46 イージーパーティ
ブランの指摘に、あきらめ気味に納得。
しぶしぶ立札に近づいて、書かれた文を読んだ。
「な、え??」
〔西アバンドダンジョンの同時挑戦者数が規定の3人を越えたことにより個々対応が不可能となりました。西アバンドダンジョンは全挑戦者を1チームと認定。ただいまをもってパーティ攻略モードへ移行します。攻略レベルはイージーです〕
意味わからん。二度読んだ。やっぱわからん。
いや。言ってることはわかるけど、理解が追い付かないんだ。
まず、ダンジョンに参加規定数があるとは驚く。
ふつーのオンラインゲームだと何十というプライヤーが参加し歩きまわってるし、マップに表示されない人もいれたら、同一サーバーでの同時プレー数百人を越えるだろう。3人でパンクだと。リソース少なすぎ。8ビットマシンかよ。運営のチャットが、サーバー強化しろって炎上するレベルだ。その前にチャットシステムのほうがダウンか。
次に、1チーム。
人が増え過ぎたからって、まとめてしまおうってのは、乱暴すぎね?
人を越えても、ダンジョンは運営はできてるじゃないか。
チーム戦にするほうが、ブログラム的に高度じゃないのか。
VRMMOじゃなって解ってるか。なんかなー。
そんでとどめが、イージー。
EASYモードってことだよな。ノーマルやハードなど、ゲーム難易度の。
EASYってなんだよ。これまで何モードだったんだよ。
つか、最初からEASYなら、誰も死ななかったんじゃないか?
「ハァハァ!」
「ふふ……。怒りの葛藤が表情に現れていたわよ。声なき声の木霊が。え……?」
視界をさえぎる森の壁が消失した。
立札にむかって脳内ツッコみを敢行し、ブランの含み笑いを誘ってるうちにも、ダンジョンはその風貌を変異させていく。
うっそうとした植物の風景から、木々が抜け落ちていき、風通しがよくなる。
点々とした林と草地、雑木林、池、砂地が適度に分散され、人工の公園が登場した。
もとから”森”はスクリーンに投影された景色に同義。実態は開けた草原だと信じていた。その認識が打ち破られる。思うがままに組み換え可能な、生物みたいな空間だったわけだ。
「ルミナス、こわい……」
レリアがしがみついてきた。怖い?
魔物でも現れたのかと、目線を追うが特別なものはない。
フレッドもしがみついてくる。サムロスは金縛りみたいに地の草に爪を立てて這いつくばって、グーネはそのサムロスを壁にして恐る恐る辺りを見回してる。
「みんなどうしたんです。せっかく広く快適になったのに」
たしかに唐突な変化は気味が悪いけど、恐れるようなものじゃないとも思う。
普通でない何かがあるのか。俺にだけ見えない光学反射する半透明モンスターとかが。
「またずいぶんと開けたものだわね」
動じてないブランが感想を漏らす。騎士さんもうなずいてる。
レリアをよしよししながら、首をかしげる。
「開けたけど、それが?」
「狭い世界しか見たことないから、だわね」
「御意ですね。むしろグルーム三男が動じてないことに驚いてる」
シタデルは狭い。狭いうえに、やたらと壁があって入り組んでる。
演習会場の西の公園も、けっして広いとはいえないし。
景色が霞むくらい遥彼方の遠望は、こっちきてから一度も――外は例外――ないかもだ。
ここは、広いといっても、100m四方の公園。
ダンジョンエフェクトせいで、広大に見えてるだけのこと。なんだけどな。
グルーム領地のあたりしか知らないなら、まぁ。広く感じるかもしれない。
大海に放り出された池の魚みたいなものだ。怖いのもしかたないか。
そういえば、北海道はそれなりになんでも広かった。面積に縛りが少ない土地柄なのか。札幌という都会であっても建物は低め。手稲山や藻岩山など、どこからでもどこかしら山々が見通せたっけ。
俺は、レリアとフレッドの手を握った。
「そうかそうか広いの苦手かー。大丈夫だよ怖くないよー。そうかあー」
「なによ、嬉しそうに下がった目じりは。気持ちがわるいわね」
広所を恐れる者に共感するのは、高所恐怖症者のたしなみだ。
まぁ、大いに共感したい。それどころか共振したいくらいだ。
共に手を取り合って、恐怖を携えて、どこまでも歩いて行こうではないか。
「ふぅ~。あー怖かった。だけど広いっていいね」
「うん、きもちいいー」
レリアとフレッドの目が輝きはじめた。
俺の手をふりほどいて、わははは、わーいと跳ねのように手を広げて走りだす。
あれ?
