40 足止めブラン
「なるようにしかならないさ。誰もダンジョンの意志には誰も逆らえないけど、二人で無事、攻略してみせるよ。なあ騎士さん?」
ルミナスはジト目のストライトに微笑んで、編みこんだ糸で作ったらしい10センチほどの分厚い板を3枚出現させた。
「タタミっていうんだ。【アーキテクチャ】はこんなものもだせる。魔物ださずに、越えられそうじゃね?」
「そうじゃね って。無理だと思うわ」
品名なんか聞いてない、とため息をつくブランチェスの見守るなか、
ルミナスは、踏破済みの森の上に置き直したタタミに、勢いよく駆け昇った。
内と外の間に鎮座した踏破済み域を超えようって腹なのだろう。
しかし高さが足りないように、ブランチェスには思えた。
どう見積もっても、彼女の背丈くらいしかないのだ。
以前、糸の紐で跳び越えたように、いかないと疑心する。
案の定、茂みだったエリアは芝化した。
支えのタタミは、そこに載った人物ごと地面に落下。「あぎゃ?」と踏まれた蛇のような声をあげるルミナスは、たちまち、待ち受けた魔物に囲まれてしまう。
「なぜに!?」
魔物は4匹。毛虫3、カマキリ1、蜂1。退治を余儀なくされる。
すっかり口癖になった「時間がない」を連発しながら、格闘によって貴重な数分を削られ、ついでに服を擦り切れさせて、やっと外のエリアへ行くことができた。
その後を恐る恐る、ブランチェスの女騎士、ストライト=シンプレッドが続いた。
のっけから不安しかない二人の行く末を、ブランチェスは見送るのだった。
「……心配すぎるわね」
だが、案じてばかりもいられない。
自分は自分の役目がある。内側をひとりで攻略しなくてはならないのだ。
「1-10と言ってたわね。手早く終わらせて二人を待つとしようか」
ルミナスの置き土産を拾うブランチェス。最新版の立札を剥がした板だ。
杭を取り外したその裏には、ルミナスによって、マス目が描き記してある。
マス目の数は10×10で、ブランチェス用。
わかりやすく、彼女が進むべきエリア限定だ。
左足を踏み入れると、さっそく魔物が登場。
見慣れた蜂が1匹、少女の出方うかがうように、羽音をたててホバリング。
尻から針をだし、いまにも襲おうとしていた。
蜂は、ふつうのサイズであってもアレルギーショックで致死する場合がある。
自在に空中を飛び回る人頭サイズの蜂は、それだけで、恐怖を誘う。
だが、数匹を相手に、幾度も四散させでるブランチェスには、敵ではない。
迷うことなくスキルを発動。
「【土魔法】礫弾!」
”礫”は【土魔法】スキルのひとつ。2ミリから200ミリくらいの、石を出現させる。”礫”は指定の位置に石が現れるスキル。”弾き飛ぶ”を意識することで、攻撃技になる。
蜂は、大小の、10ほどの粒をよけたが、移動範囲をもうらする物量に勝てない、20を越える礫の雨を受けて、四散した。
「ふう。石サイズが選べないのが難点なのよね。2ミリから20センチがランダムなんて中途半端だわ。大きさを指定できるならバリエーションも増えるんだけど」
2ミリの極小なら瞬間的な発射で目くらまし。最大の20センチ級は遠距離から一撃。
ブランチェスが描いてる攻撃手段だ。
「まあいいわ。さくさくいくわよ」
次のエリアに踏み込もうと、腕で木を押した。
いつもなら、森であれ茂みであれ、体のどこかが入りこんだとたん、刈り揃えた庭芝になる。だが、押した腕が触った木は、変化することなく、ブランチェスの身体を押し戻す。
「おかしいわね。こんなことが」
もういっぽうの腕で試すが同じで、森に変化がおこらない。
足先でやってみても膝で蹴っても変わらない。
髪を振り乱して身体ごとぶつかってみたが、一向に芝になる気配がない。
「……どういうことなのかしら? え?」
ぶーんという羽音が、背後から耳に届いた。
ふり返ると、今しがた光の粒にした、蜂が羽音を立てている。
「魔物! まだ踏破エリアなのに。新規エリアに踏みこめてないのに」
驚愕するブランチェスだが、魔物は人の動揺にかまってはくれない。
咄嗟に利き手の右で柄を握り片手剣を鞘から引き抜いた。
蜂は、剣士の不得手を知ってか、彼女の左にまわりこむ。
身体を左にさばき右に抜いた剣を振りもどそうとしたが、蜂のほうが速かった。
間に合わないと判断したブランチェスは、剣を手放す。
左にかかえていた板で針を払った。
スピードのある蜂に押され、足をもたつかせて転倒する。
「きゃっ」
ここが極めどころ!
そう蜂が歓喜したかはわからないが、
天を仰ぎ無防備にみえる少女に、直線的に襲いかかる。
「……こぉの【万能鋏】!」
板も放棄したブランチェスが、右手をふるった。
なにも持っていない右手が空を斬る。
【万能鋏】は 指先の延長の空気刃、見えないハサミのスキルだ。挟めるものなならなんでも切れる。はじめのころは5センチほどだったのが、徐々にコツをつかんで、切断できる長さを調節できるようなった。
いまは、1.5mまでなら自由に斬れる。
勝ちを確信したようにみえた蜂は、次の瞬間、頭部を切り離され光の粒に散った。
「はぁはぁ……コイツ、ついあせってしまったじゃない」
肩にかかるピンクヘアーに絡まった枯草をはらって、落とした剣を柄に戻す。
剣はブロードソード。細剣と言われるレイピアより幅の広い片手剣だ。
標準的ブロードソードよりも長い70センチで、1.5キロと重めだ。
148センチの彼女には、やや荷が重い得物で、ふりまわされ気味だ。
装備は、ぶ厚い革製のジャケットとパンツ。
防護寄りとはいえ、いで立ちと武具は、実践には明らかに不利。
機敏性ダウンを負ってまで、軽いとはいえないチョイスするのは、
ひとえに、親と兄への反発であった。
「意地になるのも考えものね。ちょっと反省だわね。それにしても困ったわ」
三度、ブーンという羽音がした。
今度はさすがに慌てない。
前後に動きまわり片時もじっとしない空中の敵を横一閃。
「進むには条件があるのかしらね、わかるテルアキ?」
気乗り薄となげやりとを合併させた気振りで、訊ねるが返事がない。
そういえば、二手に別れていないんだったわ。
そう独り言ちてから、手前勝手な理不尽な要望を叫ぶ。
「なんでいないのよ! せめて伝書バトくらい残しておきなさいよ!」
そのとき、ブランチェスの脳内に、聞きなれた女性のアナウンスが聞こえた。
―― 〔 スキルを習得しました 【音響魔法】 音による交信・攻撃・防御ができます 〕
「ほほう音とは便利ね。話もできそうだし。最初からそうすればいいのよ」
何度目かの取得だ。いまさら驚いたりはしない。口元を笑顔にしただけだ。
ムダかもと思いつつ、拒絶されたばかりのエリアへと踏み込んでみた。
だが、今度はすんなりと景色が一変。歩きやすい低芝の地面へと形を変えた。
「なんだかわからないけど行けるようになったようね。【音響魔法】。テルアキ聞こえてる?」




