68 オガサワラ隊の侵攻
「16:48伝令! 敵シタデルによる、特攻! 東より侵入を、ゆ、許しました!!」
伝令が、外淵壁の階段を駆け上りながら、登りきるのがもどかしく叫んだ。あらい息で途切れがちの急報は、限界を越えた勢いで駆けてきたことイヤでもわかった。
「侵攻を許しただと!」
「ち、中央防衛を任された、の、ノグルサフ子爵が応援に、む、向かって……ます。急ぎ次へ……」
前のめりに絶え絶えに突っ伏した伝令は、そのまま立ち上がれない。それでも隣の部隊へいこうとするのを、ベクブラーム伯爵は押しとめた。
「動くな、代わりをだす。誰か!」
「自分が」
足に自信のある若者が、急使に名乗り出走りゆく。ブランチェスが絶え絶えの伝令にカエルカバンにあった水を飲ませて介抱する。
「東の指揮はガモルク伯爵だったな。突破されるとは……弓隊はなにをしてたんだ」
「伯爵さま、応援はいかがなさいますか」
伝令が告げた敵シタデルの侵攻。あたりの兵の耳もちろん届く耳にはいらないはずがない。兵から兵へ、たちまちのうちに伝搬する急報は、隣の部隊に急使が到着するころには、レブン中の兵が知ることだろう。最年少の15歳から戦闘に耐えられる35歳の兵らの心が浮足立つ。変哲のない空を眺めるのに、とっくに飽きてたのだ。
「応援はやらん。動かんよ。敵の戦術はわかっていないのだ動けんといったほうがいい」
自明である。伝令は作戦の変更をしらせたわけではなく、おいそれと、変えられるものではない。戦況は刻々と変化していくのも、周知だが、事態が好転あるいは暗転するたび、方針を変えていては混乱を招くだけ。戦列の指揮はまかせれてるが、それゆえ、慎重にうごかさなければならない。自明であるが血気に逸る兵は落胆した。
不敵な笑顔をつくったロブラール=スプラードは、石の地べたに腰をおろす。
「暢気なことだな。ベクブラーム伯爵ともあろう者が怖じ気いたのか」
「なあ?」と、いまにも握った槍をぶん回しそうな若者に、水をむけた。同意を求められた若い兵は、おさえきれない武者震いで、つぶれんばかの声を、ハイっと張り上げる。隣の男も、右へならえとばかりに、同感ですっと続いた。それが皮きり。次から次へ、はい、同感、行くぜっ と声が連続していく。敵を殺せっ と物騒なかけ声も。
「やめないか!」
ベクブラームが怒鳴りつけ、かけ声の連鎖は止まったが、黙り込んだ兵たちの目には、攻撃的な光りが宿っていた。いつまで待たせるつもりだよ。光は語っている。
「兵を焚きつけるのはおやめくださいスプラード公! 短絡的行動は慎むべしと言ってるのですよ私は」
「焚きつけるなというか。かの名将ソーンバイナーは言った。”急襲と猛攻はあらゆる防御を打ち破る”。戦と速さだ。防御の暇も与えない早さこそ勝利をもぎ取る楔なのだ」
「名将の言葉には続きがありますぞ。”確とした我彼の情報をもって攻めよ”と。いたずらな突進は……」
「もうよい」
いい加減にしてくれと手をふったロブラール。降ろした腰をあげ、パンパンと埃をはらった。
「時は満ちたぞ兵士諸君! いまが戦いの幕開けだ! 敵を蹴散らせ! 我がレブンに仕掛けてきたことを後悔させてやろではないか!!」
居並ぶ兵たちにむかって、おもむろに右の拳を頭上高くあげたのだ。
「戦えるのか!」
「いよいよだ」
ベクブラーム伯爵はじめ、ここにいる誰もが、戦争というものを体験したことがない。試練のダンジョンに一度挑戦しただけの者たちがいるていど。そこには、ロブラールも含まれる。吟遊詩人が物語る戦争にはロマンがあった。戦う男たち、故郷を守る英雄。そこには、若い血をたぎらせるだけの魅力が内在していた。
