第三十一話「堅塞固塁」前編
第三十一話「堅塞固塁」前編
「数に劣る上に奇襲にも善く守る……」
支篤と本州を別ける天南海峡――
そこに浮かぶ小幅轟という小島に聳え立つ大要塞にて――
剃り上げた頭にへの字に堅く結ばれた口の、如何にも寡黙で偏屈感が漂う男が呟いた。
「……」
対してその横に立つ、更に輪をかけて無骨そうなスキンヘッドの男は無言だった。
――
この頃、臨海の領土である日乃に海路から攻め込んだ数倍する天都原軍をなんとか海岸線で防いでいた臨海軍は十分に奮闘していると言えた。
「日乃を守るのは”伊馬狩 猪親”という十四、五の小童と聞くが。これもあの”南阿の英雄”の血が成せる業か?」
自分でそう言いながらも、この偏屈そうな男はそう思っていない。
「……」
そしてそれを”ある理由”から完璧に理解しているであろう、もう一人の無骨な男もまた敢えて返事はしなかった。
今回の日乃攻め総大将を務める天都原十剣・六之太刀、織江 慈斎は武の道一本で現在の地位を手にした剛の者で、世間一般で有り難がられる”生まれによる高貴さや根拠の無い才能”などには興味も無いのだ。
ならば――この状況を維持出来ている現実の原因は……
「有馬 道己……」
”織江 慈斎が何を言いたいのか”
それを完全に理解している隣の無骨な男が誰に言うでも無く呟いた。
「…………そうよな。それが正解であろう」
そして織江 慈斎、此方も特に振ったわけでも無い返答に独り言のように呟く。
「確か、主の元、同僚であったな。どのような男だ?」
続けて織江 慈斎は独り言の延長線上の様な口調でチラリと視線だけを横に移す。
受けて――
スキンヘッドの無骨な男、織浦 一刀斎は……
「何でも熟す男だ。此れと言って欠点が無い」
顰め面が平常の素っ気ない返答。
「……成る程」
こうした特徴が”まんま”同種である織浦 一刀斎と織江 慈斎。
受けた慈斎も素っ気なく再び視線を前に向けた。
このように、ここまで誠に面白みの無い、要点だけの会話である。
「主がそこまで評価するとなれば侮れん。”南阿三傑”とは名ばかりではないか」
嘗て支篤の小国であった南阿を率いて島を統一、大国である天都原を煩わせるほどの国家にまで成り上がった南阿の英雄、”風雲児”と呼ばれし伊馬狩 春親。
その代表的な臣下は――
総大将補佐、有馬 道己
艦隊司令官、長谷部 利一
そして今現在、織江 慈斎が問うているスキンヘッドの無骨な男……
剣豪、織浦 一刀斎という三英傑を世間は総じて”南阿三傑”と呼んでいた。
「我が天都原の海軍部隊を率いるはその長谷部 利一だが、どうだ?」
「問題無い。海戦に限っては暁でも有数の猛者だ」
元、南阿の一刀斎に確認する織江 慈斎は希望通りの応えに頷く。
「しかし……嘗ての大戦から領土を逆にしての再戦、しかも相手は当時の天都原軍総大将にして総参謀長であった”紫梗宮”の嫁ぎ先とは因果なものよ」
「……」
そのまま会話を続ける織江 慈斎の言葉に織浦 一刀斎は反応しなかった。
性格通り、戦に直接影響の無い雑談には興味が無いという現れだ。
「主もじゃぞ?一道」
対して――
普段の無愛想とは違い、織江 慈斎は何時になく饒舌である。
「…………その名は海に捨てた」
仕方なく一刀斎も応えるも……
抑もこの二人は愛想というものを忘れて生まれてきたような輩達である。
「そうであったな。主が天都原を去って十年以上、随分と面相も変わった様だが……どうだ?」
「どう……とは?」
だが、それでも、この難儀な性格の二人でここまで会話が成り立つのも、やはり血の成せる業なのかもしれなかった。
「”剣理”を求道すると大言壮語して天都原から出奔し、命を賭し姿形が変容する程の覚悟で海を板きれ一枚のみで渡った先で、主は一体”なにほど”を得た?結局は国家を、主君を変えただけではなかったのか?」
