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高い所が死ぬほど嫌いな俺が、空中ダンジョンの下級貴族の子に転生した話  作者: きたぼん


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47 まともなネイサン

時間がかかってしまいました。お待たせして、すみません。

コの字の中庭に据えられた、美しい造形のテーブル。3人の従士をしたがえたネイサン=バサネスは、屋敷のメイドが焼いたクッキーに舌鼓みをうちつつも、かかえてる今の状況に、頭をいためていた。


「たははは。余計な事態を招いたものだ。ストライトの話に興味を示したばかりに。自分の小運のなさにうんざりだったりするよ……でもお代わり」


はっ。傍に控えた従者のひとりが、差し出されたマグカップに飲み物を注ぐ。酸味と甘みの溶けた果実水が喉をうるおしてきて、この数日揺れのとまったレブンの暑さが、穏やかに静まる。果実水は、舌に残る甘さをひきたて、クッキーにまた手が延びた。腹はとっくにいっぱだが、いくらでも飲めて食べられる味だ。


ネイサンはグルーム家の庭にいた。貴族の庭といえば心和ませる花と樹木が定番だが、ここの主役は”喰えるもの”。さまざまな種類の野菜に覆いつくされた作物ばかりの園だった。支配する農民から税を絞りとるのが、下級貴族の役目。聞けば育てた野菜を、困窮する農民に分け与えているという。野菜を育てて自家消費する貴族は多くあるが、むしりとる相手に与えるとは、もはや意味がわからない。


とはいえ、ここまで珍しいと見ていて飽きない。それは目の前のテーブルも。よほど腕の良いデザイナーに依頼したのだろうが、特徴には覚えがなかった。たいていの貴族を訪問したおかげで、さまざまなデザインを目にしてるネイサンなのだが。


飲み物にクッキー。妙なバランスで育成される野菜群の庭。質実剛健のテーブルに座り、このまま小さな幸せに気持ちをうずめてしまえたら、どれだけ良い時間を過ごせたか。


気分を損なう人物がイライラと腕組みしていた。一目みれば決して忘れることのできない銀髪で銀目。ネイサンに並ぶほどに背が高く、男児かとみまがうような短髪。


「遅いです。幼児たちは悪い執事がリーリから隠したです。じき帰ってくるといってから2時間。それと、リーリもお代わりです」


持参したガラス製の容器を差し出すと、従者はうやうやしく受け取り片付ける。別の容器をセットして、テーブルに敷いた絹マットにそっと差し出し、果実水を注ぐ。彼女は、ウィゲリーリ=ガモルク。グルーム屋敷にきてから一度も座っていない。


カテゴリー的には美少女なのだろうが、かもしだすチグハグサがそれを邪魔する。ネイサンは、隠そうともしない不機嫌と笑顔を両立させ、皮肉った。


「頼みもしないのに、ついてきたりするからだ。せっかくの娯楽が台無しだよ」

「リーリにそこまでいう殿方はあなたくらいです。頼まれなくても来たです。こんな貶める機会を見逃すリーリじゃないですよ。グルーム家に不幸あれ!」







事は2日前。何気ない会話が発端だった。

ネイサンはその日、いつものように、リーデンタット=スプラードを誘うと、退屈な屋敷を抜け出して、街へと遊びにでた。


娯楽の少ないレブンでは、狭路に居並ぶ店舗をながめる散策も、市民ならず貴族たちの憩いであり気晴らしだ。店主も商品も、ほとんど変わり映えしないのだが、いつも人であふれかえってる。


街はどこでも混んでいるが、特に塔まわりは人出が多く、それを当てこんだ大道芸たちがを集める。道化がスキルを駆使した水芸火芸を披露すれば、吟遊詩人も先ごろの噂話を唄にして聴かせている。歓声と拍手が沸き起こっていた。


最低限の共のみを従えたネイサン。すこしでも興を誘うものはないかと、出店に並んだ安物の装飾品や陶器、わけのわからないガラクタを手にとる。小声でロクな物が売ってないないと毒づいたのは、一番の友リーデンタットだ。口をつつしめ聞こえるぞ。ネイサンはいなしたが遅く、露店の主は苦い顔をしてみせた。


