第三十二話「鉄中錚錚」
第三十二話「鉄中錚錚」
「正気か?正面からだと」
天都原十剣、一之太刀、鷹司 具教が呟く。
――日限の熊谷 住吉が城から打って出た!
臨海領、九郎江を目指して侵攻する天都原第二軍は進軍途中でその報告を聞いた。
天都原の大元帥、藤桐 光友の号令により開始された臨海領三方同時侵攻は……
天都原軍は戦力を三軍に分けて一軍は暁中央部にある尾宇美攻め、三軍は中央南部の日乃に支篤の旧南阿領から海路で攻め込み、
そして――
鷹司 具教が率いる、この二軍は天都原領都の斑鳩から南下し臨海旧首都である九郎江攻めを行っていた。
そこで、臨海王である鈴原 最嘉に九郎江城防衛を任されていた日限の熊谷 住吉は、五万の大兵力で攻め寄せる天都原第二軍に対して半数以下の二万三千の兵力で迎撃戦を敢行したのだ。
「籠城でなく打って出るとは……玉砕覚悟ということでしょうか?」
信じられないという表情で総大将の鷹司 具教に聞くのは真加部 幹生、今回の作戦で副将を務める最年少”天都原、十剣”である。
「城を出た敵兵力は一万八千ほどです、このままではあと数刻もせずに我が先行部隊と接触します」
続いて入る部下の報告に鷹司 具教は”うむ”と頷いてから指示を出す。
「敵の意図は解らぬが小細工できる状況ではあるまい。相手は猛将で知られる日限の蛮族王だ、ならばこの判断も有り得る行動だろう。此方は浮き足立たずに常道通り対処すれば良い」
誠に落ち着いて威厳のある言葉に部下達は大いに頷く。
「行軍中の中央部隊を厚く、後方部隊は押し上げて左右に伸ばし待機させよ、直ぐに動け」
そして同じく、その方針に大いに納得した若き副将の真加部 幹生が、鷹司 具教に代わって全軍に命令するのだった。
――
――それから数刻後
天都原側の予想通り、鷹司軍と熊谷軍は正面からぶつかった!!
小細工無しの正面衝突である。
「わぁぁぁぁぁっ!!」
「おぉぉぉぉ!!」
最初こそ熊谷軍の勢いで押され気味だった鷹司軍であったが……
中央部分は分厚く、決して突破を許さない鉄壁の防御で応対、
そして、その間に左右に伸ばした部隊で足が止まり攻めあぐねる熊谷軍を挟み込むように追い詰めていた。
――理想的といえる包囲殲滅戦である
ギィィン!
「やっぱだめだなぁ、ワンチャンあるかと思ったが敵が無駄に多過ぎだぁぁ!」
浅黒い肌に獣染みた白い犬歯が特徴の男が、多数の天都原兵士に囲まれた状況で馬上より槍を振るいながら愚痴を吐く。
ガキィィン!
「あるわけないだろうがっ!猪武者の伴右!」
そして同じように、敵兵の中で槍を振り回す男が合いの手を入れる。
ガキィィン!ギィィン!ギャリリン!!
――長 龍左衛門と段 伴右衛門
数十人以上からの敵に囲まれながらも奮戦する巨漢の二人は、日限領主である熊谷 住吉の古参武将であった。
ガシィィ!ドカァ!
「やっぱ無駄に多いなぁ、このままじゃ……疲れるぞ」
ドスゥゥ!
「疲れるだけか!?この戦争馬鹿がっ!」
次々と襲い来る天都原兵を斬って、捌いて、突き倒す!
無駄口を吐きながらも二人を囲む天都原兵士たちが目的の首を獲れるのは、まだまだ時間が掛かりそうであった。
「いよいよ不味いな。おい、伴右!そろそろ本格的に後退を……」
「おおおおおおおおっ!!」
――っ!?
ガッ!――――キィィィィィン!
龍左衛門が相棒にそう声をかけようとした瞬間に、刀を振り上げた男が割り込み!
そして伴右衛門に斬りかかったのだ!
「おおう!?マジか!?ぐぅぅ」
落馬こそ免れたものの、槍を持った両手が大きく弾かれて!
段 伴右衛門の胸辺りの鎧に大きな斬り傷が入る!
