第三十三話「磨斧作針」前編
第三十三話「磨斧作針」前編
「龍左、伴右衛、しっかり囲っとけよ。今からオッサンを仕留めるからなぁ」
熊谷 住吉は不適な笑みを携えながら、自身が引き連れて来た兵を二人に引き継がせて敵将の元へと馬を進める。
「……」
そして――
挑発的な言葉を投げられた天都原軍の総大将、鷹司 具教もまた、
馬上にて無言で大男を睨みつけていた。
「無理にでも突っ込めば袋叩きにしようとするだろう?なら、将軍首は己で平らげたいだろうとな、こうしてみたワケだ」
笑いながら、信じられないサイズの大剣を担いだ大男は其処で馬を止めた。
「くだらぬな、そんな無謀は包囲殲滅で終わりだ。仮に大将首を獲れたとてその後、包囲網をどう潜り抜ける?」
天都原十剣、一之太刀と称えられる男はそこまで接近されても、そのまま微動だにせずに問う。
「そりゃ……強行突破?それしかないだろ?それに破格の強者と殺り合えるのは戦の一番の醍醐味だしな」
「…………」
真面目にそういう熊谷 住吉に鷹司 具教は眉を顰めていた。
――計画性の欠片も無い……と
抑も、”この状況”になったのは、失態を帳消しにしようと手柄を焦った副将で天都原十剣、九之太刀でもある”真加部 幹生”を諫めるために足を運んだに過ぎない。
そうでなければ、総大将が軽々しく前線になど来るはずも無い。
兵は適材適所で仕事を全うすれば良い。手柄争いなど以ての外だ。
戦は結果が全て、勝てば良いのである。
つまり、具教は熊谷 住吉がいうところの醍醐味などには興味も無かった。
「己を強者と自惚れるか?この鷹司 具教を前にして」
しかし…………具教は感じていた。
既に各々の乗馬する馬の鼻っ柱が触れそうな距離で睨み合い、この男が噂以上の怪物で、要らぬ兵の消耗を考えれば自分が処理するのが一番だとも。
「俺が強いかだって?そりゃ、テメェ……」
ブゥゥゥゥ――――
「っ!?」
――――オォォォォォォンッ!!
行き成り!!
担いだモノを振り上げ!
その巨大な鉄板にしか見えない凶器で具教を馬ごと薙ぎ払う!!
ヒヒィィン!!
ズズ……ザザァァッ!!
具教は咄嗟に手綱を引いて馬体を垂直に!
嘶いた馬は無事であったが、その勢いで彼は馬から落ちる形で着地していた。
「……貴様」
「おお、中々の反射だな。だが……当てるつもりじゃねぇよ、わかるよな?」
ドシャッ!
続いて――
規格外の大剣を担いだまま、住吉も馬から降りていた。
「……」
「……」
大地にしっかり二本の根を生やし、二人の猛者は対峙する!
――
「お前らぁ!大将にドヤされんぞぉぉ!!しっかり阻めよぉぉっ!!」
段 伴右衛門は兵士達に檄を飛ばし!
「暫しだ!天都原兵の侵入を許すな!」
長 龍左衛門もまた、兵士達を指揮して二人の猛者を中心に兵士で囲いを作る。
「……」
「……」
方や――臨海軍・九郎江城守備軍、総大将、熊谷 住吉
方や――天都原軍・総大将、十剣は一之太刀、鷹司 具教
ワァァァァッ!!オオォォォォッ!!
対峙する二人を遠巻きに囲むように臨海軍の兵士達は円陣を組み、そして天都原兵による横やりを防ぐ。
「ちぃぃ!とはいってもぉ……無駄に敵が多いってぇ!」
「分かっている!泣き言を吐くな!」
無謀で豪快な主君のため、伴右衛門と龍左衛門は必死に役目を全うする。
大量の敵兵に囲まれた状態。
この状況を打破し、勝利を得るには熊谷 住吉の言うとおり……
敵将を討ち取って囲いを強行突破!城へと帰るしかない!
――なんといっても、先ほど彼らが真加部 幹生に言ったように……
背後に回したバケモノ同士の一騎打ちに介入するよりも、
前面に押し寄せる大軍を相手にする方が遙かに生存率が高いからだ!!
