第三十四話「ふたつの援軍」後編
第三十四話「ふたつの援軍」後編
「……」
赤埴 徳利が率いる包囲部隊が平原に向けた右広道出口にて臨海軍と衝突していた時、同じく左広道出口を包囲していた寺坂 吉行は状況を見極めていた。
「寺坂様、平原に零れ出て来る臨海兵共の対処に動いた方が良いのでは?」
その様子に部下のひとりが問いかけるが、
「必要ない、若先生には”何があっても包囲を解かずに動くな”と厳命されている」
寺坂 吉行はその進言には一瞥もくれずに答える。
「しかし、左広道出口には臨海軍は現れぬ様子です、ならば彼方此方から零れ出ては徒歩にて平原を北上しているあれらを掃討するのは寺坂隊が適任で、容易かと……」
「”急遽用意できるだろう敵援軍の数は高が知れている”と若先生は仰っていた。今、お前が言ったように”零れ出て来る”程度の速度では結集するのに時がかかりすぎるだろうし、放っておいても後ろの堀部隊が対処するだろう」
それでも納得いかないと食い下がる部下だが寺坂 吉行の考えは変わらない。
――ジッと左広道出口を包囲したまま動かない
九カ所の狭道から出てくる臨海兵士は全て歩兵。
軍馬も通れぬ、まとまった兵も通れぬ獣道であるから当然だ。
一気に出て来られる兵士も二、三人が限度で、尚且つポロポロという表現がピッタリの勢いで、さらに徒歩ゆえに鈍足と……
「……」
敵が目指すのは後方で待機した堀部隊のさらに北だ。
――目的が尾宇美城への援軍である限り辿り着くのに何時間かかるだろう?
――いや、抑も二千の堀部隊を抜くのは絶対に不可能だ!
「で、では!堀部様は何故動かないのですか?そのための後方待機部隊の……うっ!」
常識では考えられない敵の不意打ちに焦りまくる経験不足な部下に厳しい視線を一瞥、少々出過ぎた部下を静かに威嚇すると寺坂 吉行は応えた。
「堀部殿は最も良い”頃合い”を待っているのだ。堀部隊は機動力に優れる騎馬兵部隊であるが、それでもこの広い平原で九カ所に点在する敵を蹴散らして回るのは一苦労、敵の目的地が自身の後方だと知れている以上は、待っていればある程度集約して来るだろう敵を疲労の頂点で最短の距離で刈り取るのは理に適っているだろう」
「う……た、確かに……ですが……我らの方に敵が出ない以上は我らが動けば少なくともその刈り取りの助けにはなるのでは……」
「…………」
一度は威嚇され黙り込み、萎縮しつつも反論を諦めない頑固さはある意味で買うが――
寺坂 吉行は軽くため息を吐くと馬上から再び無人の平原出口を見る。
――末端の兵士達には本当の意味で若先生……
――いや、天才”中冨 星志朗”の偉大さが理解できていない
「うむ……」
その中冨 星志朗は言った。
――”何があっても包囲を解かずに動くな”
それはつまり、この二カ所の広道出口は放置するには危険極まる場所だということ。
寺坂 吉行自身、いや、赤埴 徳利も、最側近である堀部 一徳でさえも、
そこまでして、兵力を無駄にしてまで、万が一に備えることに疑問を抱いているが……
――中冨 星志朗の才能には一切の疑問も抱いていない!
「…………寺坂……様?」
急に黙り込んだ上官に部下が疑問の表情を浮かべていた。
「包囲を続ける。役割を全うするのが軍人だ」
結局のところ寺坂 吉行の左広道出口包囲部隊は一兵もその場を動くことはなかった。
――
「”頃合い”だな」
天都原軍の迎撃部隊隊長である堀部 一徳が最善の頃合いに手薬煉を引いていたその時、その獲物である臨海軍……
赤埴 徳利隊に包囲された右広道出口の臨海軍の中で――
馬上にあるひとりの不敵な男が口の端を上げた。
――気にくわないが
案の定、読まれていた奇襲……
しかし敵の包囲も元・赤目の戦忍たち、二人の攪乱で時間稼ぎができた。
――とはいえ、さらに気にくわないのが
天都原の迎撃部隊は”それでも”決定的には浮き足立たない。
「なるほどねぇ、天都原の天才は健在だが……なら、その”駒”はどうだろうな?」
口端を意地悪く捻り上げた若者は敵軍に包囲された塊の中、涼しい眼差しで後方の……
いや、グルリと半円――
南部山脈を見渡してから独り呟いた。
「人も通わぬ険しい絶壁って理屈はそのまんま、鹿……馬には適応外だってな」
――
ヒッヒィィン!!