勇猛で名を馳せる巨漢の段 伴右衛門を刀の一振りで仰け反らし、そして当たり所によっては致命傷を負わせるほどの一撃を放った男の正体は……
「……くそ、浅かったか」
年若く細身の青年。
「なんという見事な剣筋だ……この男」
長 龍左衛門も驚いて目を奪われる。
「ま、真加部様!!単独で特攻など……御身になにかあったらどうされるのですか!!」
その男の前に馬を入れ、自重を求める部下らしき天都原兵士。
「この者達は大将首だぞ!今、討たねば他に先を越される!!」
ヒヒィィン!!
「くっ……真加部……様」
若武者は馬上で抜き身の刀を振り上げたまま、もう一方の手で馬首を掴んで馬を押し出し部下を除けて前に出る!
「なんだぁ?”手柄”目当てかぁ?」
「ふん、若いな」
機先を制され、圧されそうな展開であった伴右衛門と龍左衛門は一転、呆れ顔でそれぞれが槍を構え直す。
「…………」
――そうだ、耶摩代での失態を私は……早々に汚名を雪がなければならない!!
「我が名は真加部 幹生っ!栄えある天都原十剣が九之太刀であるっ!!貴殿らも誇りがあるなら名を名乗れっ!!」
そして若武者はここぞとばかりに大見得を切る。
「…………はぁ、まぁなぁ?」
「ふん、馬鹿らしい」
呆れたままで顔を見合わせる二人だが――
「熊谷 住吉が家臣、あ、名前は、段 伴右衛門だぁ」
「同じく、長 龍左衛門」
一応、名乗りはする。
「熊谷……日限の圧殺王の配下か!ああ、ちょうどいいじゃないか!」
真加部 幹生はその名を聞いて嬉々として刀を手に前に出る。
「無駄にやる気あるぞぉ?どうする、龍左」
「どうするも、この数相手だ。そろそろ後退する潮時だろうが、伴右」
ドドドドドッ!
「なにを余所見している!いくぞっ!!」
ヒュ――――ギィィン!
「ぐっ!マジで無駄に鋭いなぁ!?この若造ぉ!!」
ブゥゥン!
「我らでは十剣に適うはずもない!一度離脱するぞ!」
真加部 幹生の剣を受けて圧される段 伴右衛門と、その幹生の後ろから槍をひと突き!牽制してから離脱を図る長 龍左衛門。
スッ――――ザシュッ!
「ぬ……ぐはっ!」
だが!背後から攻撃された穂先をまるで後頭部に目が付いているかの如き最小の動きで躱した幹生は、そのまま振り向きざまに龍左衛門の伸びた右腕に斬りつける!
「おお!?龍左ぁ」
「くっ……かすり傷だ、伴右」
二人はなんとか落馬だけは免れるが、離脱には失敗した。
――
「ふふ、その程度か?この真加部の剣が敵ではない……」
若武者の真加部 幹生が勝ち誇ってそう言い終わる前に――
「ぬぉぉぉっ!!」
伴右衛門が槍を突き出す!
「ふっ、無駄だって言うのが……」
ヒュルルルル……
――――――ガシィ!
「……え!?」
槍を避けた幹生が言い終わる前に彼の頭上から輪になった縄が降り注ぎ、それがスッポリと幹生の同体を両腕ごと縛り上げていた。
「お、おい……まてっ!?これ……」
馬上でカウボーイの投げ縄よろしく、緊縛された若武者は――
「良し!引けぇぇっ!!」
見計らって龍左衛門がそう号令し、馬上の若武者に繋がった縄が数名の兵士によってたぐり寄せられる!
「ひ、卑怯……」
ドシャァァァッ!
「う……うわぁぁ」
――――ズズズズゥゥゥゥッ!!
たちまち、幹生は落馬して、さらにに地面を擦って引き回される!
「こ、この……ひ、ひきょうだ……」
ズズズズゥゥゥゥッ!