――
「どぉぉりゃぁぁぁっ!!」
唸りを上げながら振り下ろされる規格外の大剣!!
――スッ
死の間合いにユラリと入り込んだ男は大剣の根元付近で……
ガガガガッ――――キィィン!!
分厚い鉄板の凄まじい一撃を受けて地へと堕とすっ!
ヒュバッ、ヒュン、シュバ
そしてそのまま!懐近くで三刀を放つ!
「お?おおおおっ!!」
鎧の上から胴を薙ぎ払われ、肩鎧を削られ、
そして首元を掠る刀刃に体勢を崩されながらも、
ブゥゥ――オォォ!
咄嗟に!陥没した地面にめり込んだ大剣を手放して、
裏拳にてヤブ蚊を払う様に男に反撃する大男!
「ぬっ」
刀を持った男はスッと後ろに、その豪腕から遠ざかった。
「ちっ!」
「……」
距離を置いて再び睨み合う大男と男。
――この最初の攻防は”踏み込み”が全てだった
鷹司 具教が体格差のある熊谷 住吉の大剣を難無く受け流せたのは、
一呼吸で相手の懐に入り込み、威力が半減する根元付近で大剣の処理を出来たことが大きい。
そして、その後の……
「奇妙な運足からの三連続斬りかよ、東方の剣術か?」
熊谷 住吉が確認する。
「妙見夢想流。”浮木”と”引き倒し三段”だ」
――ガシャ
「そう……かよっ!!」
ブゥゥゥゥオォォォォォォン!!
答える鷹司 具教に構わず!住吉は突き立ったままの大剣を引き抜くと、そのまま有無を言わせず振り回して具教の胴を切断にいった!!
「……っ!」
それを後方へ退いて回避しようとした鷹司 具教は予想以上の剣圧に、そこでフラついてしまう。
「もう歳かよ?オッサン!!」
ス――
しかし、鷹司 具教はそのままストンと身体を沈めて大剣の通過をやり過ごすと、
トンッ
”またもや”住吉の懐へと一息に侵入っていた!
「うおっ!?」
――――ガシィィッ!!
だが、住吉も今度は相手に刀を振らせることなく、先に具教の胴を蹴って追い払った!
ガッ!――ガッ!――ザシュゥゥ
弾けるように後方数メートルは飛ばされた鷹司 具教だが!
如何に巨体から繰り出される蹴りでも、腰の入っていない、場を作り直すだけの蹴りは刀を手にした右手と空いた左手を交差させる防御で完璧に防げる。
「ちぃぃっ!ほんと厄介だな、その運足!!」
立て続けに二度も必中の距離に入られた住吉は苛立って叫ぶ。
「是は”運歩”……刀剣術の祖たる陰流の宗家、御端に伝わる歩法だ。それと……」
対して蹴り退かされた――
鷹司 具教は再び刀を構え直し、そして対峙する大男を睨みつける。
「熊谷とは確か同齢だ、”オッサン”呼ばわりされる謂われは無い」
口調はこれまでと同じだが……その台詞には、どこか怒りが漏れ出ていた。
「ふ……ははっ……はははは!そうだったなぁ?テメェが老けてるもんだから、ついなぁ?わりぃ、わりぃ、ははははっ!!」
それを豪快に笑い飛ばし、大剣を頭上に掲げ直す、熊谷 住吉。
「ふん、辺境の蛮王が」
苦虫を噛み潰したような顰めっ面で受ける、鷹司 具教。
「しかしテメェはほんとに節操ないなぁ?妙見なんたらに古流の陰流。確か、テメェの流派は神卜流だろうが?他にも色々混ざってるようだし、なんだそりゃ?剣術の品評会でも開催するつもりかよ?」
「貴様如き雑種の蛮勇に流派を語られるなど、それこそ片腹痛い」
――天都原十剣・一之太刀、鷹司 具教
鷹司家は天都原王家を政治的にも支える由緒正しき名門貴族の出自でありながら、軍事兵法にも精通する武門の雄でもある。
家柄のみでなく代々の当主は数々の武功を重ねて来た名門。
特に当代の当主である鷹司 具教は、所領内に神卜流剣術道場を開き、各地から高名な兵法者や剣士を積極的に招いては支援や交流を進め、時にはその技を自流に組み込み研磨、進化させてきたという……
人物自身の性格は古風で堅物・保守的な人物と論評して間違いないが、こと”武”に於いては革新的な剣豪であるといえた。
「そりゃ、まったくそうだ……なぁぁっ!!」
ブゥオォォォン!!
