44 来たのは誰だ
『テルアキ聞こえる!?』
おー。ブランの声だ。
うわさをすれば――してないな――本人からの通信。
速度バフのせいか、のんびり長閑な音程になってるが。
「さっきよりもよく聞こえる。馴染んできたな音響魔法。攻略は順調だぞ。そっちは?」
『ずいぶんと早口なのね。それより大変なの! ダンジョンに……』
「ダンジョンに? どうした」
『子供たちが迷い込んでる。テルアキの知り合いかも』
思考が停まった。
子供”たち”? 俺の知り合いの?
真っ先に頭のなかに浮かんだのはマルス。
あの、冷たく重い遺体を運んだ、苦い記憶だ。
並行で駆ける騎士さんが先のエリアに踏み込んで、すぐに急停止。
硬質な半長靴に千切られた草が、ゆっくりと舞い上がって、ゆらぎながら地に落ちる。
「ブランチェスさまからか?」
語りかけられて初めて、足が停まっていると気づく。
まだあいつらと決まったわけじゃないが、誰だよ。
こんな物騒な場所に。どういうつもりだ。捨てられたのか。
死んじまうだろうが!
「それ誰かわかるか? ブラン。 名前聞けるか?」
『あなたたち名前は? わからないって。ドッグタグもつけてないけど、衣服から下級貴族だわね。髪がグリーンのテルアキくらいの女の子と男の子。ほかにも二人。こっちは農民と狩人かしら。歳は私くらいの』
決まりだ。レリアとフレッドに、ほぼ、違いないだろう。
二人と一緒の農民の子っていえば、思い当たるのはアラモス。
狩人には、知り合いはいない。
捨てられたってことはないだろう。どういうつもりだ。
騎士さんが訝しげな目つきを、置きざりに、俺は走り出した。
「まて! さすがに気になる。ブランチェス様は何をおっしゃったのだ。」
すぐにも駆け付けたい。駆け付けてぶんなぐってやりたい。
だが速度は、速度バフ込みですでに全開。
攻略速度はこの上ないマックスなのだ。
これ以上の攻略加速は、無理ゲーだ。
攻略加速?
自分の思考に疑問符がうかんだ。
背負っていた板を引っ張り出す。編んだ糸をくくって背中に回していたのだ。
とっくに見飽きてしまった板のマス目をガン見する。
「よし! いける!」
直線~折り返しってパターンも残すところ15レーンと少し。
エリア数にして600もある。時間はかなり切り詰めていて、恐ろしくタイトタイムで飛ぶように進行できてはいる。20分ほどでクリアできるだろうが、時間が惜しい。
記憶を喪失した子供4人が、20分に耐えられる保証はない。
ブランは、ダンジョン知識じゃ頼りになるが。
アイツは、貴族なクセに貴族然とした威厳が足りない。
レリアはともかく、風船みたいな自由なフレッドが、その場に留まるか。
なによりアラモスが不安要素。
あの、直属男爵家の息子さえマウントをとるサムロスが、大人しく従うとは思えない。
「14エリアでたどり着く!」
進行方向のベクトルを、左に90度転換。
「何処へ行くのだ」
「ショートカットだ!!」
「攻略から外れるぞ!」
「そんなの、後からでもできる!」
騎士さんに叫び、踏破済みエリアに身を投じる。
そのとたん、パターンに染まって大人しかったダンジョンが牙をむいた。
次々と、4匹の魔物が現れる。
手前の蛇魔物に、バット刀をたたきつけた。
八つ当たりの打撃に蛇はあえなく四散。
毒牙に噛まれたバット刀が千切れ飛ぶ。
大小の木片と砕けたバットの成れの果てを、無意識に【アーキテクチャ】で回収。
設計済み図面呼び出して実体化にかかる時間はわずか2秒。
だが再装備はしない。2秒の時間が惜しい。
頭上を見上げた。あと3体。
糸を延ばして鱗粉を散らす蝶を縛り上げ、【脚力増強】でジャンプ。
身体の軽さを補うには位置エネルギー。落下速度で重さをました足で、跳びかかろうと身を縮めたバケモノ兎を踏みつぶしつつ、同時に糸を引いて空中の蝶を二つに切った。
あと一匹!
「落ち着けグルーム三男。冷静さを失えば弱い相手にも負けるぞ。何があったのだ」
騎士さんは後ろ腕で、残る蝶の羽根を斬り裂いていた。
「俺の、兄弟たちが、あいつら! 文字もまだ怪しいのに」
やっとの思いで、成り行きを騎士さんに伝える。
だが喉に、高ぶった感情がつかえた。
脳裏に浮かぶ、楽しそうにお菓子作りに励むレリアの姿が、言葉を乱す。
「あいつらとは誰のことだ。いつもからかい半分のキミらしくない。落ち着いて話せ」
「足を停めるな! 動け! 俺は、お、落ち着いてる!」
肩をつまもうとする騎士を押しのけ、次のエリアへと身をひるがえす。
わかってる。わかってるとも。
俺が落ち着きを失ってるのは。
本当の姉弟じゃないのに、この身体が、そうさせているのか。
冷静なんてくそくらえだ、と。
とにかく、あいつらのところに行かなきゃだ。
それだけが、頭を支配していた。
顔をみるまでは、落ち着かない。
この気もちは、おさまりそうもない。
「共にするしかなさそうだなグルーム三男。ここでブランチェス様の顔をうかがうのも悪くないだろう。近いのだろう。後ろは私が預かろう」
「わるい」
騎士さんに気を使わせてしまったようだ。
後で埋め合わせをしなきゃだな。
レリアとフレッドに80%以上割いた脳の一部が、そう語った。
人間の脳は10%しか使われてないって、そのうち8割って微妙じゃね。
そもそも10%って根拠は、アインシュタイン言明説、グリア細胞説だ。
最新の科学じゃ脳は100%活用されていると解明されつつあるけど、
100%のほとんどを姉弟で占めるって
……こんな思考そのものがムダで邪念だ。ほんとに。
無意味すぎる逡巡のさなかに、さらに5匹の魔物をほふった。
【窃盗】でスキルオーブ【とんびの目】なるもの盗みとって、いつの間にと、さらなる疑問符が点灯したとき、黄色の光に身体がつつまれる。
「なに?」
「これ、は……転送だ。」
攻略が完了し、ダンジョンの外に連れだされたときにも、同じエフェクトにつつまれた。
ダンジョン攻略が完了したっていうのか?
まだマスは踏み切ってないのに。
まずい。
レリアたちと離れ離れになってしまう。




