第三十一話「堅塞固塁」後編
第三十一話「堅塞固塁」後編
「敵総大将は鷹司の堅物オヤジに副将は真加部とかいう若造だったか?で?総兵力は五万だな。良し!全軍で打って出るぞ!!」
超重量級の鎧を軽々と着熟した巨大な男が待ちきれないとばかりに立ち上がる。
「はっ!では全軍迎撃の用意を…………って!?そんなわけないですよっ!!敵は五万ですよ!五万!!我が方の倍以上っ!!ここは定石通り籠城戦でしょうがっ!!」
その大男を見上げ側近らしき男が見事なノリツッコみを入れていた。
其処は臨海は旧首都にある九郎江城――
「なに寝ぼけた事を言ってやがる、龍左!こんな細っちい城でブン回したら後で鈴原に嫌味を言われるだろうが?」
巨大な男……
ガシャン!!
”熊谷 住吉”は、その身に相応しい鉄塊を手に取り豪快に笑う。
”それ”は通常の兵士達なら見たことも無い大剣!
――剣?
いや、抑も剣と呼んで良いだろうか?
その剣には”刃”が無い。
百五、六十センチはあろうかという刀身もさることながら厚みが通常の数倍はある。
そう、それは”剣”と言うにはあまりにも雑すぎるのだ。
――それは”ただ”の鉄の棒
――剣の形を模した凶悪な金棒
故に誰もが感じるだろう名称は”鉄塊”だ!
――
「そうだぞぉ?龍左ぁ、熊谷の大将が無駄に馬鹿デッカイ鉄屑で、無駄に有り余る馬鹿力に任せ、無駄で馬鹿みたいにブン廻した日にゃ……九郎江城なんて木っ端微塵だあ!ちゃあんといつもどおりに無駄な浅知恵絞れよぉ?」
そしてヤケに口汚い言葉で主君に同調するのは――
浅黒い肌に獣染みた白い犬歯が特徴の男。
「くっ……お前にだけは言われたくない、猪武者の伴右!」
主君である熊谷 住吉の言葉はともかく、それにまんまと便乗して雑言を吐く同僚男に血管を浮かせて睨み返す龍左と呼ばれた男。
――長 龍左衛門と段 伴右衛門
二人の男は日限の将で、日限領主である熊谷 住吉の古くからの側近でもあった。
――
「まぁな。鈴原の文句は置いておくとしてだ、大軍に攻め込まれているのは九郎江城だけじゃないだろうが?なら、ここはサッサと蹴散らして早々に大将の悩みの種をひとつ消してやろうって気遣いってことにしときゃいいだろう?日限の連中は他より使えるってな。しっかりと知らしめてやる良い機会だろうが」
「……う……まぁ、それは」
「くははっ!!大将は大将の大将のためにってぇ大義で、無駄に自分が暴れたいだけだろうにっ!!」
それぞれの反応で熊谷 住吉の命令に従う態度を見せる部下二人。
この二人の側近はどちらも巨漢の部類に入る立派な体格であるが、それでも常識を逸した偉丈夫である熊谷 住吉の前では小さくさえ見えてしまう。
「城には二千の兵を残して打って出るが……”お前”も加わるか?」
そして――
熊谷 住吉は強面に光る眼を二人から横に移動する。
――
「……じょうだんわぁ、顔だけにして。私わぁ、ただのお使いよぉ?日乃に行く途中で寄っただけ」
その先には、腕組みして立っている女とその供回りが一人。
長く艶やかな黒髪を後ろで束ねたポニーテールの、朱い唇と垂れ目気味の妖艶な美女。
宮郷領主の娘で”紅の射手”と”紅夜叉”という二つの恐ろしい異名を合わせ持つ、宮郷 弥代とその部下であった。
「ちっ!高見の見物かよ、良いご身分だな?まぁ…”らしい”っちゃ、らしいがな」
「……」
嫌み満載な大男の言葉にも涼しい表情で佇むポニーテールの美女。
「じゃぁな、弥代!俺らは出陣るが、道中は精々気をつけて行くことだ」
ガシィ!