「多彩さは最大の武器ってかぁっ!?十剣の大将ぉっ!!」
ゴォォォォォッ!!
「鉄の大剣を振り回すしか興味ない俺にはわからん価値観だなぁっ!!」
ドゴォォォォォォッ!!
「……」
荒れ狂う剛剣の蓮撃を運歩の足裁きで擦り抜けながら、具教は……
ブゥゥゥゥオォォン!!
「剣技の数では無い。刀技とは極めるほどに集約し、完結せしめれば他を必要としない」
「はぁ?なんだそりゃっ!」
ブゥゥゥゥオォォン!!
「純粋なる剣という意味だ。我流とはいえ、貴様ほどの戦士が解らぬか?」
剛風を伴う剣撃をアッサリと躱し、鷹司 具教は問う。
「はぁぁぁぁ??テメエのその動きも、お得意の他流派を取り込んでお勉強した結果だけじゃないってぇのかよっ!?」
ブゥオォォォォォォン!!
「……」
ガガッ――――ガシィィ!!
激しく振り回された鉄塊の先は、撃ち落とされて地面にめり込む!
「”捌き”もまた刀術である。それだけだ」
鷹司 具教、曰く――
古流に左右の動きは必要ない。
古流に身体の捻れは必要ない。
華麗な体捌きも、最速の剣技も――必要ない。
有するべきは――
筋を抜き、重みと一体化した”無足”
数多の技から贅肉を削ぎ落とし、再構築し、
幾多の研鑽されし技を唯一つの基へと回帰させ得る剣理。
「理解るか、蛮王」
「…………………………いや」
ガッ!
またも敵により大地に突き立てられた大剣の柄を掴み、
ズッ……ズズゥゥゥゥッ!
「サッパリわかんねぇぇぇ――――」
ブゥゥゥゥオォォォォォォンッ!!
「――――なぁぁぁぁっ!!」
そのまま大地の一部ごと毟り取って、豪快に振り廻すっ!!
ドゴォォォォォォォッ!!
再び大地に大穴を穿って激突する鉄塊!!
住吉の攻撃を半歩だけ身体をズラしただけで、その剣風ごと躱した剣豪は――
「飽くまで蛮勇を極めるか?其れもまた善しっ!」
ヒュ――――バァァッ!
そのまま手にした刀を、相手による凄まじい剣圧の隙間から擦り上げる!!
「ぐっ!おおおっ!!」
ガッ!キィィン!!
首を狩りに襲う刃を、なんとか柄尻で弾く住吉。
「見事だ!その巨塊を良くも容易に扱う!」
シャ――――
そして鷹司 具教は、そのまま”必終”の流れで新たな構えに入っていた!
数多の技から贅肉を削ぎ落とし、再構築し、
幾多の研鑽されし技を唯一つの基へと回帰させ得る剣理。
其れ即ち……
ヒュ―――――――ォォン
流派の垣根を越え、幾つもの技を、幾つもの刀を、体捌きを、
ひと繋ぎの流れに乗せて、
”一刀の太刀筋”と為すっ!!
――――――ザシュウゥゥ!!
「ぐっ!はぁぁぁぁっ!!」
悲鳴をあげて仰け反る大男!
その瞬間、肩口から腹部にかけて――
熊谷 住吉は斬り伏せられていた!!
――
「総べての祖が御端に端を発する剣理なれば、それらを連結ぐは寧ろ必定。基礎、奥義に拘わらず、一切の淀み無く、綻び無く、百剣を一振りの流れに昇華せしめるが”剣の極地”」
「…………ぐ……くぅぅ」
ドドォォン!
