてる」
「なる。ですね」
アディラにならって身体を浮かす。
足跡がたくさん埃の中に埋もれているが、ひとつだけ、埃を踏みつけた跡があった。
アディラが補足してくれた。
「モガーマイト=ゲマインナーだ」
これを見つけたから、迷いなく部屋にはいったんだな。
部屋の中をうろうろした足跡は、奥のドアへと続いていた。
【バット刀】でクモの巣を払いながらアディラの後に続く。ドアを開けた奥は食堂。非情に清潔で、いつでも食事が食べられそうだ。だが、木のコップやガラスの容器が床に散乱、バケツや花瓶もだ。容れ物のたぐいばかりがやたらと転がっていた。
「冷蔵庫?」
さらに進んで侵入したのはキッチン。この世界ではお初となる冷蔵庫みたいな保存庫に興味を注がれる。ドアを開けると、食糧でぎっしり。缶入りのジュースやビールも充実している。横にあるのは、もしかして夢の自動クッキングマシンか。
歓喜してるとイヤなニオイが漂ってきた。汚れ物を何日も放置し腐ったニオイだ。
奥へと踏み込むにしたがって、それは濃厚かつ酷くなっていく。
「この部屋だ。驚くなよ」
示されたドアは金属でできていた。俺にとっては見慣れた、取っ手のないドア。
懐かしいといってもいい。横開きの自動ドアだった。
静かな空気音をたてて開いた。そこから出たさらにひどい臭いが鼻を突く。死臭だ。
込み上げてくるものをぐっとこらえ、浮いたまま中に入ると。
「むっ……。なんだここは! かっけー!!!」
埃はなくなってるがとてつもなく臭い。その中に、信じられない領域が出現した。
思わず走り回ってしまったくらいだ。
厨二でなくても男子心を存分にくすぐるハードパンチ。
第一印象をいうなら、ここは艦橋だ!
「おおお!」
50インチはある複数の四角い画面と20インチほどの操作パネルのブルーライトが、灯りのない室内を照らしていた。さらに、この部屋全体が360度モニターで、レブン周囲の景色を映し出す。ビュー枠で大写しされてるのは、オガサワラ。
「おおおおおお!」
コントロール要員が座るのだろう7つの席があって、中央の一段高い位置に、座り心地と威厳を両立させた艦長席も。席にはどれも、ヘッドセットが装備されてある。総じていえば、やはり艦橋。それも、未来戦争アニメにありそうな、巨大戦艦を操作するスタッフリームだった。
「ねあああああああ!!」
スキルがあるファンタジー世界に、不釣り合いなのだが。間違いない。
ここはシタデルの心臓部。レブンコントロールセンターだ。テンションがあがるぜ。
「だ、大丈夫か? 正気を失ってるようにみえるが」
「失った! 失なってやったぜ! こいつを見せられて冷静でいるヤツは男じゃない」
「よくわからないが……真ん中の席に横たわってついてるのがリーデンタット。その下で伸びてるのはモガーマイト=ゲマインナー。それであっちのベッドに横たわっているのがおそらく」
俺の背丈では、席が障害物になって見渡せないが、走り回ったのでよくわかる。
ベッドの人物。
黒い髪は抜け落ち、肌は白だったのかもしれないが黒く変色しており、元の色はわからない。肉は半分削げ落ち、白骨化にはいってないが、一部は骨が覗いてる。横たわっているという言い回しだが、医者の心得のない俺がみても、死んでいるとわかった。
手を合わせた。
「マスター。亡くなっていたんだな。意地の悪いダンジョンについて、問いただそうと思ってたんだけど」
拳でと心の中で追加。
アディラの細い首が静かにうなずく。
「勝手にはいってきてしまったが。ここはなんだ。マスターとモガーマイトがいることからレブンをどうにかする部屋ではあろう。リーデンタットはレブンを動かしてやると、いきなり座った。……ルミナスの意見が聞きたい」
「なんで俺に? マスターになりたいのはアディラっちですよね」
「キミはなぜか物知りだ。複数のスキルも自在に使いこなしている。この妙な動く透過絵だらけの部屋のからくりも思い当たることがあるのでは。そんな気がしてならない。そんなキミに断言してもらいたいんだ」
