70 反撃・準備・そして
「敵の凧、いっちょう落としたぜっ」
「グーネ次、いま城に撃ちこんだヤツ。あれ頼むぜ」
「任せろ。あたしを護れよサムロス」
「当たり前だ」
グーネが引きしぼった弦をとき放つ。【矢】(28/60)スキルも順調にレベルアップし、もはや番える動作をするだけで、しなやかで丈夫な雲糸繊維の矢が生成される。風斬り音を後にした矢は、【遠目】(回数無限)スキルのホーミングによって、敵を追跡する。ありえない動きでアクロバットに飛行する凧も、小回りに追尾する矢には勝てない。体のどこかに命中したらしく、きりもみで落下していく。グーネは知らないことだが、矢はあと6射で炎へとレベルアップする。
一機の凧が低空まで高度を落とし何か怒鳴り散らす。地上にいた敵兵が、グーネたちへと向かってきた。
「気づかれたっ。穴に退けグーネ」
「わかり」
サムロスは、身近に開けられた出入り穴に、グーネを逃がす。4枚の、背景に溶けませたモザイク【盾】を敵兵へたたきつけてから、自らも穴へと跳びこみむと、待機してた上級貴族が【土魔法】で穴をふさいだ。
「農民の子のサポートとはな。上級貴族もかたなしだ」
「もうしわけありませんね」
「立案したブランチェス様がオカシイのだ。グルーム領全部をレンガで覆って、ゲリラ戦でを仕掛けるなんて」
窮地のレブンを救うためには手段を選んでいられない。ブランチェスは、面白がってレベルアップさせたスキルを最大限活かす方法をあれこれ考えた。たどりついたのが、いっそ全部を覆ってしまえ! だった。
「たいがいですよね。アホみてーなスキルだと思います」
「ベクブラーム伯爵さまは、要塞化だと笑っておられたよ」
完全な要塞化には、レベルとカウントが不足していた。穴だらけにできあがったのだが、ほかの【土魔法】スキル持ちの助力によってすべてを塞いだ。
「次はどっから射つんです? 北?」
「北がいいそうだ。ブランチェス様が【音響魔法】で伝えてきた。それで、この穴から本人が出撃すると言っておられる」
「囮んなるってことですか? あのねーちゃん、ほんとに上級貴族のお嬢様かよ」
「ねーちゃんって……グルームの三男は発想がオカシイって噂がある。迷いの森に長い時間いたのだろう。オカシイのか感染ったんじゃないのか?」
「あー。ルミナスっすね」
サムロスとグーネは顔を合わせてニヤリとする。日光の恩恵のない暗闇の田舎町は、光苔灯に照らされた辺りだけ、点々とぼんやり明るい。サムロスが先頭になって3人は、歩き慣れた地元の狭い路を迷いなく走っていく。
グルーム家の庭は、外淵から連れ出した西防衛のレブン兵であふれかえっていた。散発的ながらすでに敵と戦った者もいて、みな疲れきってる。怪我人も多数にのぼる。
「これでいいのかレリア?」
「うーん?わかんない。でも”回復スキル”だから回復するんじゃないかな」
「いい加減だな。怪我人を治療してみるか」
トマスは、初めてのスキルに戸惑いながらも、折れた腕を抱えてる上級貴族を【回復】してみる。
「……痛くない、腕が動く。ありがとう!ありがとう!」
「僕ではなくスキルのお蔭です。あと9人しか治せないのがツラいな」
10あったカウントが9に減る。レリアがいうにはスキルオーブはいっぱいあるけど【回復】だけは、少ないらしい。怪我などしないほうがいいのだが、数えきれない死人を出してる戦場では、無理な相談だ。9カウントではこの場の怪我人さえ治しきれない。
ブランチェスは石垣に上がって、パンっと手を叩いた。
「注目して! まだスキルをもってない人は、ここにあるオーブで取得して。もってる人も使っていいわよ。全員でスキル武装して、オガサワラを追い返しましょう!」
とうぜんながら疑念の声が湧く。伯爵が代表して聞きただした。
「そうはいうがブランチェス嬢。スキルは複数所持できないのではないか?」
「できますわ。ベクブラーム伯爵」
「信じられないな。そんな話は聞いたことがない」
「私は【水魔法】【土魔法】【植物魔法】など5つのスキルをもっております。実証すみですわ」
兵たちの間に、どよめきがおこる。
「5つだと?」
「水に土に、5つも……体は大丈夫なのか」
「このとおりです。みたとおり健全そのものの女子ですわね」
そう言うと、予備動作なしで1メートルほど浮きあがる。蔦がブランの体を押し上げたのだ。右手に粘土、左手に水球。両方を飛ばし、グルーム屋敷の壁に穴をつくった。膣の異なるどよめきが走る。
「お見事ですブランチェスさま。我が家を修繕するのがいささか手間なことを除けば」
「あ、あ。ごめんなさい。サンガリ殿」
「いーえいえ。どうせあの問題児が感染してのでしょうから」
あたふたと蔦から降りて謝るブランチェス。子供でさえも高慢ぶるのが上級貴族というのは、本気で頭を下げる態度はありえない。あまりな可愛さぶりに、暖かい笑いがおこった。
