71 新稼働
王城の会議室では、勝者の熱気と敗者の諦めとが交差していた。
「オガサワラ若集でこん戦いの代表しとる。ハンペイいうがじゃよろしゅうな。こっちやオトメじゃ」
「ハンペイ。皆さんよろしゅうしたくないツラんなっとるで。怖い顔しまっときや」
「よろしゅうないのは、負けたせいじゃ。怖いわしの顔せいとちゃう。って、なに言わすんじゃ!」
オガサワラ側は、ハンペイ、オトメ、護衛と合わせて15人。護衛の腰には剣、背には2連銃、ほかにナイフや弓など手前勝手に武器を携行する。扉が解放されてるのは、廊下に座り込んでる兵らにも会議の内容を聞かせるため。逃げ道を塞いでると知らしめ威嚇の意味もあるものの、直径1キロの街で永劫の逃亡などできようもない。
レブン側でリハードと共に残っていたのは側近と3人の重鎮。それと、お暇し損ねたネイサン=バサネスで合わせて6人。消えた重鎮らも逃亡したのではない。すでに確定してる戦後処理より心配な屋敷や自領にもどったのだ。
席を外したリハードは侍女のいないティーセットへ。自分のぶんだけお茶を淹れる。ゆっくりと時間をかける。喉が渇いてないかとは訊かない。ポットの湯はとっくに冷めて、間の抜けた水になっていた。
「リハード=レブンだ。名が示す通りレブンの王様ということになってる。傀儡だがね」
眉間にしわを寄せてひと口すすって、ふて腐れるようにつぶやいた。レブンじゃ茶もださないのか。オガサワラに言い分があるが、あまりにも不味そうで、ツッコみもひっこむ。
「ふっはっは。自分で傀儡いうヤツ、そうはおらんど。お主おもろいなぁ」
「事実だよ。生活圏の実権を握ってるのは大領主だ。もっともいましがた、君たちの手でお亡くなり遊ばしたがね」
「貴様っ!」
相手の機嫌ひとつで命が消しとぶ状況下で軽い皮肉で、わざわざ危険水域に踏み込むリハード。引鉄をひこうとした血の気の多い兵が、ハンペイのひと睨みで停まる。
はらはら見守る側近。いまにも泡を吹いて倒れそうな重鎮ら。キリキリするやり取りの会議室だった。国運の経験ゼロのネイサンだけは、わくわくドキドキ観戦していた。
「ご愁傷様じゃが困ったの。王は傀儡で実力者は戦死かや。わしらはどこのどなたと交渉すればええんじゃ?」
交渉というのなら、ひとりでも多くの市民を救ってほしい。その本音をリハードは不味い紅茶で飲み流した。降伏勧告書の12の条件のひとつに、一般市民への虐待や隷属化はしないと明文してある。窓からはいる音には虐殺のニオイは混じってないが、温情がどこまで護られるかは敵の胸3寸だ。
蒸し返すと気の変わる人間はいる。笑顔を絶やさないこの二人が、そういう類でない保証はない。重ねて確かめることが、かえって藪をつついてしまう危険は慎むべきだ。王としての最期の務め。敵の悪感情を受けるのはひとりでいい。
「好きにすれば」
「好きにして、ええんか」
「キミたちが見事に粉砕したもんだからレブンはもう国の体をなしてない。戦闘がはじまって3時間とすこし。弱すぎる我が国も問題だが、電撃的っていうのかな。手際の良さに脱帽しかない。私は勝利の見せしめになっても文句はいわないよ。だから好きにすればいい」
回し読みで折れ曲がった降伏勧告書を眺めるリハード。それを見つめるハンペイは顎に手をあててじっと動かない。ダンジョンの暗がりの奥の奥を探ろうとする試練者のように、自分を分析しているのだと、リハードは無気力をまとって見つめ返した。冷徹な分析の応酬。彼我の戦力差、掌握した施設、敵の死傷者数および投降人数。
10分前にはたがいの斥候が、ゲリラ戦で抵抗していた部隊が投降したという報告が、上がってる。隠し玉があたっとしても、もはやオガサワラの勝利は動かないと、リハードは結論つけてるし、ハンペイも同様なのだろう。事実、町といわず村といわず、動いてる人間はオガサワラ人だけという状況なのだ。