「い、……いっき……うち……じゃなかったの……がっ!ぎゃっ!」
地面に着いた体の側を大根おろしの様に削られ、若武者は途切れ途切れに悲鳴を織り交ぜた抗議を喚き散らす。
「異な事を、誰がそんな古風な申し出を受け入れたか?それに戦場にマナーを守って傍観するお行儀良さなど無いぞ、若者よ」
長 龍左衛門が答える。
「一騎打ちなんてぇ代物はなぁ、”お決まり”じゃないんだってぇの!無駄に死にそうな戦場でぇ、無駄にそんな酔狂かましやがるバケモノ様共になぁ、俺らみたいな十把一絡げはビビって近寄れないから成立すんだっての!」
段 伴右衛門がケタケタと笑いながら応えていた。
「ぐ……うぅ……」
散々に引き回され、刀は手から離れて地面に蓑虫状態で横たわる真加部 幹生。
「にしても、流石は十剣、桁違いに強いな。普通なら俺達が適う相手ではないが」
「そうだぁ、だが”真加部 幹生”は怖くないなぁ」
「うむ。故に我ら如き”鉄中錚錚”にこうも易く遅れをとるのだ」
「おおよ、恐ろしく怖くないなぁ、龍左ぁ」
「言葉がおかしいぞ、伴右」
二人の巨漢が笑いながら地面に力なく横たわる若武者を見下ろしていると……
「ぎゃっ!」
「うぎゃっ」
「な、なにや……ぐはっ!」
彼らの後方で何人もの日限兵士達が瞬時に斬り伏せられ、そして――
「…………なにをしている」
そこには、如何にも面白みの無いといった表情をぶら下げた男が兵を引き連れて馬上に在った。
「う……こいつは……」
「大した大将首だぁ……だが」
そして、それを見て、笑っていた二人の巨漢達の表情は一気に青ざめていた。
「…………日限の雑把共か」
情けない状態の真加部 幹生にチラリと一瞥だけくれて、そして男は二人の巨漢と、その兵士達を真正面から捉える。
――天都原十剣が一之太刀、”鷹司 具教”
押しも押されもせぬ、天都原軍で最上級の将であり戦士である。
「ほ、本物は違うな……くっ」
「む、無駄にちょうこえぇぇ……」
長 龍左衛門と段 伴右衛門は手柄どころか、これで撤退も不可能になったのだと心の芯から恐怖を感じていた。
「完全に包囲した。貴様らに残された道は全滅しかない」
鷹司 具教が馬上から睨み付け、殲滅の号令を掛けようとした時だった。
――
ドゴォォォォォンッ!!
「ぐぅぅっ」
「わぁぁぁぁぁ!!」
ひゅぅぅぅぅぅ――――――ボトッ!ボトッ!ボトッ!
終結へと向けて進んでいた戦場に、空宙から人間が降ってくる。
ズドォォォォォォンッ!!
「ひゃぁぁぁ!」
「ぐはぁぁっ!」
ひゅるるるるる――――――バタッ!バタッ!バタッ!
「…………」
鷹司 具教がその残骸たちの確認をしてみれば、それらは全て天都原軍兵士たち。
ザシッ、ザシッ……
「よく来たなぁ、天都原のお偉いオッサン」
仰々しい重装鎧を装備した上背のある偉丈夫、熊の様な破格の大男が笑いながら巨大な鉄塊を屈強な肩に担いで現れる。
「ひっ!」
「うわぁっ!」
ガシャ!ガシャ!ガシャ!
途端に日限軍を囲んでいた天都原兵士達の一部、大男の前から鷹司 具教までの兵士達が、まるでモーゼの奇跡のように別れて逃げ惑い、労せずそこまでの道が出来上がっていた。
「今日の天気はなぁ、曇りのち天都原兵、時々”鷹司 具教”の首が降るらしい……ぜぇ?」
巨大な凶器を担いだ巨漢は小国群がひとつ、日限領主の熊谷 住吉であった。
「ひ、ひぃぃ」
「ば、ばけも……の」
巫山戯た鉄の塊を担いだ大男。
群がる天都原兵士を一纏めに天に弾き飛ばす規格外の巨人。
血の雨を降らせ、その赤黒さに凶器の鉄塊と狂気の巨体を染め上げた恐ろしい笑顔で堂々と敵中を闊歩する”圧殺王”に……
「ぬかすな、辺境の蛮王が。貴様ら反乱者が息絶える吉日は常に晴天ぞ」
天都原十剣が一之太刀、鷹司 具教は眉間に影を落としたままで吐き捨てたのだった。
第三十二話「鉄中錚錚」END