それはもうすぐ、そこに迫っている。英雄になるチャンス。自らの力を顕示し、物語の主人公となるまたとない機会がやってくるのだ。ロブラールの煽りの言葉は、兵の心をとらえ、またたくまに拡がった。
「お父様……なんということを……みんなやめて!」
自分も死にかけ、近頃、人の死をやたらと目にするブランチェスだけに、死はいつでもそこにあることを、よく知っている。
「ちがうの! これはお父様が勝手にやってることだわ。ねえ聞いて! ねえ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
だが、空気を揺らした怒号は、ブランの叫びはかき消した。
自らを強い男と称するロブラール=スプラードの暴走という危惧は、現実となってしまった。なにが俺の傘下にはいる、だ。ベクブラームは毒づきたくなった。だが、隊列の瓦解を放置するわけにはいかない。まだ間に合うと、己にカツをいれる。いらだちながら、体を張る。武器を掲げ、東の戦線へと動だした猛り狂う兵たちを押しとめる。
「だめだ! 戦況はわかっていない。せめて、次の伝令がくるまで待て! 少しは事態が把握でき……」
言えたのはそこまでだった。大勢が雪崩をうって壁の階段を降りていく。5メートルほどの、家屋なら2階ほどある下り階段を、我先に、戦果をあげろと口々に叫んだ兵らが、駆け下りていく。もう誰の声も届かない。
戦う前に瓦解した部隊を呆然と見送るベクブラーム。先頭のロブラール=スプラードに付き従った連中に演習で培った隊列は欠片もみあたらない。ひたすら戦いを欲するだけの暴徒だった。
「半数以上が、、。?……ぐあぁぁぁ」
突然、衝撃を感じた。熱い液体。ベクブラームを、何か熱いものが肩を貫いた。遅れてやってきた強い痛みに、初めて体験する神経という神経をを逆なでする苦痛に体の力が抜け、崩れ落ちる。
「……わ、私の身体になにが」
「御屋形様。背後です、空から敵が攻めてきました!」
側近が告げる。
「そら? 空だと。なにも……」
「あれはなに? 鳥ではないわ」
陽はほとんど落ち、空は暗さを増し始めた。暗がりに溶けこみ迫りくる、黒い三角をした大きな何か。大鷲よりも大きく羽根がない。数は3、5、7、10……20はある。
「糸のない凧? いえ……まさか、人だわ。人が乗ってる」
「やっほー! 北の諸君! なんじゃ背中みせとんの。機嫌はどうじゃき?」
ルミナスがいたなら、ハングライダーと言い当てたろう。闇の中風をつかんで滑空する攻撃隊は、聞きなれない言葉でまくしたてた。
「北ちがう。こっちは西じゃいうたろが」
「太陽は沈んじゃなかろが。なのに西じゃいう。わけわからん」
「レブンじゃ方角と向きがちごうのじゃ。親方がゆうたろ」
「そやったか。あほなシタデルじゃの。ま、どっちでもええ。わしらは良え図を描くだけじゃ!」
「ほんじゃの。じゃもって己れら進軍じゃ。鉄砲全弾討ち尽くすんじゃな」
「そうじゃ。みみっちく残したらハンペイが怒るき」
「オトメのほうがおっかないぜよ」
「ほんにほんに。」
「がっはっは。笑わせんの反則じゃ」
「んじゃ、いくぜよーー」
「ぬおっしゃああぁぃ!」
先陣を斬った男は、紐で吊るした長い鉄の棒を握りしめた。パッと光った。瞬間、兵の一人が前のめりに倒れる。少し遅れて爆音だ。これまで一度も聞いたことのない大きな破裂音が届いた。反射的に耳をふさいだブランチェスたち。
「ぶ、武器なの? あれが?」
「弓じゃないですが飛び道具です。東の外淵も摩訶不思議なあれに突破されたとか。ベクブラーム伯爵に当たったのも」
そんなブランチェスと伝令の会話を、ベクブラーム伯爵がさえぎった。
「説明はいい、次が来る!」
