第三十四話「ふたつの援軍」中編
第三十四話「ふたつの援軍」中編
尾宇美城前平原……
最前線から距離を置いた南方の地の山脈沿いに、二千の兵を率いる将の姿が在った。
「準備は整ったか両人に確認するように」
馬上の中年指揮官が部下に命じる。
直ぐに馬を飛ばしてその場を離れる兵士が二人。
「後は……この山脈出口に本当に敵陽動部隊が出現するのかどうかだが」
中年司令官……
”堀部 一徳”はそれを見届けながら未だ半信半疑に独り呟く。
”敵の援軍は尾宇美北に隣接する香賀美領から川を下り峰月湖に船で来襲する”
より速く大量の兵を迅速に移動させるにはどう考えても其方が本命であった。
「ううむ……」
軍略の天才と名高い彼の主君、”中冨 星志朗”の予測を信じていない訳では無いものの……
”此方の南方平原に繋がる山脈は隘路で悪路、まとまった兵の移動は難しい”
事実、十一箇所存在する山脈からの出口は獣道に毛が生えた程度の悪路で中規模の兵団どころか軍馬による移動も難しいのは調査済みだ。
「例外的に二箇所ほど、”それなり”の行軍ができる山道の出口が在るには在るが……」
その程度なら出口付近で待ち伏せすれば封殺はそう難しくないだろう。
山道出口の開けた平野で”コの字型”に包囲し、出てくる敵を順次撃破すれば敵兵力が多少多くとも労せず排除できる……はずだ。
また――
その他の九カ所から、仮に敵兵が現れるような奇策を弄される様なことがあっても、
軽量歩兵……
そう”歩兵”
軍馬の通れぬ狭小の獣道、少数の鈍足な歩兵などでは――
「意味が無い、虚仮威しにもならぬ」
二カ所ある広道から二等辺三角形の頂点の位置に配備した……
堀部 一徳の平原南部迎撃部隊、本体二千で順次撃破できる。
そういうふうに全てに対処できるよう、堀部 一徳が率いる部隊は機動力優先の騎馬兵が中心で、隘路の九カ所、何処から歩兵が現れようと余裕で対処できる。
敵の目論見であるだろう撹乱にも成らない間に完全に殲滅できる。
――依然、敵援軍の本命は尾宇美北だと堀部 一徳は考えるが……
それでも、この尾宇美南の対処は完璧だ!
どんな奇策も通用する余地さえ無い!
「流石は我が主君、星志朗様……であるが」
幼少より神童と称えられ、現在は大国である天都原の大将軍である中冨 星志朗だと、
その天賦の才をずっと傍らで見守ってきた堀部 一徳は感服しつつも、本当に今回はそこまでする必要があるのだろうか?用心が過ぎるのでは無いか?と多少の疑問を抱いてもいるのだった。
――
「堀部様、”赤埴”隊は準備完了とのことです!」
「”寺坂”隊もただいま完了したとのこと!」
そうしている間に、続いて入る報告。
「うむ……」
堀部 一徳は馬上で頷く。
自分から見て遙か右前方の広道出口に赤埴 徳利が率いる千五百の重装歩兵と弓兵の混合部隊が包囲網を敷き、
同じく、遙か左前方の広道出口に寺坂 吉行が率いる千五百の同種部隊が配備済みだ。
これで万が一打ち漏らした敵兵や、他の隘路から出てくるかもしれない少数の歩兵如きは後方に控える堀部 一徳の騎馬部隊で容易に一掃できる。
赤埴 徳利、寺坂 吉行という中冨流剣術道場の同期でもある二人の部隊を遠目に見つつ、堀部 一徳は再び呟いていた。
「やはり本命は北、この南に陽動部隊などとは常人には考え難いことだ。若先生には”神算鬼謀の恐るべき相手には此方も枠を取り払った柔軟な思考が必要だ”と厳命されておるが……若先生も総大将である阿薙様も、些か”鈴原 最嘉”という人物を過大評価し過ぎておるような気がしないでもない」
彼にとって直接の主君で有り、中冨流剣術の道場主たる若先生、中冨 星志朗はもちろんのこと、今回の総大将である天都原第一軍の総大将、阿薙 忠隆も信頼はしているが、この重要な大戦にそこまで深読みして無駄な兵を割くなど……
それが堀部 一徳の本心だった。
「いや……」
一徳は馬上でブンブンと左右に頭を振る。
同時に彼は主君である中冨 星志朗の天才を経験から骨の髄まで染みこまされている。
「子細は考えまい。在るべき事実に在るべき対応をするのが手足の役割、この堀部 一徳の期待される仕事である」
堀部 一徳は改めて表情を引き締め、
油断なく、忠実に、心身の準備を整えたのだった。
――
ほどなくして――
堀部 一徳の考えを裏切るが、同時に信奉を証明する事象が顕現した!