ハンペイの手が動いた。降伏勧告書に異論はないなと念を押して自らサイン。リハードも受け取ったペンでサインした。心中で大きく息を吐いた。王レベルの交渉は、終わったのだ。
「あとはマスターじゃ。シタデル攻略の肝じゃの」
「そじゃね。マスターはどこさ王陛下さん? ふつう、奥底の安全な部屋におるもんじゃけど?」
「上だよ上。レブンの最上階。いるとすればマスターはそこだ」
誰がみてもリラックスしたリハードが、ひとさし指で上を示す。
「上ぇ?散々飛び回ったが天辺はつるつるのぴかぴかじゃ。なんもなかったで」
「いるとすればって、へんな言い回しするんやね。どんな人かおしえてくれんかね」
「マスターの人物像か。ブレーンに意見を求めてもかまわないかな?」
言いながらリハードは、ハンペイからネイサンへと、力を込めた視線を移した。ハンペイは、どんなブレーンとぎょろりとネイサンを見据えて、オトメもそれに倣う。釣られて兵や重鎮たちも注視。会議室の目という目が、ネイサンひとりに浴びせられた。
油断していたネイサンの立場は一転。歴史の一コマをゆるり観劇が、抜き打ち的な熱視の的に、背筋が冷却した。毛穴という毛穴は開いてるのに呼吸ができない感覚に陥る。
「キミの意見をきいてみたい。ネイサン」
リハードがいじわるく笑う。急転に耳がキーンと遠くなるが、王の策略と気づき、少しだけ冷静さを取り戻した。引きこもりたくなる意志に鞭うって、ありったけのポジティブをかきあつめる。
「お、オガサワラの方はご存知なかったりするでしょうが、数日前よりマスターは仕事をしてなかったりしてます。何らかの事情で動かせないようです。マスターを決める試練がこんなタイミングだったのは、なにかの因果だったりするのでしょうか」
スキル取得が主な目的とか、5階、10階、15階からは出られるとか、今年はとくに死傷者が続出してるとか。付け加えたい山ほどをバッサリ省き、要点を絞った。
「マスターを決める試練だったりする……あ、いや。偉い人がなるん違うんか」
「オガサワラは選挙に当選した爺さんがなるんやけど。興味深いちゃ」
「せんきょ? 失礼ながら頭の固まった爺さんが、シタデルを動かせたりするんですか」
「そこは、若いブレーンをこき使ってる。うちらもそのメンバーなんやで」
オトメはえへんと胸を張った。誇らしい地位のようだ。
「オトメあとや。姉ちゃんとやら。続けろや」
姉ちゃんて。ネイサンは、昨日までのマスターは不在と仮定し、試練の塔にいるのは誰か。死んでる可能性は排除のうえ、戻ってきた人間を差し引いて確実にいる人間を並べる。リハードはそっぽを向いた。4人の名をあげていく。
「挑戦するのは15歳の上級貴族。慣例で護衛をつけたりします。いま潜ってたりするのは、我が親友のリーデンタット=スプラード。大領主の息子、モガーマイト=ゲマインナー。上昇志向が際立つ、アディラ=ビェズル。家の因習に囚われてる、ウィゲリーリ=ガモルク。ほか1名です」
「なんやほか1名て。気になるやろ」
「言いにくかったりするのですが、5歳の男の子です」
ウィゲリーリ=ガモルク陰謀によって5歳の男児が半ば投獄された。だとは誠に言いにくい。
「曰くありってとこか。家の因習とやらのゲーゲー絡みかや」
「鋭いですね。僕の考えるところですが、マスターに登る可能性が高いのは……」
「高いのは? 気を持たす男やな ……んの…… 勘違いか?」
ネイサンが一番ありそうな人物を思い浮かべたときだ。ぐらりと、地面が動いたのだ。
シタデルの世界に地震という言葉はない。地面が動いた。それはシタデルが動いたと同義語だ。
「動いてるで。ハンペイ! レブン動き出した」
その場にいた誰もが身を硬くした。そして考えた。あらゆる可能性を。ついさっき。1時間ほど前にも揺れがおこった。でもそれは期待が沸き起こるより先に、微動だにしなくなった。お預けを食らった、意気をくじかれた空虚さが、レブン人の心中に漂ったのだが。今度のは。