「ところでさ。そちらのお姉さま二人は上級貴族さまじゃねーのか?」
「うん? ブランチェス=スプラードと、そこの騎士さん。名前は……」
「ストライト=シンプレッドだ。失礼だな」
「だそうです。サムロス」
「バカ、ルミナスさま! それを先に言えって。た、たいへん失礼しました!」
頭をこすりつけんばかりに、勢いよく湿った地面に這いつくばったサムロス。
横にいたグーネが、痛がるのもかまわず、耳もひっぱり、同じように平服させた。
「おれ、いや僕は、サムロス。ちんけなグルーム家の農民のまとめ役アラモスの息子です。こちらはグーネ。我が家の食客で腕こきの狩人です。先の迷子事件では、この当主3男が、たいへんにお世話になったと聞きおよんでます。ごあいさつが遅れましたこと、平に、ひらに、ごようしゃくださいませ」
信長に睨まれた藤吉郎がごとく、ブラン・騎士さんに最上級のへりくだりをみせつけるサムロス。練習したような滑らかさだ。俺を殴ったとき、アラモスにこっぴどく叱られたから、対貴族のやり方を猛特訓させられたのかもしれない。
で。土下座はいいんだけどさ。俺への温度差もおいとくとして、だ。
”ちんけ”の位置が、違ってやしませんかね。
「ふふふ。これはずいぶん見事な口上ね。農民にしては礼儀が生き届いている。テルアキの領民とは思えないくらい」
「悪かったな。俺にだって礼儀心はあるんだぞ」
「どうだかね。サムロスとやら頭をあげなさい。ここは危険なダンジョンよ。挨拶はそこそこで、魔物に気を配ることに注視すべきだわ。なにより、テルアキ……ルミナスがこの通りだから、態度や言葉に目くじらを立てたりしないわよ。いつも仲間にしているように接してかまわないわ」
「それはいくらなんでも」
「いいの。私が許します」
「そうか? あんた話が分かる人だな。媚びへつらいの台詞はほかにしらねーんだ。もっと話せってなったら、同じのを繰り返してたな。正直、たすかったぜ」
媚びへつらいって、貴族を前にしていう言葉かよ。
ブランもさすがに飽きれてるぞ。
土下座の姿勢から、飛びはねるように勢いよく立ち上がったサムロスと、続くグーネ。
「おーいお前ら―。はやくこいよー! 喉かわいてないかー」
「鳥魔物ぉ! 討ったどー!」
切り替え早ぇぇ。
サムロスが、もはやボロといっていい衣服をはためかせて向かったのは水辺。
グーネは、第1魔物を発見したようで、左の一点に3射つづけて矢を命中させた。
レリアは、お菓子の材料になりそうな木の実さがしに、樹木を行ったり来たりしてるし、フレッドは、ごろんとお昼寝だ。こいつらも。馴染むの早すぎだろ。
広所が怖いのはどこ行った。裏切り者どもめ!
「楽しい兄妹に仲間たちねテルアキ。それで攻略のことだけど。どうするつもりなの」
「ブランが仕切ることだろう。なんで俺に聞くんだ」
「私に仕切らせるつもりだったの。君がリーダーでしょう」
「俺が? まてまて。上級貴族の仕事だろ。俺には無理だ」
「なにをいまさら。この前も今日もリーダー風をふかしておいて」
「リーダー風って。そんなだっけ?」
「そんなよ」
「そんなだな」
ブランと騎士さんがハモる。
いつのまにリーダーかよ。
立候補した覚えはないんだけどな。
「うわああ! 腕はさまれた、動けねー。このバケモノカマキリがああ!」
「急所に命中したのに死なねー? 襲ってきやがったあ! 矢、矢を……ぎぇぁッ」
「キャーたすけて―。木の枝があー」
「騒がしい人たちだわね。指揮は私よりも、キミのほうが似合ってると思わない?」
「はいはいお似合いですよー。下賤な下々で悪かったなー。っと」
俺はダッシュすると、【粘着糸】で鳥を締めあげながら、【脚力増強】で大カマキリをキック。二匹を一撃で葬ると、レリアを拘束する木の魔物トレントを。いつのまにか復活して【大工】ののこぎり技で材木に変えた。
「ちゅうもーく! ここはダンジョンです。覚えていると思いますが、マルスが命を落としたゾーンです。僕やブラン、騎士さんたち、経験者の話をよーく聞くように。浮かれていると、死にますから」
蒼白となったサムロスとグーネ、そして地べたにへたり込むレリアが、コクコクうなずく。
フレッドは置いておこう。寝てるから。
はじめに決めるのはチーム布陣か。
そうだな。レリアとフレッドを中心に置いて守る陣形になるか。
元気の有り余ってるサムロスが盾で、ブランはの助手だ。
グーネはとうぜん射手。騎士さんには後衛をまかせよう。
俺は、中堅から前後を援助。
まぁイージーなら、なんとかなるか。
時間稼ぎというが、俺も含めたグルーム家メンバーの暇つぶし。
でもなあ。ここに来た理由はスキルの検証だったはず。
なのに、なんでこうなった。
「2時間ってところかな。バサネス姉さんとやらが、あきらめて帰るまでの辛抱だ」
「ネイサンだ。グルーム三男」