「リーデンは、口が悪かったりするなあ」


地位から、口を改めるのはネイサンだが。

リーデンタットが口を尖らせる。


「物が悪いからだ。俺の口は悪くない」

「ははは、そうともいえるか。ところでうわさに聞いたんだがなリーデン。妹殿のことだが、あれは本当だったりするのか?」


リーデンタットは15歳。17になるネイサンよりも2つ下。年はネイサンが上で、爵位はリーデンタットが下という関係なのだが、そんなことは些細だと気にしない性格が良い。生意気な弟のような人柄だから、気遣いなどいらない。どんなことでも気楽に話せる稀有な友人だった。


「耳が早いなネイサン。アバンドダンジョン――”迷いの森”のほうが通りが良いが。ブランが生還したのは本当のことだ。偶然出くわした子供とともにな」

「子供? 東のもそうだが、口減らしで名高い迷路だったりするが、生き延びたっていうのか?」

「そのとおり生き延びた! 驚くよな?」

「それは驚いたりするよ。それで? 君の妹は? その子供は?」

「そう急くなよ。……ここだけの話にしてもらいたいが。それでいいか?」


興味を隠しきれない目をして、ネイサンがうなずいた。

声は雑踏にかき消される。分かり切ってることなのだが、リーデンタットは声を潜める。


「ブランは、スキルを得て戻ってきた」

「スキルを? まだ12歳だろう!」

「しっ、声がでかい!」

「す、まない。それにしても……」


常識に反すると驚きを隠せない。森で死ぬと思われたブランチェスが、スキルを得たのだ。植物と水だという。自分の”火”と比べて、長閑だなとネイサンは思った。農業生産にが大いに貢献しそうだ。


領地生産のかんばしくない貴族たちが、大挙して求婚を迫る場面を想像したが、行動に移せる者などそうはいないだろう。子供だって知ってるのだ。領主長のギガーマイト=ゲマインナーは、息子であるモガーマイトの嫁に欲しがっていることは。そしてブランチェスが拒否していたことも。


だが今回のことで、半分(・・)だけ決着がついてしまった。親であるロブラール公爵が「お家の恥」「領主長への陳謝」で、ダンジョンに放置したことで。ブランチェスが”帰らぬ人”になれば一件落着。事実、婚姻の件は白紙になった。だったのだが、まさかの生還。それもスキルをひっさげた凱旋ときた。


全能の神でも想像できなかった僥倖で(みそぎ)をすませたことで、ブランチェス婚姻の話が妙な具合になる。さすがのギガーマイトも白紙を白紙撤回しなかった。おかげでブランはフリーダム。上は上級貴族から下は名門商家。誰であろうが、嫁に欲しいと言い出しにくい。行き遅れる危険におかれたともいえるし、自由な立場をつかみとったともいえた。


まだ12歳なのだ。スプラード伯爵は娘にどのような申しつけをするのか。上級貴族たちの注目が集まる。ネイサンもおおいに興味を惹かれるのだが、よれよりもっと気になるのが、その状況を生み出した子供のことだ。


ブランチェスの与太を信じるなら、ダンジョンから生還できたのは、幼児といっていい子供の助力あってのこと。


「子供は、ルミナス=グルームという」

「グルーム家の? どんな子供だ? 見たりしたか?」

「顔は見ていない。死ぬと思っていたしな。息を吹き返したと後から知って驚いたものだ。ブランはいまそいつにご執心だ。命の恩人と思い込んでいるのだから、わからなくもないが。兄としては心配だ。庭師の子のように処断されたとき、落ち込むだろうから」

