67 西の外淵
レブン・シタデルの外淵はレブンの外周のことで、2階建て住宅ほどある石でできた堤防だ。ゆるい内向きの彎曲を描いて、直径1キロのレブンの円を形造る。外淵の上は大人2人が通れる通路になっている。その外辺の高さは150センチ。本当の意味で最後の縁は、厚さ50センチの石でできた最終防壁だ。その先にあるのは、空だけだ。
外淵には、上級貴族を長とした兵列ができあがっていた。ぐるりと全周、まさに360度。周囲3140メートルを、演習と寸分たがわぬ迎撃態勢で、戦闘人口の大半がいかつい武装で待機していた。
王からは伝令が、大人4人が並んで登れる階段を駆け上がって、居並ぶ臨時兵たちの中に突入した。待ち構える人物をみつけるなり、片足をついて折り敷く。
「16:30発信の伝令! 敵シタデルの位置は現在2時の方角とのこと!」
ベクブラーム伯爵は、強風にあおられる髪をおさえつけながら、重々しくうなずいた。
「ごくろう。ほぼ反対側だな」
”西の外淵”は、マスターのおわす天井を支える12本の柱のうち真西側――つまり9時の方向――にある。
「こちらの戦況は”変化なし”だ」
「西方面。戦況に変化なし。了解!」
復唱して伝令は去った。次が到着するのは30分後。全ての情報は、王のいる中央に集められる。正誤と信憑性を精査したうえで、情報と命令を伝える。伝令は東西北南に同時に送られ、時計回りに各長に情報を提供しながら、新たな情報もかき集める。
レブンの外は、あいかわらず、見渡す限りの空。眼下に低い雲があるだけで、水平の視界を遮るもの見当たらない。高さで肩を並べられるかもしれないのは、数キロ先にある山くらいか。
太陽の傾きは、夕の時刻にさしかかっている。空も山も、紅みはじめていた。オガサワラの、宣戦布告もない突如の戦闘行為から、90分あまり過ぎた。レブンの倍はある巨大なシタデルは、矢の届かない距離を保ちながら、レブンのまわりを歩きまわるばかり。山賊みたいな強硬なさや当てと比べ、これは獲物を品定めする狩人にみつめられているかのような、不気味な時間だった。
指揮をとる上級貴族は、とうぜんながらその地に暮らす。地域は同時に防衛拠点そのもの。防衛イコール自分たちの町を守ることにほかならない。それは上級貴族だけでなく、下級貴族、農業を営む領民。つまりレブン全体にあてはまる。
下級貴族には、子爵と男爵の身分がある。上下関係はぼぼのない。子爵は東側、男爵は西側にあるという、配置状の爵名だ。子爵男爵ともに、上級貴族の指揮のもと、一丸となって、王より預かった”地元”を死守する。
貴族は以下のように配置されていた。
王都
統括指揮 リハード=レブン
ゲマインナー公爵
スプラード公爵
中央防衛
指揮 ビェルズ伯爵
ノグルサフ子爵
北部防衛
バサネス伯爵
ニルモーク子爵
ミワレンス男爵
西部防衛
指揮 ベクブラーム伯爵
メッサージュ男爵
グルーム男爵
マブセット男爵
東部防衛
指揮 ガモルク伯爵
ナルソス子爵
ヌーデルト子爵
南部防衛
指揮 ブンバーン伯爵
ネコースク子爵
ムーダリア男爵
刻々と移り変わる戦況。西側を指揮する上級貴族、ベクブラーム伯爵家の元には、それぞれの家か出向いた成人前の少年たちが、指令を持ち帰ろうと待機していた。トマス=グルームもその中にいた。
「メッサージュ、マブセット、グルーム。みな聞いたな? ”対淵の災”ではないが戦況に変化があるまで現状で待機だ。戻って男爵に伝えろ」
「承知しましたっ!」
メッサージュ家の長男、マブセット家の次男、それにトマスが、若々しく返答する。皆、ほかに男兄弟がいる。トマス以外は熾烈な跡目争いの最中。自分を認めさせ、爵位を継ごうと躍起になっていた。それぞれ自陣へ急ぐべく立った。自陣といっても100メートルと離れていない。早歩きでも3分かからず着けるほどだが、父サンガリには急いで報告したい。
「トマス=グルームは残れ」
「え?……はい」