高らかな馬の嘶き!!
ヒッヒィィン!ヒッヒィィン!!
ガガガガガガッ!!
ガガガガガ!カッ!カカッ!!
俄に山脈の岩肌に砂煙が沸き立ちあがり!
ヒッヒィィン!ヒッヒィィン!!
ガガガガガガッ!!
そこを一気に茶色い塊が何筋も!
隘路でさえない岩肌の崖をあらゆる方向から駆け下りてくるっ!!
ガガガガガガッ!!
ガガガガガ!カッ!カカッ!!
「なっ!なんだ!!う、馬!?」
ドドドドドドドドドドッ!!
茶色い雪崩のように何本もの筋が崖から転げて落下し!
ザシュゥゥ!!
そして見事に大地に砂埃と共に着地する!!
ヒッヒィィン!
ヒッヒィィン!!
馬だ!
それは馬のみの集団!!
何カ所もの崖から馬だけが落下するかと見紛う荒々しさで駆け下り!
ドドドドドドドドドドッ!!
ドドドドドドドドドドッ!!
そしてそのまま、本来の居場所に水を得て颯爽と平原を北上する!!
「な……なな!?」
「…………」
固まる赤埴 徳利。
固まる寺坂 吉行。
両の広道出口を包囲していた二隊長はあまりの珍現象に思考が追いつかない!
ドドドドドドドドドドッ!!
ドドドドドドドドドドッ!!
そして馬たちは豪雨でうなるように爆走る濁流に姿を変え、何筋かに別れてそれぞれが北上中の歩兵達と合流……
「ま……まずい!!くっ……直ぐに出るのだ!!」
同じく呆けていた堀部 一徳がやっと事の重大さに気づき、そして自軍の騎馬隊に命令を下したのは正解であったが!
――
「ああ、遅い、遅いって。ていうか何処へ急行する?合流地点はあっちこっちだぞ」
包囲された臨海軍の塊の中、意地悪く笑っている若者は――
「お見事!選別され訓練された軍馬を馬のみで降下させるとは!!」
黒い雨笠男、千賀 千手が顎をさすり!
「ひゃは!まさか兵士と馬とを戦場で合流させて騎馬に兵種強化させるなんてぇな!!」
筋肉達磨、望月 不動丸が下品に笑い転げる。
――
「くっ!一徳の部隊だけでは対処しきれないか!赤埴隊から近い敵に対処する!半数は敵の新手に迎えっ!!」
最初に決断したのは赤埴 徳利だった。
自らが包囲している敵は三分の一以下で地の利もある。
ならば同数ほどの兵を残して迎撃に向かわせても、少なくとも持ち場は維持できると……
だが――
「く……ぬ……は……!?」
彼方此方で”騎馬兵化”した臨海軍は総兵力では劣ろうとも、その場所が広範囲で、しかもさっきまでと違い足は段違いに速い!
あらゆる場所から一斉に北上する敵の騎馬兵に堀部 一徳は網の目を広げるしかなく、そしてその粗い目を起動兵力が易々と抜けて行くのだ!
「だ……だめだ……てんで追いつけ……」
そしてそれを補おうと兵力を割いた赤埴 徳利だったが、それも彼の隊の兵種が包囲に特化した弓兵と重装歩兵部隊であったため騎馬に追いつけるはずもなく……
「て、寺坂様!!このままでは!!」
「…………」
迎撃すべき敵のいない左広道出口では、寺坂 吉行が命令と状況の板挟みで葛藤していた。
――
数のうえでは依然優勢は変わらない。
しかし機動力で対抗できる兵種は堀部隊のみ。
鈍重な重装歩兵、弓兵の包囲二隊は既に騎馬化した臨海兵を追うことは難しく、
乗り手無しの軽量で下山てくる馬のスピードに対抗するのはさらに困難。
ならばと――
これ以上の騎馬化を防ぐため、十一カ所もある蛇口を潰しに動くしかない。
――
「これで地の利は完全に覆った。なら後どうする?簡単だ。尾宇美城へ多少の突破は諦めつつも、未だ勝っている数で残りをできるだけ潰すしかない。なら……」
右広道出口の臨海軍中で意地悪い笑みを浮かべたまま若者は……
「さあて、赤埴 徳利は動いたぞ。お前はどうする?寺坂 吉行」
そう、鈴原 最嘉は忠実で勤勉たる天才君の手足たちにさらなる手練手管を振る舞う用意をしていたのだった。
第三十四話「ふたつの援軍」後編 END