各席には表示された画像は異なってるが。どれにも中央に”スタート”の文字がある。クリックすれば動画が、おそらくはチュートリアルが始まるのであろう。
リーデンタットの艦長席には、サイズの異なるモニターが3つ。20インチから10インチってところ。区割りされた画面には、映像が文字付きで表示。それは、グルームの家で見たのと同じレブンの断面図と、綿密な水路を記した平面図。長い矢印で移動線を示した広域マップらしき地図だ。
リーデンタット装着のヘッドセットは、頭がすっぽり収まるフルフェイスタイプだ。ほかの席も座りここちがよさそうだが、リクライニング感は倍増しだ。
細かいところにばかり目が行ってしまってるが、問題はもっと大きい。
ファンタジー要素満載のシタデル世界に、SF要素が入り込んでる。
おおよそ想像はしていたんが、ここは未来であるとはっきりした。
すくなとも俺がいた時代には想像レベルで存在していたあれこれだ。
時間軸の延長にあるって可能性が非情に高い。
「マスターの椅子ですね。アディラっち。断言します」
「ありがとう。ついでに断言できる理由もききたい」
ここが難しいところだ。
ゲームとアニメっていっても通じない。
こう言うしかないだろ。
「その……夢でみた?」
「ばかばかしい疑問形か。その前に理由にも根拠にもなってない」
「う、んぐ……うぇぇ」
そのときとつぜん、艦長席のリーデンタットが、うめいて吐いた。
「リーデンタット!」
汚物をまき散らしながら、モガーマイト=ゲマインナーの上に転げ落ちる。モガーマイトは半分目でカフッと息を漏らしただけで、目を閉じた。生きてると判明したな。目を覚ましたときのリアクションがちょっと楽しみだ。
「ぐ……だめだ。 私には……こんなもの、マスターはこんなもので、レブンを動かしていたのか。私には……無理だ」
「無理といったかリーデンタット。被り物を渡して吐いたものを片付けろ。マスターには私がなる!」
リーデンタットのヘッドセットをひったくるように奪い、アディラが艦長席に座った。
考えるまでもないが、椅子の数から、8人で分担するのが正規の手順だろう。そのためのチュートリアルが用意してあり、001/185 と番号がふられている。単位はDAY。習得まで185日かかるって意味だろう。8人で分担。24時間1年中。レブンをコントロールだ。交代要員がないときついな。12時間交代なら16人。8時間交代なら24人。休みが欲しいならもっとだ。
艦長席は他の席と別格っぽい。ヘッドセットの形状からすると一人で全部を管理できそうだ。だから艦長席の1名さえいれば、レブンは管理できるってわけで、実際できていたのだ。
マスターは40年前の人が最後と、誰もが言ってる。それ以前はわからないが40年前のラストマスターだ。試練の仕組みから当時は15歳だったろうが、万能なマスターも年はとる。先輩たちも高齢で、亡くなっていく。後輩が欲しいが入ってこない。ギガーマイト=ゲマインナーの指示で、ガギロン=バーザダーが妨害していたからだ。
いつまで待っても、後継者が補充はされない。マスターの焦りは募っていく。とうとう、一人になると、席を離れることも、難しくなっていった。休息を削って、食事も水も最低限にする。ずっと。たった一人でやってきた。死ぬまで。
「そりゃ、シタデルをみたら逃げるしかできないわな」
「うぁッ ぐあ……げっげッ」
あちゃー。
アディラが、ヘッドセットを外して吐いた。
リーデンタットの吐き物の上。つまりモガーマイトに汚れ追加だ。もはや見るも哀れなり。
すいーっと、どこからともなく、ひざ下くらいの円柱の物体が現れる。床とモガーマイトをキレイにしていなくなった。艦橋(仮)がきれいな理由はこれか。
「……、こ、これが、マスター。これが、マスターの努め……。できない。私には無理。オガサワラから、逃げないといけないというのに……情けない」
ヘッドセットを抱えてガタガタ、身を震わせるアディラ。
「んじゃ、俺がやります」
新マスター頼んで地上に降ろしてもらう予定だったんだけど。
仕方ないよな。
「キミが? いくらキミでもこれは」
「背が届かないから、座らせて」