階段を降りようと足をかけたところで、トマスは呼び止められた。「お先に」と言って、メッサージュとマブセットの二人は、壁の階段を降りていく。
「トマス。お悔やみを言わせてもらいたい。先だっての訃報は哀しい出来事だった」
「そのことでしたか。お心を痛めさせ、恐縮するばかりです。しかし、あれは弟の不心得が招いたことで、自滅です。当家ではそう納得をしています」
「納得か。強いのだな。だが、いまなお、妹と弟たちが難に遭っているではないか。ガルモグ家の不況を買った祖先のせいとはいえ……不憫にすぎる」
ローランの父である彼は、血はつながないものの、トマスの祖父にあたる。
ベクブラーム伯爵は、息をつくのもツラそうに、うなだれた。まるで、レリアたち3人が、帰らぬ人になったと決めているように。普通の人はそう考えるんだなと、トマスは、妹弟たちの能天気な表情を思い浮かべた。
「ガルモグの罠ということになってますが……ふふ」
「なにか可笑しいのか?」
そのとき背後歩哨から報せが入った。前線を謁見したいという、王城からの訪問者がきたというのだ。ベクブラームを越える上級貴族であるとのこと。断ることはできない。この非常時に悠長なことだと、トマスは思った。ベクブラームも目に虫でも入ったように、しかめ面だ。
「呼び止めておいてスマンが」
「……いえ。失礼します」
去ったトマスと入れ替わるように、フハハハと高笑いで現れたのは、ロブラール=スプラード公爵。ブランチェスの父親、であった。高所の外淵ゆえの強風を頬に受けながら、精悍な目を、子供みたい輝かせる。
「うむ。よき戦日和だ! これぞ男のロマン。逃げるだけの40年の鬱屈。いざここで、解放してみようぞ!」
「スプラード公爵さま。よくぞお出で下さりました。ですが外淵は危険です。いつ戦火にまみれてもおかしくありません。中央に戻られ、そこで戦況全体の指揮をとられてはいかがですかな」
スプラード公爵は、ゲマインナー公爵とともに、統括指揮のリハード=レブンを補佐するはずである。本来、前線に出てくる人間ではない。なにより、ベクブラームにとって、自分より上位の者がいるのは困る。指揮をするにあたって、なにかしら影響がないともいえないのだ。はっきり言えば邪魔だった。
だが遠回しの提言。もっといえば苦言は、ロブラールには通じなかった。
「執務室にこもって、王と一緒に震えておれってか? バカをいえ。敵が見えてこそ、外にいてこそ戦況がわかるのだ。ここから伝令を送って指揮をとればいい。ハミルスもそう思うだろ?」
騎士ハミルス=シンプレッドが、上腕二頭筋を動かし、「は」と同意する。野性味を誇示したい。力ある男であるのだと自分に酔いしれたい。ロブラール=スプラードはそういう人物なのだ。前線で戦いたいってんなら、敵が見える東側へ行けばいいだろうが。
「しかしですな」
「うむ、貴公が困るか。では私が貴公の指揮下にはいる、というのではどうかな? 名案であろう。双方の顔がたつというものだ」
「……」
自分を武闘派であると公言するスプラード公爵である。死地こそ我が晴れ舞台とばかりに、聞く耳をもたない。ベクブラームは自分の部下らに、こいつの言ってる意味がわかるか? と首を斬り裂くマネをした。部下らは片手で口を抑えこんで、ぷっと噴き出すのを、こらえたが、肩がぷるぷる震えている。
「西方司令殿! 面会です」
「今度は誰だ?」
また、背後歩哨からの報せだ。ベクブラームはうんざりした。状況はすでに、平時ではなく戦時中なのだ。運ばれてくる日常は、緊張と期待とでピリピリしてる戦士らの気持ちをゆるませる。
「スプラード公爵様のお嬢様です。公爵様に面会を求めておられます」
「通して差し上げろ。先客万来ですな」
ピンクストレートヘアの小柄なお嬢様が、歩哨に案内されて登ってきた。渋い茶色の、ぶ厚い革製のジャケットとパンツ左にブロードソード、右のポケットに枝切り鋏、頭には蔓編みの兜だ。女性騎士を従えたブランチェスは、父ロブラールより、実戦向きのいで立ちだったが、戦士らの目じりがつい下がる。
