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高い所が死ぬほど嫌いな俺が、空中ダンジョンの下級貴族の子に転生した話  作者: きたぼん


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75 マスターの領域



呼吸が荒くなるガギロン=バーザダー。その背には、知らず、冷たい汗が流れていた。


「ふぅ……信じられん。いまだ傷ひとつもないなどとは。200回も落としてるのだぞ……ふぅ。グルーム子倅め」


衣服は破れているが、身体にはひとつの怪我も負っていない。【物体移動(ムービング)】に残されたカウントは一桁。


ガギロン=バーザダーは、知りたがる性分がある。何事も仕組みや理由が分からないと、気が済まない。気になって眠りが浅くなるのだ。


命とはなにか。(シタデル)とは。歴史とは。ダンジョンで得られるスキルとは。

真実がわかれば良し。いたらなくとも自分なりに解答を得たい。そそうでないと落ち着かないのだ。


たとえ客観的にバカみたいな噂であっても、聞きつければ、仮説を立てて実験と検証を繰り返し虚実を明快にした。主人から下される密偵や暗殺(おしごと)を漏れなく成し遂げ、絶大な信頼を得ているのは、そんな性格が幸いしたともいえた。


ことスキルにおいて、レブンの誰よりも精通との自負がある。自分が分からないことなど、この世に存在しないと。だがそうではなかった。


「……バケモノなのか。いいや人の子と聞いてる」


スキルには、使える残り数/最大数 を示した数”カウント”があった。それはダメージを軽減する役割もあるとしったが、100%ではないことが検証でわかった。大きすぎるダメージを、カウントは無視する。数字は減らず、ダメージは軽減されない。


「カウント数が膨大なのか。いいや年端もいかぬ子にそれはない。200越えにいたるには、私でさえ長い年月がいったのだ。ならばなぜ…………ふーぬ」


かつて導き出した自分しか知らない重要事項が、この子倅には通用しない。


「…………そうか、わかった。それならば合点がいく!」


明晰な頭脳が瞬時に回答を導き出した。


「子倅。やせ我慢をしているな! ならば強く叩きつけてやるのみ」


【風魔法】スキルを発動したガギロン=バーザダーは、そのサブスキル”下降気流”で空間の気流を制御。天井から床へと気流を創り出し、子倅を落下させるタイミングで、一点に集中させる。そう。ルミナスの背後へと。


「みせてもらうぞ。やせ我慢の限界をな!」


自由落下するルミナスに強風というバフが加算された。

とのとき……。


最初に動いたのはアディラだった。

すぐ先で上昇と落下を繰り返していた物体を、もうろうする意識で何気に、見ると。

それは、なんとルミナスだった。とたん、身体が熱を帯びる。敵に翻弄されすぎて混濁したしていた意識にカツがはいる。


ルミナスが天井に高速でたたきつけられ、落ちてくる。

しかも、風の後押しする危険な加速つきで。

アディラは叫んだ。


「る……ルミナスッ!! 【物体移動(ムービング)】!」


傷ついた身体に移動のバフをかけ、落下地点と目される4,5メートル向こうを目指す。


アディラの叫びは他者を動かした。

ウィゲリーリ=ガモルクと、リーデンタット=スプラードが、呼応したのだ。


名前と直近の記憶を奪われた二人は、疑心暗鬼におちいっていた。無為に互いを探りあっていた。それが、アディラの悲鳴に驚きふり返った。移動スキルでは足りぬとばかりに折れた槍を櫂にして床を漕ぐアディラの姿は、破れて埃だらけの衣服と合わせ痛々しい。


鬼気迫る狂態。見上げる視線の先には、落ちてくる子供。

二人の打算と疑心が吹き飛ぶ。


「なんだあれは」

「なんでもいい! 助けるです!」


状況に理解がおいつかない。だが命は大切。どこの誰であろうとほっとけない人としてシンプルな反応。ましてあれは子供だ。自分らのほうがアディラより近くにいるなら、助けに動かない理由などない。


護衛3人も、動かぬ足を動かした。無条件で駆けだす。ウィゲリーリが動けば、従わねばならない者たちだ。腕も足も折れ曲がっている? 主人への忠誠は性根にまでしみついている。怪我ごときで揺らぐものではなかった。


