69 憂うつのリハード
王の城は取り囲まれていた。
ガモルク伯爵が指揮を奮った東の壁淵は、オガサワラ部隊の急襲により、あっけなく突破されたことが原因だ。
敵は老獪だった。レブンの東側に距離をあけて鎮座した大型シタデルは、大多数が見守るなか微動だにしないよう見えたのは、みせかけに過ぎなかった。夕暮れの光を背に、微かに、武芸の達人が足の指だけで間合いを詰めるように、時間をかけて、接近していたのだ。
レブンは戒厳令下。怠ったわけではないが、弓が届かぬのは敵も同じと思い込んでいたことは否めない。気がついたときには攻撃圏内に忍びこまれてりた。さらにはハングライダーによる陽動に気を逸らされてうち、見上げるばかりのオガサワラの上下左右の面攻撃が始まった。前線はなすすべなく崩壊。死傷者の山を築いてしまう。
レブンの国王リハード=レブンは、窓辺に腰かけると、敗戦のありさまを軽やかに嘆いてみせる。
「どうしようか。敵は目の前。こっちは散発的に抵抗はしてるが、もはや兵力としての体をなしてない。このままだと市民農民は蹂躙。慰み者にされて、よくて下級市民悪ければ奴隷としてこき使われる。キミたち貴族だって、権利はく奪は間違いないよ」
細く長いため息で言葉を区切り、おどけた調子で後を続ける。
「して。私はといえば敵の ―― 長の肩書は狩猟長。”ハンペイ”って言ったっけ ―― 手中に落ちる運命。敵の首領として首を斬り落とされ、オガサワラのレブン侵攻はめでたく達せしめられるってわけだ。ハハハっ!」
王城の会議室。主の自嘲のなか、重いため息につつまれていた。
20人がゆったり着席できる趣あるテーブルの中央には、降伏勧告書が散らかっていた。勝敗がついた後のレブンの取り扱いが12の条件で示された、事実上の勝利宣言である。
理路整然と並んだ文言は、オガサワラがいかに勝利に慣れているか、いかにシタデルを取り込んできたかをうかがわせた。シタデルはシタデルを取り込める。15階層あるレブン。その倍である30階のオガサワラ。これまで29度か、それに匹敵するシタデルを取り込んることは、一目みれば明かだ。
眼下の怒声が、沈黙する会議室に響きわたる。城の付近や中央街の道に溢れかえった敵兵らの怒鳴り声と、助けを乞う市民たちの悲鳴だ。ふりかざした武器で立てこもる店や家に押し込んでいくのを目の当たりにするリハード。助けの兵を送りこみたいが、城もすでに籠の鳥に近い。数えきれないハングライダー兵が威圧的に周回し、いつでも乗り込めると言わんばかりに爆音の兵器をひけらかす。戦線との連絡はとうに跡絶えた。まとまって動かせる戦力があるのかも怪しい。
「せ、せめて。レブンが動いてくれたりすれば……」
ハンパない場違い感を取り払おうとつぶやいのは、たネイサン=バサネス。行方をくらましてしまったスプラード公爵に代わりに連れてこられた。動かないものはどうしようもない。そもそも、先日までの40年のようにレブンが敵を察して動いていれば、こんな風に侵攻されることはなかった。
「リハード王。負けが確定したわけではございますまい。そう悲観的になられては」
「隠し玉があるのかなギガーマイト=ゲマインナー。そういえば、キミの息子モガーマイトは試練挑戦の真っ最中だったな。彼がマスターになりさえすれば、いまの悲惨な事態を打開できるなーんて言うつもりかな?」
衝撃音がして、テーブルの端に穴が増えた。旋回したハングライダーの攻撃。テーブルの下に慌てて潜る重鎮たち。窓辺に座った王は身をすくめる素振りをしただけだ。
「おまんらーッ! 回答はお早いほうがお得じゃぞ!」
「大切な大切なこん城を焼き落とされんかったらのぉ」
「そうじゃそうじゃ! うははははーっ」
3つのハングライダー兵による続けざまの警告。おごりではない実力。籠城開始から3時間と20分。オガサワラ本格侵攻から5時間と少し。初回からわずか8時間という経過時間。攻撃が電撃的かつ有効に行われたことの証左だ。
「ハンペイのいう通りじゃあ。己らの命運は終わっと……おわっ わあぁぁ~ぁぁ」
「タロサぁッ!」
「タロサが落とされた、あいつじゃ、ちまちま射かけやがって小娘らが」
足を射られバランスを崩し急降下するハングライダー。リハードは目を凝らし。すっかり暗くなり判別がつかなくなった西側の町をみやる。
「最後の抵抗をふっかけてるのは誰だ。誰か知ってる人は? はい新人君」