離脱した先陣に続いたハングライダーの男たちが、吊るした2丁の鉄砲の引鉄をひく。銃身が2つある後込式の水平二連銃が2丁ずつ。滑空で弾の装填はできないが計4発の弾。20人の飛行中隊は、隊長を頂点に編隊を横一列にし、事態についていけないベクブラーム伯爵の残存兵に撃ちかかる。
「がっ」
「なにがッ」
「アガーツ! アガーツ!」
20発の断続射撃。煙は後ろに残し、音を周囲にまき散らして、ハングライダー隊は整然と空を流れる。
「もいっかいや! 撃ったらレブンに踊りこめ! 先行しちょる奴らの援護じゃ」
「うっしゃあ!」
旋回した部隊が再度の特攻。先頭をいくリーダーは腰に手をやり、ラチェットを確認する。
男らだけのレブン部隊の中に、場違いな娘をみつけた。
「ええ娘発見! あれわしの獲物じゃき手ぇだすなや。その娘! 動くなやーーー!!」
「出たで、リーダーの女好き」
「うあーはっはっは、なぬ?」
「【ウォーターウォール】!」
ブランチェスは【水魔法】で、10×10メートルの壁を造った。発射された弾は水壁に直撃。完全停止とはいかないが、壁で勢いを削がれた弾は、通過後、放物線を描いて落下した。
「なんじゃあ!?」
「なんだ」
リーダーと、ベクブラーム伯爵が同じ疑問をなげかける。
「ありふれた植物スキルです」
「なんだって? 私の知ってる水スキルは飲み水や作物育成の補助だ。防御なんて」
「攻撃だってできますわ。お父様が石頭でなければみんなに配れたものを。また来たわ。【植物魔法】1」
間髪いれずに【植物魔法:カギカズラ】を展開する。
「水の壁や。横からいけ。衝突アホは、すなよ」
苔すら生えてないない硬い石に繁茂した蔓は、ブランを護って、絨毯のように広がる。茎にある数センチごとの鉤状棘は、引っかかり拠り所を求め、空中へも延びていく。
「ほいさっ。横っとな…… 蔦がおんど!」
「ほんまや! 水に蔦にと、まるでオガサワラの裏やないか」
「スキルっちゅーやつや、レブンは奇怪な術をつかうちいうたろ。あの娘や」
「アイツを倒さんとここは抜けんちゅーこつか」
「おまんら頭冷やせ。敵につきあってやるこつはないんじゃ。上みいや。上を抜け」
「うえー?」
壁に並んでる兵はいるが、あくまでレブンの地上部隊。暮らす地面から天井までは100メートルという、それはそれは高い隙間がある。
「そやの。娘はあとにすっか。とにかく中に入るが優先じゃ。各個いくがじゃ」
隊列を崩したオガサワラのハングライダー部隊は、おのおの自由飛行で、レブンの壁の遥か上を超えていく。見送ることしかできないブランチェスは、歯ぎしりして悔しがる。
「ストライト?【物体移動】でアイツらまで跳べないかしら。それとも、か【浮遊付与】で、落とせない?」
「無理ですよどちらも高さに限りがあります。凧兵たちは侵入した敵と合流するつもりのようです。先回りしましょう」
ロブラールが興した戦闘志願者は消えたが、参加せず、むしろ冷ややかに見送った兵もそれなりにあった。ベクブラーム伯爵直属の騎士、遅れたトマスが情報を伝えたばかりのグルーム家。彼らを見渡すベクブラーム。ブランチェスの目がかち合った。
「いきましょうベクブラーム伯爵。父のことはどれほど謝っても許されることではありません。ですが今は」
「このままでじゃレブンが負ける。我々の故郷がだ。しかしキミは……父上より頼りになるな」
「そうでしょうか。もしそうならそれは」
ブランチェスは、グルーム家の面々を見やった。トマスにサンガリ。レリアにフレッド。迷いの森で共闘した体格のいい【盾】サムロスに、弓遣いグーネもいる。ここにいない一人の”小バカする笑い顔”を思い浮かべる。
戦略や作戦なんてものはわからないが、戦術と戦闘ならどうにかわかる。