そしてそう言い捨てると、熊谷 住吉は巨大な鉄塊を担ぎ上げ颯爽と部屋を出て行く。
「では、弥代様。我らは是にて!」
「はっはぁぁ!!大戦だぁぁ!!」
続いて二人の武者も主君に続いて消えていった。
――
「姫様、宜しいのですか?天都原屈指の将軍である”十剣”とその精鋭部隊相手に半分以下の兵数で野戦などと……」
日限の者達が姿を消したのを確認してから――
弥代の後ろに控えて立っていた部下、落ち着いた感じの中年女性が遠慮がちに問う。
「別にぃ?私には関係ないわぁ」
「は、はぁ」
「それにぃ、サイカくんも助太刀は必要ないってぇ、言ってたでしょう?」
平然とそう答える弥代に、納得できない表情である部下……
付き人の中年女性の名は”浅里 坂額”
年齢は四十台半ば、目立った顔立ちでは無いにしても美人の範疇に入ると表現できる落ち着いた女性で、宮郷では弥代の幼少時代からの教育係であり弓の師でもあった。
「でもぉ、そうねぇ?天都原十剣の中でも”鷹司 具教”はぁ、別格の将軍で凄腕の剣士だわぁ」
「な、ならば!なおのこと……」
――
天都原十剣・一之太刀、鷹司 具教。
鷹司家は天都原王家を政治的にも支える由緒正しき名門貴族の出自でありながら、軍事兵法にも精通する武門の雄でもあった。
家柄のみでなく代々の当主は数々の武功を重ねて来た名門。
特に当代の当主である鷹司 具教は、所領内に神卜流剣術道場を開き、各地から高名な兵法者や剣士を積極的に招いては支援や交流を進め、時にはその技を自流に組み込み研磨、進化させてきたという……
人物自身の性格は古風で堅物・保守的な人物と論評して間違いないが、こと”武”に於いては革新的な剣豪であるといえた。
――そんな名も実も備えた屈指の将が率いる大軍を、明らかに劣る兵力で野戦などとは……
「……ひ、姫様?」
そういう当然の懸念を口にしようとした浅里 坂額だが、主君の表情を察してその先を躊躇う。
「……」
平常通り気怠げな表情の奥に見せる微妙な変化……
”宮郷 弥代”
間延びした口調から感じられる不真面目な雰囲気、普段から真剣味から一歩距離を取った主君が本当は何事にも真摯な性格だと、教育係であった彼女は良く識っているからだ。
「どちらにしてもぉ、私の手勢は数十人だけ」
「そ、それは……」
そうだ――
”宮郷”にも”それなり”の理由があった。
彼女の立場と感情を考えれば浅慮であったと、浅里 坂額は後悔していた。
「申し訳ありません、姫様」
「…………べつにぃ」
そう、”宮郷”にも”それなり”の理由があった。
いいや、”それ”はその他の臨海勢力下にある領主達の殆どに言えることであるが……
――
臨海勢力下の各領国はこれまでも結構な兵力を供出済みであり、今回の大戦に対する兵の提供はどこも消極的であった。
それ故に自領を守る為の兵力を温存させるためにどこも精一杯であるのだと。
鈴原 最嘉もそれを充分に理解しているからこそ無理強いはしなかったが、ここ一番!この大戦が天下を決定着ける天王山だという意味を善く善く感じる宮郷 弥代にとっては実家の、宮郷領の吹っ切れない中途半端さには歯痒さでいっぱいだった。
――この大戦で無理をしなくていつするのか!?
勿論、”鈴原 最嘉”のために尽力したいという、彼女の個人的な想いもあるのも事実であるが……
”宮郷 弥代”という価値を想い人に印象づけるには、
他の美姫達に後れを取らないために出来ることは、
宮郷 弥代にとって戦場でしかないのだと。
「……」
――この姫は随分と可愛らしくなった
宮郷 弥代の母……いや、年の離れた姉という立場であったかもしれない浅里 坂額は場所も弁えずそう思ってしまう。
「このうえは……身を粉にするしかないわ」
「え?」
思わず漏らした弥代の、女の表情を見る浅里 坂額だったが……
「どのみちねぇ?ここはあの”野蛮人”に任せるしかないのよぉ」
弥代は誤魔化したのだろう、話を戻して続ける。
「それは……ですが野戦は……せめて城を用いてここは」
白々しい方法であるが――
これ以上、主君の”男女の事情”に踏み込むのは無粋であると、”宮郷の弓姫”に幼少から接してきた坂額は敢えてそれに乗って何事も無かったかのように受ける。
――そうである
現在重要なのは紛れもなく戦争なのだから。
「あの”野蛮人”はねぇ、アレしか能が無いのよぉ?けれどぉぉ……」
そして、呆れたような溜息を吐きつつも弥代の垂れ気味の眼には冗談も欠片も無かった。
「……アレ……ですか?」
普段の気怠そうな表情で無い。
「……」
「……」
想い人に寄せる女の表情でも無い。
それは――
「野に放たれた”熊谷 住吉”は一段違う世界のバケモノだわ。鉄塊に蹂躙され尽くし朱に塗り潰された処刑場をこの目で見れないのは少しぃ……残念だわぁ」
垂れ目気味の瞳に映った鬼気迫る光りは、まるで生命を冒涜したかのような言葉は、
真っ赤な戦場を潜り抜けし紅の夜叉が表情!!
「………………うっ」
浅里 坂額は一転して息を呑む。
――
「う……ひ、姫さ……ま?」
「そう、そぉうねぇ」
そして――
「あとぉ、ハンガク。戦場で”姫様”はぁ、やめなさい、ねぇ?」
直ぐにその空気を壊す宮郷 弥代は普段の間延びした声でそう付け足したのだった。
第三十一話「堅塞固塁」後編 END