ワァァァァァ!
つまり、尾宇美南の平原に動きがあったのだ。
平原後方に布陣した堀部 一徳から見て遙か右前方の広道出口、
赤埴 徳利部隊、千五百が包囲する山脈出口に敵の部隊が出現したのだ!
「ほんとに来やがったか、流石、若先生。というか数はどんなもんだ?」
赤埴 徳利が部下に確認する。
「は!目測ですが……おおよそ四、五百かと!大多数が騎馬兵の模様!」
部下の応えに赤埴 徳利は口の端を上げる。
「ほんとにすげえな、若先生。よし!予測通りだ、先ずは弓兵部隊を前に、射殺せぇぇっ!!」
ザザザザザッ!!
山道出口をコの字型に包囲した赤埴部隊から弓を手にした兵士達が前に出て――
ヒューーヒュン!ヒュン!ヒュン!
一斉に矢を放つ!!
ガッ!ガガガガガガッ!!
しかしそれは……
広道から平原に出現した臨海兵、騎馬兵の前に出た大盾を持った歩兵部隊により殆どが防がれる!!
「敵さんも馬鹿じゃないか?だが、それじゃ騎馬の利点は使えまい」
赤埴 徳利は敵に向け構えた弓兵部隊の間隔を少し開けさせ、その間から騎馬部隊を出す。
臨海軍の目的は”真逆”の南山道からの奇襲だと判明した……
虚を突いた進撃で機動力を使い、尾宇美城に立て籠もる味方部隊を援護するために、城攻撃をしている我が天都原の簡易城を南方から強襲して尾宇美城兵と挟み撃ちにする算段だったろう。
「それも若先生にしてみりゃお見通しだ、山越えも骨折り損だったな!」
出口でまんまと包囲され、弓攻撃を防ぐために盾を持った歩兵で自ら進路を潰したうえに、騎馬兵自体も馬上で小盾を手に縮こまる醜態だ。
赤埴 徳利は依然と弓部隊で牽制しつつ、即座に甲羅に引き籠もる亀の如き敵部隊に向け騎馬兵を全面に出して容赦なく一気に殲滅を図る!
「突撃!!誰独り逃すな!一徳に仕事を残してやるなよ!!」
ドドドドドドドドドドッ!!
赤埴 徳利の号令で一斉に突進する天都原騎馬部隊!
だが――
「時雨っ!」
バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!
バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!……
それはまるで散弾銃の弾か流星群のように――
ヒッヒヒィィィン!!
ズザザザァァ!!
「う、うわぁぁ!!」
ドシャァァ!!
無数に打ち出された黒い弾丸?のような無数の礫に突出していた天都原騎馬兵の一部がなぎ倒される!!
「な……なんだ?」
指揮を執っていた赤埴 徳利はその異変の元凶だろう、盾を手に集まった臨海軍から単身飛び出してきた黒尽くめの男を見て止まる。
「ふ……ふふ」
雨でもないのに三角の黒い雨笠をかぶった黒マントの男が臨海軍の前、天都原軍との間に独り立つ。
「我が名は千賀 千手、元、赤目の将にして現在は偉大なる臨海王、鈴原 最嘉様に仕える……」
「敵は独りだ!踏み潰せぇぇっ!!」
「おおおおおっ!!」
ドドドドドドドドドッ!!
ドドドドドドドドドッ!!
悠長な名乗りを待たずに赤埴騎馬部隊の一部が襲いかかるも、
「ふん……無粋、雑駁ども」
シュバッ!
シュバッ!
間髪置かず、再び放たれる二つの弾丸!
「うっ!ぐはぁぁ」
ドシャァァ!!
ヒッヒィィン!