かくして。5人が先を争うようにルミナスの落下地点へ。


幼気な子供を助けるべく、後先を省みず、まさに身を賭して。下敷きになってでも命を救おうと必死にとびこむ。


「これはこれは。期せずして面白い見もの、いや検証ができる……!?」


ガギロン=バーザダーがニヤリと口角をあげたとき、とつぜん、老人の視界が薄暗くなった。首を動かしすぎたせいで疲れたのか。目をこすってみるが明るさは戻らず暗いまま。あたりを見渡した。アディラたち貴族子女らは、釘づけされたように動かない。子倅の身体は宙で、これも停止だ。まるで、時が停まったかのように。


「まさかと思うが、こいつらの中に時間停止スキル持ちでもいたのか。いや……」


拳をつくって開いてみた。その仮定は恐るべきものだが、こうして動けている。アディラが折れた槍を手放すのが見える。ウィゲリーリが護衛を手招きしてる。


「なにかが。決定的に変だ。何かが」


ふいに後ろにさがる。背に何かがあたった感触。硬い。つるりとした壁だ。しかし壁はもっと離れていないとおかしい。こんな傍にあるはずが。確かめようとふり向いた。


「………………ガラス……だと?」


それは透明。ガラスよりは薄暗く奥への景色を遮蔽していた。


「ガラスではないが。まさか。こんなものが一瞬で現れるはずがない。ダンジョンの仕業か」


半透明の何かが、自分の場所を閉鎖していた。右も左も。上も。そのまた上も。細切れに、一人一間。透明のぴったり人間一人分の半仕切りで、まるで氷漬けにされたかのように、上から下、上下左右。見渡すかぎり隅々まで。


「15階層ぜんぶ、間仕切られたのか? こんなことが」

「あるんだなーこれが」


頭上から声がふってきた。子供。もちろんルミナスしかいない。

困ったように頭をかいている。


「アディラ。ウィゲリーリ。お前ら死ぬつもりか」

「ルミナス!」

「……思い出したです! グル子です!」

「グル子じゃねーぞゲゲリー! ひとを焦らせやがって! 間に合わないかとひやひやもんだったわ。あと一瞬遅かったら、マジ、下敷きにしていた。下敷きになって俺を救おうだなんて、バカばっかりだ! 常軌を逸してる!」


怒気の詰まった言いぶりだが、表情は異なる。眉を寄せ、むしろ、申し訳なさそうな泣き出しそうでもあった。


「こここっ子倅! なんでだ! きさま動けんはずだ 【行動操作(オーバーライト)】の呪縛を解いたというのか」

「まさか。こんなムズスキル。解けるわけないだろ」

「ではなぜ!」

「ちょっとしたことに気づいて試したんだ。それだけ」







ヤバかったのはホントだ。

行動操作(オーバーライト)】の3とやらは、行動を阻害する。

戦意喪失し攻撃できなくなるって感じだが、どうやらもっと違うって感じた。


”動こう”と思えば動けない。ゴロリ寝ころんで眠りに誘ってくる。

”スキルを使おう”と思えば使えない。意識を別のほうへ誘導される。


”怖い落ちたくない”と恐怖したときはどうなったか。

落ちなくなることはできない。自発的に落ちてるわけじゃないからな。

なら、どうなったか。意識がはっきりして眠くなくなったのだ。


それで気づいた。


行動の阻害とは、年寄りがやらせたくないことができなくなのではない。

”対象者がやりたいこと”がやれないのだ、ということに。


とすれば”やりたいこととまったく違うこと”ならできるわけで、

そう腹落ちしたときには、アディラたちが真下に駆けだしていた。


もう、焦ったどころじゃないぜ。

試してる時間なんか、一刻の猶予もない一発勝負。


”あの年寄り左手でぶんなぐってやる”と、本気で左拳を固める。意識の主流である左手は、拳に力がはいらない。


そんで右手では、【土建設計(アーキテクチャ)】を表示。どうでもいい気持ちで【基本家屋】を構築していく。片手間じゃ細かいことはできっこないから、ざっくりと、同じサイズの部屋を15階層に隙間なく形成。仮線は半透明ガラスとして実体化されてしまうから、絶対アディラたちだけは切断しないように、無意識に心がける。