レリアとフレッドは、セバサに手伝ってもらいながら、小さな手でスキルオーブを配りまわってる。スキルオーブは、持っただけではなんにもならないが、”取得する”と意識すれば、スキルとして身に取り込まれる。文字が読めなくてもわかるし使える。複数スキルの所持者が、下級貴族、農民、平民、上級貴族の差なく、量産されていく。
「ごほん。囮に行かねばならないので、かいつまんでお伝えします。スキルに共通する特性ですが……
第1にカウント制。(10/10)という風で、(残数/最大数)と決まってます。これは使えば使うほど、最大数は増加していき、ある一定に達するとレベルがあがります。人によって異なりますが、私の【植物魔法】であれば、アオダモ、蔓、蔦と扱える植物と効果が増えていきます。
第2にカウントの”最大数”は全スキルで共有できます。たとえば【植物】で10【盾】20とすれば、合計”最大数”は30。これを【植物】だけや【盾】だけに割り振ることが可能です」
肺の空気を吐ききったブランチェスは、3度、大きく息を吸いなおした。
「それと、」
「まだあるのか」
この段階で持て余し気味になっていたワーゲルト=ベクブラーム伯爵が、正直にげんなりする。
「最も重要なことですが、カウントは、受けたダメージも緩和します」
「ダメージも緩和? どういうことだ?」
「受けた傷に代わって、カウントが減るということです」
「なに? たしかにスキルを持った前と後じゃ、怪我をしにくくなったが、そんなことが。ということは。あれか!」
「はい。スキル使用に配慮はいりますし、おそらく頭や心臓への直撃の死は免れません。ですが、カウントがゼロになるまでは、ほぼ無敵。所有スキルが多いほどいいのは、そういう理由もあるのです」
8人目の治療にとりかかったトマスと、レリアの薦めで【回復】を取得したチネッタほか数人が、目をみはった。
カエルバッグの保存重量に限界があるのだが、スキルオーブはほとんど重さがない。ルミナスは、たいして入れてないつもりでいたが、数えきれないほどだった。おそらくここにいる全員に配っても、ひとりに3個はいきわたる。もっとかもしれない。
【盾】(10/10)
【土魔法】(10/10)
【浮遊付与】
【物体移動】(10/10)
【回復】(10/10)
ひとりの上級貴族は、自分のスキルの仕様具合を改めて試してみた。
「私の【土魔法】は穴塞ぎで減って(63/85)だ。8年間、壁の補修と畑土の再生だけやってきたが気がつけば、粘土・シルト・砂・レキが派生していた。これがレベルアップというものか」
「ご助力感謝します」
カウントは消費するが、追加スキルとの相性は確認したい。【浮遊付与】との連携は微妙だが、20粒の10ミリ大レキ(礫)をにぶつけ石壁を凹ませて、サンガリの眉間を八の字にする。
「俺が持っているスキルは【炎】。相性がいいのはやはり【盾】か」
ワーゲルト=ベクブラーム伯爵も積極的だ。
「【盾】も【土魔法】も。いっそのこと5つ全部いきませんか」
「全部だと」
「幸いオーブはいくらでもあります。皆さん方のほとんどが5つとも取得できます」
「そんなにあるのか。であれば、ここにいない他の者にも回したいものだが」
「ベクブラーム伯爵。これは後のない戦い。背水の陣です。接触できるのかもわからない人のために残しておくのはもったいないと思いませんか。生き残りの確率を上げるためには使い切ってしまったほうがよろしいと進言します。同じスキルをいくつ取得しても、いいですし」
「そうか……そうだな」
残留兵の采配はもちろんベクブラーム伯爵に任せる。わざわざ口するのは正式な指揮権を持つ者への不遜というものだ。
「はい……では行ってまいります。伯爵もみんなも気を付けて」
ブランチェスは知ってる知識を言いつくすと、傍らのストライト=シンプレッドに目配せし、共に駆けだした。向かうのは、いましがたサムロスたちがいた穴だ。
「ベクブラーム伯爵さま」
「うん? トマス=グルームか。いかがした」
「たいしたことでは……外淵で呼びとめられて。あの……どういう要件なのかと」
「ん? ああ。はっはっは。そうだったあれな。好奇心で聞いてみたかったのだ。いまとなってはたいしたことではない」
「たいしたことない好奇心。ですか?」
ベクブラーム伯爵は、元気にスキルの説明をしてまわるレリアを優し気にみつめた。
「試練のダンジョンに放りこまれた妹弟たちが心配でないかと、ききたかったのだ。」
「そうだったんですか」
「戦い前によけいなひっかかりを造ってしまったようだ。すまなかった」
「いえ。3人については、まったく心配しておりませんでした」
「心配していなかったか。ナゼと聞くまでもないな。逞しいものだ」
「はい。むしろ暴走してハリケーンのようになった母の攻撃をうけた相手ほうが哀れで……」