崩れて落ちる巨体。
「即ち、是を”一之太刀”と称する也」
――奥義・一之太刀
それが、鷹司 具教が生涯を賭けて辿り着いた究極であった。
「マ、マジかよ……」
――噂に聞く”伝説の奥義”ってのは、技そのものじゃなくて
――それらを”連結ぐ”代物だったってなぁ?
住吉は斬られて倒れ、天を仰いでいた。
――負けたことは何度かあるが、こんなに綺麗に転がされるのは……
――”鈴原 最嘉”以来だ
「…………」
袈裟斬りにざっくりと――
常人なら即死の、破格の巨人でさえ瀕死の重傷だ。
――
「剣の何たるかを理解したか?圧殺王」
「…………」
瀕死の熊谷 住吉は応えられない。
「”剛打必倒”か、何事も極める事は正解だ。だが、それならば極めるのは”全て”で有るべきだろう。価値のある全てを極め、錬成させ”剣理”に至る。違うか?」
見下ろして問う男は……確かに”剣豪”といって申し分ない”バケモノ”だった。
「…………」
この”鷹司 具教”という男は”それ”を口にするだけの才能と、
なにより想像を絶する鍛錬を続けてきたのだろう。
「…………」
生まれついての才能や、恵まれた環境による英才教育。
先人の偉業を取り込む血の滲むような努力に、
固定概念に捉われない革新性、
継住来開を体現した希有な剣士。
「…………」
――なるほど十剣の一之太刀に相応しい傑物だ……
「…………」
――だが……
――だがなぁ……
ガシャッ!
熊谷 住吉は大剣を杖代わりに立ち上がろうとする。
「止めておけ、常人ならば死んでいる傷だ」
ズズズ……
溢れる血に構わず、震える豪腕を大地に着けて……
「…………ああ?……そうかよ」
重病人のように、自慢の鉄塊に縋って”死に体”を無理矢理に起こす。
「…………無益な」
鷹司 具教にはもう勝負は着いているとしか思えない。
ガシィィ!
だが――
満身創痍ながら仁王立ちした大男は再び鉄塊を大きく頭上に構えていた。
「テ、テメェは……極める、極めるって……言ってやがるがなぁ……俺は……知ってるぜぇ?」
「?」
なにを?というような表情で鷹司 具教は往生際の悪い大男を見る。
「テメェより……なぁ……遙かに全方向に手を出して……テ、テメェより遙かに……まるで呪われたかのように……その”極める”てぇ、ことに固執する……とんでもねぇ馬鹿を……なぁぁ」
そう言って、血を流しながらニヤリと笑う。
「負け惜しみか?」
「ああそうだ。だがそうじゃねぇ」
”努力”が”必要”ならば――
鉄斧をヤスリで磨いて針にするような、そんな気の遠くなるような努力を鼻歌交じりでする狂気……
その執着は正気の域を遙かに逸脱した化物……
「……は……ははっ」
――いうまでもねぇ、”鈴原 最嘉”だ
「愚かな。そんな瀕死で負け惜しみ以外のなにものでも……」
「ああ?そういえば……”転がされる”のは、そんな以前でもなかったかぁ?」
呆れる鷹司 具教に、熊谷 住吉は場違いなほど、とぼけた表情を見せる。
「なにを……言っている?」
「いやなぁ?ちょっと前にな、プラチナツインテールの綺麗なお嬢ちゃんにも熨されてる事を思い出してなぁぁ」
「…………」
笑いながら血塗れの大男は――
「……よっと」
ブゥゥオォォォォン!!
その場で、まるで瀕死者とは思えぬ刃風を伴った空振りをしてみせる!!
「き、貴様……」
「あとな、まだ負けてねぇから、負け惜しみじゃねぇわ。はははっ!!」
「なっ!?」
血塗れの、だがそれは全て乾いた赤黒い痕だけで、
無理矢理に筋肉で収縮されてだろう、鮮血は既に巨体から流出していない。
それでも現在、死地に立っていることに間違いないだろう熊谷 住吉は――
「ははっ!そろそろ勝っておかなきゃなぁぁ、”かませ””みたいな役割になっちまうだろうが、はははっ!!」
己の生死さえも豪快に笑い飛ばしたのだった。
第三十三話「磨斧作針」前編 END