「西外淵の生き残りって連絡があったりしてます。旗頭はベクブラーム伯爵。指揮をとるのはわが友の妹ブランチェス=スプラード。主な兵はグルームだったりしてます」
「消えたスプラード公爵の娘か。たくましいものだ」
「き、消えたわけでは」
「消えたんだよそのほうがいい。信じられるかい。前線をひっかきまわした挙句、敵に包囲されて行方知れずだ。シタデルの責任を預かってる公爵の、大人のすることじゃない。レブンの最期に情けない花を添えたものだ。それにまたしてもグルームなんだね。ガルモグの陰謀にもめげないで、目を見張る功績を打ち建てていく。歴史が書き換えられなければ、レブン史にのこる活躍だね。もっとも以前、歴史を語り継ぐ者が息絶えてしまってるかもだけど。はははははー」
リハードはいかにも楽しいという風で、テーブルのひとりひとりを見据えながら、自虐の限度を越えてしまったように、大笑いする。いまや命もレブンも滅亡寸前。誰も目を合わそうとしない。
「うん……? これは」
足の裏に揺れを感じたリハードが外をみる。他の建物がわずかに動いてる。
「レブンが動いいておるぞ!」
「おお。マスターが復活したのか」
オガサワラさえ振り払ってくれれば、居残った兵が何千いようと、自兵で根気よく叩き倒すことは可能だ。どれほど蹂躙されようと、貴族が権力を失おうと、レブンが自権を確保しさえいれば、やりようはある。終末の会議室に希望が生まれた。重鎮たちは腰を椅子から浮かした。
「気せいじゃない……な? アリストの救世主が頂上に到達した……停止した?」
だが希望の時間は短かかった。揺れは5秒もなかったろう。重鎮たちは、いったんは立ち上がった椅子に、座りなおした。一様に背筋がまるく沈んだ姿。5歳ほど老け込んでしまってる。ひとりだけ座らなかったギガーマイトは、リハードとは別の窓へと寄ると体を乗り出す。角度的にどうにか見える試練の塔を、その目で確かめようと。
「息子の活躍はおしまいかなギガーマイト。文字を上級貴族独占にし、スキルゲットの機会を奪い、都合よく同調したガルモグが、グルームを生贄にして下級貴族の成り上がりを暗に押さえつけた。キミの家が長年権力をふるって、レブンの戦力を散々にした成果、未来がこれだね」
「私は、息子のモガーマイトは、やれるのだ。マスターとなりレブンに礎を築く。それが我が家の夢。モガーマイトはまだやれる」
「お守を連れてマスター試験か。それは実力と胸を張れるものなのかい。まあ形はどうあれお家が安泰すればキミらの先祖もさぞかし鼻が高かろう。代わりに誉めてあげようか。こんな状況なので楯やトロフィーは免除になるが」
「言ってるがよい!」
ギガーマイトは会議室を跳びだし、向かったのは試練の塔。だが城の外は敵の支配地域。正門を破ろうとする猛攻を、兵たちは、死傷者を抱えながら必死に持ちこたえていた。
「塔にいかねばならない。門を開けよ」
「大領主さま。いかなあなたのご命令でも、こればかりは従えません!」
「なにおう。わしが出ると言ってるのだ。門を開けないか!」
「レブンに留めを刺すおつもりか! 開けません!」
外にだせと騒ぎたてるなか、一塵の風が舞い、兵らは目をつむらせた。強烈な風が止んだそこに、初老の男が片膝をつけていた。
「お屋形様」
「ガギロン! ガギロン=バーザダー 貴様はモガーマイトの護衛としてダンジョンにいたのではないか。モガーマイトはいかがした」
「15階を見事突破なされ、階上へとお行きなられました」
「そうか。マスターになったということか。それならばなぜ貴様はここにおる?」
「恥ずかしながら転生陣におしつけられまして。ご報告に上がったしだいです」
「転移陣におしつけられた? して、モガーマイトは」
「も、門が破られる!」
門の防衛に当たっていた人手が、ギガーマイトの混乱によって間接的に減少。守備兵は、オガサワラ部隊の門やぶりをこらえられなくなったのだ。
雪崩うって攻め入るオガサワラ兵。鉄砲の前に守備隊はひとたまりもなく、倒れていく。
「モガーマイト……もが-あああああ」
「んあ? たわいもない老人じゃな。こんなんがレブンの最終防衛かい」
ギガーマイトは敵の剣にあっけなく殺された。
侵入してくるオガサワラ兵。
手に触るものを奪い殺し、城の中へ突入。上へ上へを階段を上がっていく。もはや停めるものはいない。