リハードが落ちそうになくらい窓から身を乗り出し、一瞬も見逃さないとばかりに、目を個凝らす。
レブンは動きを止めなかった。ゆっくり。ゆっくり。接淵するオガサワラとの隙間が開いていく。臨時に架けた10もの渡り橋は次々と、留め金が外れ、ロープが千切れる。渡ってる最中の兵士が慌てふためき、どちらかのシタデルへ急ぐ。
戻ろうとするものと進もうとするものがぶつかり、落ちかけの橋から足を踏み外す。藁おも掴もうとする手が宙をきる。悲鳴。遥かなる見えない下方1000mの地へと落下していく。
「逃げるんか……ちょ待い! ま、まマスターと話はでけんのかっ!?」
胸倉をつかんでくるハンペイ瞳を、リハードは真正面から見返した。
王のみに許されたマスターとの連絡手段は、棚において、告げる。
「レブンではマスターと行政は不可侵。連絡がとれるなら私こそおしえて欲しいね」
「そのウソ、ホンマかや」
「ホンマはほんまや」
部下が、阿吽でハングライダーを差し出す。
「……くそがっ オトメいくで」
「わかり。交渉は後や。ここから動くなや! あんたら見張っとき!」
ハンペイは自分のハーネスにベルトを固定。セールが開くのも待たず、窓からダイブした。折り畳まれたセールが風をとらえ、バシッと快適な音を鳴らして三角の凧になる。落下の空気を完全につかむと、レブンの外まで跳びだした。すぐにオトメが追いかける。
ハンペイと随伴するオトメ。二つのハングライダーはきれいな弧を描いてレブンの柱をくるりとまき、オガサワラへと曲進。命を顧みずに危険な空へ舞い飛ぶ姿に、リハードが惚れ惚れとつぶやいた。
「あれこそが本物の指導者なんだろうな」
落ちてしまった仲間は救えない。だが落ちそうな連中がまだいる。縄もってこい! 掴まれるならなんでもじゃ! 淵で、助けることもできずに手をこまねいてヤツに、ハッパをかけ。受け取った縄を輪にして投げたり、宙を駆け巡る。
その間もレブンは稼働する。30メートルほど離れると、直線的だったベクトルが変異する。過去の挙動から誰しも逃走と決め込んでいたレブンの運動方向は、円運動に切替わった。ゆっくりゆっくりゆっくりだが。右まわりの紛れもない回転。
土魔法で閉ざされて地下のようになってしまった暗いグルーム領。
リーダーと呼ばれた西淵政略の若長は、旗頭のワーゲルト=ベクブラーム伯爵とブランチェス=スプラードに、銃を突きつける。いましがた武装解除した最期の抵抗勢力に、最期通告を突きつけていた。
「こんで全部かや? オンナ子供としより。ふびんゆうて匿ったりしよったら、後でおもろない目にあわずで。わしは年齢性別で差別せん主義や」
「さすがリーダーじゃ。極悪非道に痛めつけるんやな?」
「せや、極悪非道に……誰がや! こないな平和主義ほかにおらんで。なぁブランチェスちゃん?」
ブランチェスは、甘い言葉で敵を懐柔する……という腹芸はない。
プイッとあからさまに横を向いた。
「おりよ?」
「がっはっは。フラレタフラレタ、リーダーフラレタ、イデデデ」
「おまん……戦場の敵が正面だけ思ったら、命おとすで」
「わぁった! ごめんちゃ」
「見たか!? わしは悪を許さん主義じゃ。負けたヤツは悪。戦場じゃ勝ったやつだけが正義を語れるんじゃ。わかったら……ん?」
レブンが動いた。直線敵に西側へ。それからゆっくりと円を描きはじめた。
「この動きは……」と、トマスが何かに気づいた。目が合ったサンガリが微かにうなずく。
円運動。微動になることはあっても決して動きは止めず静止なき軌道を描く。防御はは攻撃に、攻撃は防御に。円は縦横自在に攻防する。
トマスは小さく短い、だがしっかりした声で、レブンの仲間へと叫んだ。
「なにかにつかまれ! 星動剣だ!」