ドドッ――ザシャァァッ!!
二騎の騎馬兵は一騎は乗り手の首に!一騎は乗馬の眉間に命中することでもんどり打って倒れる!
再び、開けたマントの下から打ち出される黒い弾丸は……
「指弾か?……いや……仕掛け……忍び……か?」
赤埴 徳利は咄嗟に相手をそう認識すると一時的に騎馬を止めさせて、弓兵部隊に指示を出す。
「集中的に射殺せ、要らぬ被害を出す必要は無い」
ヒューーヒュン!ヒュン!ヒュン!
直ぐに黒尽くめの雨笠黒マント男に向けて矢が雨霰と飛ぶ!
ギィィーーン!
ギィン!キィィン!!
「なにっ!?」
しかし!一点に集約する矢は全て独りの男の乱入によって弾かれる!
「ひゃっはぁぁ!」
そしてその人影は天都原弓兵と黒笠男の間に躍り込んだ勢いのまま、再び地を蹴って大きく前方に舞い!
ザッ――
天都原弓兵部隊の開いた隙間に着地!
ドカァァァッ!バキィィ!
二人の兵士を蹴り飛ばしてから、
ザザッ!
再び地を蹴って雨笠男の隣に降り立った。
――なんという軽業!
――それに肉体のみで弓矢を弾くだと??
その動きはまるで、床や壁に跳ね返る”ゴム毬”が弾けるように素早く予測不能。
これには赤埴 徳利も余裕無く口を開ける。
「ひゃは!なんとも蹴り甲斐のない肉共だ」
完全に白目をむいて倒れる二人の弓兵を既に遠目から眺め、筋肉質な小男は少々下品に笑う。
「改めて、我が名は千賀 千手。元、赤目の将にして現在は偉大なる臨海王、鈴原 最嘉様に仕える戦忍、通り名は”雨の千手”である」
三角の黒笠の下で口端を上げて笑う黒マント男。
「同じく戦忍、望月 不動丸。通り名は”鉄岩の不動丸”様だぁぁ」
そして此方の筋肉達磨は舌をベロリと出してあからさまに挑発する仕草を見せる。
「赤目の……なるほど、確かに聞いたことはある名だ」
赤埴 徳利はその武勇に納得し、そして再び気を引き締め直す。
「多少、意表は突かれたが、それがどうした?兵力、地の利は歴然。それで戦況がどうなるわけでもあるまいに」
そう冷静に再確認し、赤埴 徳利は再び突撃の合図を……
ワァァァァァ!!
ワァァァァァ!!
まさにその瞬間!!
右方向から……
「っ!?」
いや!左方向??
いやいや!これは……
左右、いや、もっと遠くの方からも……
ワァァァァァ!!
ワァァァァァ!!
一斉に!兵士が!
馬も通れぬ、九カ所の隘路から兵士がポロポロと零れるように同時出現したのだ!
「な……なんだ??」
これには赤埴 徳利も目を点にし、思わず一斉突撃の合図を止めてしまう。
「やっとかよ、おっせえなぁ」
筋肉達磨が下品に笑いながら文句を言う。
「いや、丁度だろう」
雨笠男がそれに冷静な笑みを浮かべて訂正を入れる。
ワァァァァァ!!
ワァァァァァ!!
包囲していない隘路から続々と……
しかし、武装もままならない軽装の兵士がポロポロと……
「な……」
軍馬も通れぬ、まとまった兵も通れぬ狭道、獣道から案の定、役に立つとも思えぬ数の兵士が押し出されるようにポロポロと、しかもこれも案の定で鈍足の歩兵……
少数の鈍足な歩兵などでは――
「意味が無い、虚仮威しにもならない……」
二カ所ある包囲済みの広道から二等辺三角形の頂点の位置に配備した、後方待機の堀部 一徳部隊、騎馬主体の迎撃部隊でまとめて撃破できる。
「まとまった兵でなく、足も遅い……各個撃破……いや、順次刈り取るだけの的になんの意味があるんだ……おい、”詐欺師”さんよぉ?」
赤埴 徳利は敵ながら意味不明の自滅行為に思わず突撃殲滅の合図を止めるほどに、呆れ、困惑していたのだった。
第三十四話「ふたつの援軍」中編 END