『立って半畳寝て一畳』ということわざがある。必要以上の富を望むべきではなく、満足することが大切であるということだが、俺のは縦横上とも2畳の広さ。生きていくには上等じゃね? 一生すごすわけじゃないけど。


年寄りが部屋に収まったのは偶然だ。

運のいいやつ。


「き、気づいて試しただけ、だと! なんたる軽いヤツ。私はさんざん検証を行ったのだ。可笑しなところも矛盾もみあたらず、実際、どんな相手であれ解除はならなかった。30年もの永きにわたって一度たりとも!」


記録は破るためにある。30年はスゴイといえる。

が、このスキルかけられた人って、かけられたこと自体を忘れるか、負けて死んでるわけで。対処なんてできっこない無理ゲーだ。今回はブラン兄の体験話もヒントになった。ラッキーとしか言いようがない。


「教えろ。いったいどうやった」

「100万円くれたらおしえてやる」

「ひゃくまんえん? どこにある物だ。みつけ出し渡せば教えるのだな?」


100万円を物だと思ったか。

そりゃあ分からないよな。


「うっそだよーん。おまえなんかに、だぁれが教えるか」

「愚弄しおって!」

「お前はおしまいだ。いくぞ!」


待たせたな。ここからは俺のターン。

ぼかすかにやってやるぜ!


「まて、ルミナス」


立ってることさえツラそうアディラが。待ったをかけてきた。

痛々しい。終わったら、【回復】スキルで治してやらなきゃだが。


「何でとめる?」

「敵シタデルが襲撃してるんだ。早く誰でもいいからレブン動かさないと。一秒でも時間が惜しい」


そうだった。こいつにかまってる時間はないんだっけ。

個人的には(うつ)回収して、スッキリしたかったんだけど。


「おいガギロン婆さん」

「ガギロン=バーサダーだ。人の名前も覚えられんとは頭が悪いとみえる」

「一昔前のラスボスかってくらい、やたら濁音のつく名前だよな」

「らす……? ほおっておけ」

「お前に、ダンジョンからの退去を命じる。【基本家屋】設計変更」

「私に命令できるのは主だけ……なにをするか」


浮遊付与(フロートバッファ)】で自分を浮かせる。

階層全部に網羅していた区割りを変更。アディラやウィゲリーリたちを解放する。

大幅に改造するのはガギロンのいる部屋。細長くして、壁を2メートルほど厚くした。

片方一方だけを上へ上へせりあげて、いく。


設計しなおした空間。ニューガギロン部屋?は、滑り台みたいなもの。

いや、閉じられているからウォータースライダーかな。水は流れてないけど。


「なんのつもりだ。こんなもの【風魔法】で……ぐがっ」


創り出した風の渦は、本人に跳ね返り、勢いで転がった。

わかりそうなもんだろ。大きな風を起こすには狭すぎるって。

どこか研究肌なイメージのあるわりに、無茶をする老人だ。

袖もスッパリ。腕もいったな。


自業自得でのたうち回ってるご老人。ついでに、仕上げにかかろう。

滑り台の底に穴をあけてあげる。

自分の風で転がったガギロンは、そのまま穴にカップイン。

待ち受けているのはもちろん。


「外への転移陣かあっーーー……」




ふー終わった終わった。

とんと、床に降りて【基本家屋】を解除する。

スッキリがイマイチ足りないけど、まあいいか。


自由になったアディラたちはとっくに、最上階への転移陣に。

おたがいに身体を支えあいながら、とっくにお先へ旅立った。

俺も後く前にふり返る。


長かったダンジョンの最後となる15階層。

転移陣が2つあるだけなのに、ここはやたらと広かった。

間違いなく上に行くほうの転移陣を2度確かめ、ぴょんと載った。


一瞬視界がぼけて、すぐさま明るくなる。

レブン最上階。マスターの領域にようやく着いたのだ。


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