「はっはっは。ローランのことだなハリケーンは良かった。今は屋内で食事を作ってくれてるいるが。あれは”外見だけ淑やか”を絵に描いたような娘だ」
外見だけ淑やか、か。いい得て妙だとトマスは苦笑する。美しいシルバーヘア整った容姿。他人を信用させるにはうってつけの授かりものだった。そこに、商業貴族とも呼ばれるレブンきっての富豪、ベクブラーム家の財力が加わるとどうなるか。
「ええ。母は実家――ベクブラーム家――に舞い戻って親兄弟たちを動かしたはずです。お伺いしてませんでしたか?」
「来とったな。来とったが半時とおらずに飛び出していった。商家まわりにいくと」
「”商家まわり”で商家を説得してまわり。ガルモグ家を負債まみれにする段取りができたそうです」
「なんだと!?」
「ところで、試練のダンジョンには、ウィゲリーリ=ガルモグ殿も挑戦していたはずですね。弟に手を出していなければいいんですが……」
「手を出すに決まっているだろう。ウィゲリーリだぞ」
「口でも力でも勝てないでしょうね。ガルモグ家は、内と外から潰されます」
「……そうか。だが」
「ええ。いまとなっては、どうでもいい些細なことです」
ストライドのレベルアップしたスキル【速度 強化・弱化】【浮遊付与】を付与した二人は、春の綿毛のように自身の重さを感じない動きで、屋根から屋根を走って跳んだ。
「ブランさま。さきほどの揺れ、いかが見ますか?」
ストライドに問われたブランチェスの脳裏に浮かんだ人物は、たったひとりだ。
「……マスターが一時的に動かした。もしくは誰かがマスターの席についた」
「グルーム3男でしょうか」
言い当てられ、鼓動がどくんと波打つ。だがそうだろうか。彼である可能性は高いが、彼ではないと直感が告げる。試練のダンジョンに挑んだ顔ぶれは、兄の世代なのでよく知ってる。護衛も含め、癖あるメンバーが揃っているが、魔物を倒しながら、意地の悪いダンジョンを駆け上れるとは思い難い。戦闘力、想像力、ひねくれ具合。どれをとっても、彼を越える人間はいない。だからこそ彼の可能性は高いのだが。
「違うわね。テルアキならもっとこう……着いたわ」
目的地に到着した。少し前、サムロスとグーネが攻撃の足場としていた、グルーム屋敷をちんまりさせた家の屋根の上。会話も成立しない時間だった。
二人はすぐに塞いだ痕跡をみつける。
囮になるなら迷わずこの位置。ジャストポイントにするべきだが、敵に囲まれるリスク拡大する。適度に離れていれば、囮になれるし攻撃もできる。捕まるつもりはないブランチェスは、隣家の屋根へと跳び移った。分厚い”要塞”に、直径30センチくらいの体が通れる穴を【土魔法】でそろりと開ける。真上をうかがえばすっかり夜。100メートル上の天井には街灯が反射してやんわり明るい。
凧の動きがまるわかりだ。襲ってくる動きみせてない。危ない囮じゃなく安全に陽動ができる。敵を多く引き付けておくほど、グーネの遠距離攻撃の餌食が増えるのだ。
勢いよく穴から跳びだすと、見えていた景色が一変する。
カチャリ。冷えた金属音がして、硬いもの――鉄砲――が背中におしつけられた。
「誰や思えば、さっきのええ女やないか。こりゃあ運命の引き合わせじゃの」
オガサワラ地上部隊が待ち受けていたのだ。暗がりでも目立ちにくい黒い服をまとって、身を低くしていたのだ。その数およそ20人。それぞれ別の方角を向いていて、突入口を捜していたとわかる。密度が高いのは、さっきの家付近はとくに集中していた。突きつけてきたのは3人。
「ブランさまっ」
動かない異変に気づいたストライトは、ブランチェスを移動させ自分が盾になろと決心。【物体移動】をブランにかけようとしたが。
「私はいい。逃げなさい」
「誰かいんのか?潔ぎえぇの。気風のいい女は大好きだぜぃ」
「リーダー? 子供じゃないですか。ええ女いうからどんな別嬪さんて期待しちょったのに」
「おまんは節穴か。あと5年いや3年もたってみぃ。いやいまんまま十分やき」
「青少年保護法にふれまっせ」
「いまは戦時や。どさくさって言葉を知らんのか」
敵兵は、ふざけた掛け合いに花を咲かせながらも、長く重い鉄の棒は向けたまま動かさない。仕組みは見当さえつかないが、肝が冷える轟音で何かを撃ちだす弓矢のような武器と認識してる。伯爵が腕に受けた傷は深く【回復】を受けるまでは小指を曲げることさえ辛そうだった。ブランチェスに3丁が向けられる、いや左頭部に追加されて4丁となった。
「じっとしてしとけ。下のねーちゃんもや!! この穴ん中に火ぃぶち込んで、まとめて丸焼けにさすぞ!」
ブランチェスは心の底から自分の甘さをから呪った。冷静に見回すと、敵の数は20人どころではない。”要塞”の上だけで100人はいて、次から次へ、登ってくる人影が増えていく。ジタバタ縛りあげられてるのは、サムロスとグーネ。
「……万事休す……だわね」