父親に激励か。やれやれと心中毒づくベクブラームに、彼女は目礼する。それからいきなり、父親にむかって忠言した。
「お父様。いくら戦いの風を味わいたいからって、無茶をいうものではありませんわ。ベクブラーム伯爵がお困りなのが、わからないのでしょうか」
品位と節度を保ちつつも、核心を突いた言葉。透き通った声が心地よい。ベクブラームは、思わずうなずきそうになるのを、咳払いでごまかした。
「つまらぬことを。女が、男の事情に口をはさむものではない!」
「女も男も関係ありませんわ。スプラード無理を通す家柄だと噂を広げたいわけではありませんでしょう?」
「聞こえぬのか口をはさむな! そんな些事より。リーデンタットだ。無事だったのか」
「些事……お父様……はい」
「ならば良い。もう用はない。お前は屋敷へ帰って私の無事を祈っておけ」
「帰りませんわ。私だって戦えるのです。スキルオーブをもってきました。強力なスキルです。これをみなさまに配って」
妙な模様のカバンから、一つかみある丸いものをつかみ出して見せた。不思議な色合いの球体。ベクブラームは見たのことがない遺物に目を丸くした。スキルオーブだという。話が本当なら、自らが持つ【土魔法】スキルの正体を見た思いだ。
「スキルの……オーブ?」
「はい。スキルは複数、いくつでも持つことができます。下級貴族や農民兵もスキル持ちでなれます。これで戦力を増強すれば、敵シタデルなど簡単に追い返せますわ」
「ふんッ」
鼻息も荒く、スキルオーブを掌に載せて父に献上する。ロブラールは無造作に取りあげた。そして、レブンの外に放り投げてしまった。息を飲むブランチェス。事実はどうあれ、娘がよかれと持ってくた物をゴミのように捨てたのだ。公爵が、想像以上に人の意見に耳を貸さない人物であることに、ベクブラームは驚愕した。
「なにをなさるのですか!? テルアキがみんなのためにくれたオーブを!」
「愚か者めがっ!」
ロブラールは腕に取りすがる娘を突き飛ばした。地に転ぶことは免れた。とっさに動いた女性騎士とベクブラームが受け止めたおかげだ。大事にこそならなかったが、ベクブラームら、それを目撃したした人々は、これが実の娘にすることかと、自分を疑った。
「スキルはダンジョンで得るものだ。あのようなオモチャをありがたがるお前は、真実を知らぬ愚か者だ。しかも下級貴族や農民兵だと。文字も読めぬバカどもに、スキルなぞ使いこなせるか。愚かにも限界がある! とっとと屋敷へ戻れ。それから二度と男に物を申すな。親の言うことを聞き、良き家に嫁ぐ。それが娘の幸せなのだ!」
「お父様……ですが」
「そうかまだ、父に逆らう気なのだな。言うことを聞けぬというなら、今一度ダンジョンに放りだす。試練がよい。戻れると思うなよ!」
「スプラード公! 言い過ぎです」
「口を挟まないでいただきたい。これは我が家の問題である」
ベクブラームの顔が青くなった。親として、その前に、人として。越えてはいけない線がある。度が過ぎている。支えたままだったブランチェスの肩は、震えていた。
「……ブランチェスさま、お戻りになられるがよろしいかと。公爵さまは興奮なさっておいでのご様子。私どもがとりなしておきますので」
誰も口を開かない。ロブラールの護衛は、したりとばかりに、睨むブランチェスの女性護衛をを見下ろす。壁に沿って並ぶ兵士らは戦時待機中という状況を失念し。父と娘は、無表情に視線を絡めていた。
伝令が駆け上ってきたのはその時だ。
「急伝! 急伝!」
「……どうした? 定時連絡には早いが」
「16:48伝令! 敵シタデルによる特攻! 東より侵入を許しました!!」
ところで、この作品に登場する「レブン」や「オガサワラ」のシタデル名は、実際の島と無関係です。語呂で命名してるだけなので、関係性を読み取ろうと思っている方がいたら、なんかすみません。
でもm「マンハッタン」シタデルの住人が、ヒャッハーなヤンキーだったりしたら面白いなーって、想もしてます。