「はっはー。処断は決まりな言いぶりだな。ならその前に会ってみたりしたいもんだ」


スキルを得た可能性が高い。

そうでなければ生還などできようもないだろう。

ちょいと会って、ダンジョンでの体験を聞いてみたい。

気まぐれに思い立って、小物らに準備をさせたのが昨日。


今朝になると、目的のグルーム家への道のりが、とてつもない遠出だと感じた。

場所は把握してる。直線距離で500mもないのだが、いつもの行動域からは大きく外れ、入り組むあい路をもたもた行くのもおっくうと、17歳のカラダが嘆いた。


乗り台を曳く運搬鳥(キャリー)は入り込めないし乗るだけの駆鳥(ギャロップ)でも目立つ。鐙鳥(ホバー)で飛んでいくのも大げさすぎた。


歩きにするか。たいした荷物があるわけじゃなし。ようやく決まるまで半時かかったがこの時間が失敗だった。出発しようとすると、門の外には4人乗りの運搬鳥(キャリー)が停車。澄まし顔で待ち構えていたのが、ガモルク侯爵の次女ウィゲリーリだった。


「ウィゲリーリ……さま。御用があるときは、こっちからうかがったりするが?」


ネイサンは舌打ちし、瞬間的に思った。下級貴族へ訪問する件を知ったガモルク家が、横やりをいれてきたのだと。


「ウソですね。あなたがリーリをうかがうなど、レブンが傾いても訪れないです。聞いたです。ル…ナントカいう子が、スキルを得たというではないですか。リーリもまだもってないのに。文字の許されないグルームの下級がズルしたにきまってるです。当家の地下牢 あ。いや、屋敷に招待して事情聴取するです。さあ同乗するです」


言葉の合間に挟まれた不穏すぎる語句たち。他家であれば、”招待”は言葉そのまま”招待”だがそうではない。ガモルク家のグルーム家嫌いは有名なのだ。解放の望めない拉致であることは、ネイサンでなくとも読める。


壁の補修や植物成長は、【壁】【植物】スキル持ちの上級貴族の重要な仕事で貴重な副収入源だ。上級貴族が農村を見て回ることは珍しくもないが、都市管理の役目を担うバサネスの子が動くということが注目をひいたらしい。とくに相手が、グルーム家ということで。


「そちらのお父上様から聞きましたです」

「そちらの……って俺? オヤジがガモルク侯爵に肩入れしたと。公爵のくせにまだ権力が足りなかったりするのか」


父シャビルが自ら伝えたのだという。小物が誰かに話して、そこから広まったのだろうと、ネイサンは合点したのだが、違った。我が父ながら、上昇志向の強さに飽きれる。

事情はどうあれ、侯爵の意向に逆らえるはずもない。運搬鳥(キャリー)のひく4人乗りワゴンに同乗した。

ほどなくグルーム家つく。男爵と奥方は留守で、執事とメイドに出迎えられる。


「やあ。突然ですまなかったりす……」

「ルミナスだかハミダスだか、グルームの顔など知らないです。年恰好の似たものを連れてゆけば、どれかが本人なのです」


開口一番。ネイサンを遮って吐かれたウィゲリーリの血迷った発言に、頭を抱える。執事が、おもてなしの準備をと、メイドを下がらせた。ネイサンは執事の目配せに気づいたが、口は挟まない。子供たちを裏から逃がしたのだろう。当然の処置だ。


「お子たちはみな、元気でしてな。どこぞへ遊びに出かけたようです。遊びあきたらお帰りになるでしょう。いつになるかわかりませんがね。はっはっは」

「それなら待たせてもらうです。グルーム臭いので外で。喉がかわいたので飲み物。味は期待してないです」


いきなり押しかけ、子供の拉致を宣言し、そのうえで接待を要求するウィゲリーリ。厚顔な盗賊でもここまで厚かましいふるまいはしないと断言できる。


くそ暑い屋外に腰をおろしながら、ちょっとした好奇心をだした自分を猛省した。

それから3時間ほど。





「リーリは、シビレが切れたです」

「さっきから言ってるだろうグルーム家が逃がすとすれば、管理下の迷いの森しかなかったりする。一緒に行くか僕が行って確認する。死んだりしてるかもしれないし」

「うっそうとした森に行くのはイヤです。リーリを置き去りにされるのもです。だからここにいるです」


グルームの子供たちが戻ってきたのは、日が傾むきはじめ、虫が鳴きだすころだった。



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