剃り上げた頭にへの字に堅く結ばれた口、如何にも寡黙で偏屈感が漂う男……
天都原十剣は六之太刀、織江 慈斎。
織江一刀流剣術の開祖にして織浦 一刀斎の実父である男は、恐らくそれこそがこの久方ぶりの父子による会話の意味であると、土足で踏み込む。
「…………」
「主には我が一刀流、”妙剣”・”絶妙剣”・”真剣”・”金翅鳥王剣”・”独妙剣”という全ての奥義を授けてやったが未だ足りぬと……」
「敵を打たんとする心が相手の心に写るのみ」
「なに?」
「親父殿の剣は”剣理”、否、”剣如”とは程遠い粗蛮の剣だと得心したと語っておるのだ」
「……」
「……」
無言になる二人。
どちらも本来は寡黙な男故に、その緊張感は半端ではない。
「ふん……言うは易いな、一道。臨海の若造に捻られたと伝聞及んでおるが宗旨替えか?」
「変わったのでは無い、開けたのだ」
「……」
「……」
またも黙り合う父子は――
「まあ……良いだろう。それより目前の戦だ。こうして軍の中枢に燻って居るならば主とて口ほどの役に立つのだろうな」
「……………………無論だ」
こうして終始に於いて無愛想な表情のまま噛み合わぬ二人であったが――
しかし、臨海領・日乃への攻撃は想定以上に順調に進んでいたのだった。
――
攻守、切り替わって――
攻撃を受け続ける臨海軍は日乃領、覧津城の中――
「敵先行部隊は第一から第六艦隊まで、艦艇おおよそ五百三十隻ほど!須佐海岸沖にて我が城を包囲せんと展開中です!!」
その報告が入って四日目……
「兵数にして五万近く、予備兵力を残して殆どで攻め込んで来たと考えるべきでしょう」
立派に整った髭の将、有馬 道己が主君に見解を述べる。
「那知城および堂上城との陸上での連携は問題ありませんが、この位置を押さえられ海上輸送路となると……」
迅速果断!実に絶妙な場所に布陣する。流石は”長谷部 利一”であると、有馬 道己は心中で元、同僚を称えつつも――
「猪親様、ここは先ず海岸線の守備を固めつつ、陸路堅守の為に各城主との連絡をいち早く取るべきかと」
現状で成すべき事の優先順位を促す。
「わかっちゅう……解っている。けど兵力的にそんなには……」
臣下の指摘に、少女の様な見た目の弱々しい印象の少年、伊馬狩 猪親は頭を抱えた。
臨海軍日乃部隊は須佐海岸に構築した防衛戦のためにかなりの兵力を動員していた。
「陸路は我が勢力圏内です、要点だけ押さえればそう兵力は要りません。派遣されております加藤 正成殿のところから内谷 高史殿を現地に向けて貰いましょう、機転も利き戦場を細やかに見渡せる彼ならば適任でしょう」
道己は主君の懸念などは改めて探るまでも無いと、既に人選までも済ませて整えていた。
「う……そうか……よし、直ぐに内谷殿を……と、内谷殿が属する白閃隊は……う、うん!白閃隊なら少数でも拠点の確保ができる!!」
近隣諸国に恐れられる”臨海の終の天使”こと久井瀬 雪白が抜けている現在の白閃隊であっても――
副長の武知 半兵、そして岡 伊蔵、灘沖 伸太郎と逸材は多数在籍する。
指名された内谷 高史が参謀を務める白閃隊の少数精鋭の最も有効な使い道に、臣下に上手く導かれて辿り着けた若き将は指示を出す。
「は!猪親様、早速そのように手配致します!」
そう応じて頭を下げた髭の立派な将は満足げに口元を緩めるのだった。
そして――
「…………」
――とはいえ機先を制せられたのは痛い!
本国からの援軍には如何ほど時がかかるのだろうか?
いや、抑もここ日乃に出陣せる余力はあるのか?
――どちらにしても正念場だ!
――ここからどう巻き返したものか……
元、南阿古参の名将にして現在は臨海の保護の下、南阿復興の志を燃やす若き後継者の補佐たる有馬 道己はこの後の展開も仕事が山積であった。
第三十一話「堅塞固塁」前編END




